日大背任事件「水増し」の有無が、犯罪成否のポイント
東京地検特捜部が、9月8日、日本大学本部や関連会社、日大事業部などを背任容疑で家宅捜索した事件で、昨日になって、各紙が「特捜部が詰めの捜査」「理事を背任で立件へ」などと報じていたが、今日(10月7日)、井ノ口忠男理事らが逮捕された。
背任(会社の役員の場合は、会社法の「特別背任」)は、財産犯の中でも、最も立証が難しい犯罪だ。「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えた」ときに成立するが(刑法247条)、「自己若しくは第三者の利益を図り」(=図利目的)、「任務に背く行為をし」(=任務違背)、「本人に財産上の損害を加えた」(=財産上の損害)のそれぞれに立証上の問題が生じる。
会社や法人の役職員の場合、「自己の利益を図る目的」があったと言えるか、任務違背が客観的に裏付けられるかが問題となる場合が多いが、本人に「財産上の損害」が発生したといえるかが問題になる場合もある。
今回の日大の事件の場合も、日大に「財産上の損害」が発生したといえるか、という点は、かならずしも単純ではない。
昨日(10月6日)の朝日の記事【日大理事に2500万円、流出資金「還流」か 東京地検が本格捜査へ】では、以下のように報じている。
毎日の記事【日大背任 病院設計監理の予定価格数億円つり上げか 理事を追及へ】では、設計会社との契約額や「水増し」について、以下のように報じている。
これらの記事を前提にすると、「任務違背」については、設計内容や価格などを考慮して各社の提案書を採点した際に、「男性理事の指示で評価点が水増しされた」という点で、要件を充たすものと思われ、また、「医療法人グループ側から複数の会社を通じて男性理事に2500万円が渡っている」ということであれば、「図利目的」も認められると思われる。
問題は、「財産上の損害」が立証できるかどうかだ。
朝日記事で、「本来は不要な2億2千万円を含む契約を日大に結ばせ、大学に損害を与えた」とされているが、日大が設計会社との契約で支払う金額が、本来の契約額に2億2000万円上乗せされて、24億円で契約し、その差額分が、コンサルタント会社に支払われ、それが理事側に「還流」したと言えるのであれば、2億2000万円は、日大の損害だと言える。
しかし、仮に、24億円という契約価格は、それなりの合理的な根拠に基づいて算定された価格で、設計会社が、理事側に要求されて、その契約代金の中から、2億2000万円を理事側に支払ったということになると、設計会社の負担で、リベートが理事側に支払われたことになり、財産上の損害はなかったことになる。
この点は、この種の背任事件において、しばしば問題となる点だ。日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン氏のオマーン・ルートの特別背任事件についても、同様の問題があった。
【ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に“重大な疑問”】でも述べたように、検察は、ゴーン氏が、オマーンの販売代理店SBAへの支払のうち500万ドル(同約5億6300万円)を自らに還流させたと主張し、その資金がゴーン氏のキャロル夫人の会社に還流し、“社長号”なる愛称がつけられたクルーザーの購入代金に充てられているとしきりに報じられていた。確かに、正規に支払が予定されていた販売奨励金の金額に、ゴーン氏側への還流分を上乗せして支払ったということであれば、その分、日産に損害が発生したことになる。しかし、その点の立証のためには、SBA側から、「当初から、日産が支払うべき販売奨励金に上乗せした支払を受け、それをゴーン氏側に還流させた」との供述が得られるか、それが客観的に立証できるかどうかが特別背任罪の成否のポイントだった。
「水増し請求」による背任罪での刑事立件が可能な典型例として、私が、長崎地検次席検事の時代に検察独自捜査で手掛けた「自民党長崎県連事件」(【検察の正義】ちくま新書、最終章「長崎の奇跡」)で、入り口事件となったF建設の背任事件というのがあった。
この事件では、F建設側がY興産という海砂販売会社との契約で、購入する海砂の量を実際より多く計上させて水増し請求させ、裏金としてバックさせた事実を背任罪で立件した。この事件では、海砂の実際の販売数量と、契約書上の販売数量とが大幅に異なることが、伝票等の客観的な資料によって裏付けられていたので、その分がF建設に「財産上の損害」が生じたことの立証が容易だった。
しかし、今回の日大の事件のように「設計業務」というのは、客観的な根拠で契約額が決まるものではないので、「水増し」を客観的に立証することは難しい。どうしても、関係者の供述に頼らざるを得ない。
上記の毎日の記事に書かれていることとの関連で言えば、「設計会社の提案書は当初、業務の総額を20億円前後としていたが、男性理事が数億円上方修正して約26億円にするよう設計会社側に指示」という事実について、設計会社側から
もともと「適正価格」を20億円程度と考えていたが、理事から、26億円の予算があるので、もっと引き上げてくれて構わない、ただ、その引き上げた分のうち2億2000万円は私の方にバックしてほしい、と言われていたので、それにしたがって、20億円より高い金額で、日大側と交渉した
というような供述が得られていることが、「財産上の損害」の立証ができるかどうかのポイントになるだろう。
この種の事件では、ゴーン氏のオマーン・ルートがまさにそうであったように、契約の相手方から代金の一部が「還流」していることに注目が集まる。今回の件も「還流」が、そもまま「日大側の財産上の損害」であるかのように捉える記事が多いが、「還流」だけでは、本人について「財産上の損害」が発生したとはいえない。本人が、本来支払うべき金額を超えた支払をさせられていることが客観的に明らかになることが必要だ。
もちろん、特捜部の方でも、その点の問題点は十分に認識して、捜査を行っているだろうが、今後の捜査や公判の展開を予想する上でも、大きなポイントであることは間違いない。