夏休みも残業 教員の働き方における「閑散期」という危うい想定
いよいよ夏休みが終わろうとしている。この夏休みについて、「学校の先生は休んでいる」という誤解が、いまだにある。
教員の長時間労働が問題視されるなか、昨日、文部科学省が一年単位の変形労働時間制を導入する方針を固めたとの報道があった(8/30 毎日新聞)。ここでターゲットとされたのが、夏休みである。夏休みは業務が少ないのだから、その分、業務の多い時期にちゃんと働いてもらおうという考え方である。
■変形労働時間制が導入される?
文部科学省の中央教育審議会が設置した「学校における働き方改革特別部会」の会合が開かれる当日(8/30)の朝、驚くべきニュースが飛び込んできた。文部科学省が一年単位の変形労働時間制を導入する方針で動いているというのだ。
元をたどると、すでに今年の5月に自民党の教育再生実行本部が提言文書のなかで「一年単位の変形労働時間制について、現在夏休み等に行われている研修や部活動の在り方を適切に見直すなど年間を通じて業務を削減することを前提に、導入に向けた検討を積極的に進める」と、一年単位の変形労働時間制の導入を求めている。その流れから、文部科学省のなかでも何らかの検討が進められてきたものと考えられる。
ただし昨日の報道を受けて文部科学省は、「学校における働き方改革特別部会」の会合の場では、「一年単位の変形労働時間制を導入する方針を固めたという事実はございません」「今後の制度的検討をおこなう際の選択肢の一つ」と述べるにとどまった。
水面下でどのような駆け引きがあるのか私にはわからないが、一年単位の変形労働時間制が、働き方改革の目玉になる可能性があることは、たしかである。
■繁忙期と閑散期
一年単位の変形労働時間制とは、簡単にいうと一年間のなかで、閑散期(業務量が比較的少ない時期)の労働時間を短くし、その分だけ繁忙期(業務量が比較的多い時期)の労働時間を長くしようという方法である(詳細は厚労省の資料)。
繁忙期には、一日あたり最大で10時間の労働時間が認められる。法定労働時間の8時間/日を差し引いた2時間分は、割増賃金が発生する残業ではなく、通常の業務と同じ扱いとなる。
そして単純にモデル化すると、繁忙期が10時間/日ということは、その代わり閑散期は、6時間/日の勤務ということになる。
たとえば定時の終業時刻が午後5時だとすると、繁忙期は午後7時まで通常業務として働く(残業扱いではない)。一方で、閑散期は午後3時には退勤できる。
■教員からは落胆や怒りの声
報道を受けて、教員の間では「ありえない」という落胆や怒りの声が拡がった。
午後7時を超えて働くこと自体はいつものことかもしれないが、午後3時に勤務が終わるなどということは、考えられない。「教員に閑散期なんてありません」という嘆きが、私のTwitterには多く寄せられている。
また、保育園へのお迎えをはじめとして、子育てへの影響を懸念する声も多く届いている。「教員を辞めざるを得なくなるかも」という不安が先生たちの脳裏をよぎっている。
■年中繁忙期
とくに一年単位の変形労働時間制の大前提となる繁忙期と閑散期の考え方は、先生たちに大きな違和感を生じさせている。
2016年度の教員勤務実態調査(速報値)によると、公立校における平日一日あたりの学内労働時間(平均)は小学校教員が11時間15分、中学校教員が11時間32分である(なお、ここには持ち帰り仕事と休日の労働時間は含まれていない)。
調査が実施された10月から11月というのは、一年のなかで極端に忙しいわけではなく、ごく平常どおりの業務が遂行されている時期である。この時期で小中学校とも平均で一日あたり11時間を超える労働時間である。
変形労働時間制のもとでの繁忙期でさえ、一日あたり最大10時間である。ところが学校現場では、そもそも平常運転で平均11時間を超えている。
■夏休みは閑散期か?
一年単位の変形労働時間制において閑散期として想定されているのが、「夏休み」である。
しかしながらそれは授業がないだけであって、教員はいつもと同じように勤務している。夏休みも部活動の指導が入っている。あるいは校外の研修に参加したり、家庭訪問に出かけたりと、授業期間中にはできない諸々の業務をこなしている。
やや古い調査ではあるものの、夏休み中の労働時間を調べたものがある。2006年度の教員勤務実態調査によると、小学校教員は8時間7分、中学校教員は8時間28分と、それぞれ所定労働時間(7時間45分)を超えて時間外労働に従事している[注1]。
■危うい現状認識
また、名古屋市立の中学校における新任教員のデータからは、年間をとおしての毎月の残業時間が明らかになっている。
大橋基博氏(名古屋造形大学・教授)と中村茂喜氏(元名古屋市立中学校教員)の研究成果[注2]によると、2015年度ならびに2016年度いずれも、新任教員はすべての月において残業が生じている。
しかもほとんどの月で過労死ライン(月80時間の残業)を超えており、閑散期と想定される8月も2015年度は26時間、2016年度は16時間の残業が確認できる。
つまり、そもそも教員には、定時の終業時刻よりも早く帰れる日がつづく月はない。8月にも残業があり、それ以外の月はほぼ過労死ラインを超える業務量だ。
■業務量の削減・外部化と教員の大幅増員
一年単位の変形労働時間制を導入するにあたっての国の現状認識、すなわち教員には繁忙期と閑散期があるという見方は、かなり危ういといわざるをえない。
教員の労働は、8月を除いて繁忙期ばかりである。仮に8月をいくらか空けることができたとしても、繁忙期の業務量とはまったく釣り合わない。
一年単位の変形労働時間制という方法そのものが、全面的に害悪というわけではない。だがそれを導入するにあたっては、閑散期をつくりだすべく業務量の大幅な削減や外部化、あるいは教員の大幅増員が同時に必須であり、そこに実効性をもたせるための制度改革も不可欠である。
教員の働き方改革は、重要な局面にさしかかっている。先生たちの現場からの切実な声に、耳を傾けなければならない。
注1:2006年度の教員勤務実態調査では、夏休み期間をはじめとして、下記の6期間における労働時間の実態が調査された。毎月の労働時間ではない点に留意されたい。
1) 第1期:平成18年7月3日(月)~7月30日(日)
2) 第2期:平成18年7月31日(月)~8月27日(日)
3) 第3期:平成18年8月28日(月)~9月24日(日)
4) 第4期:平成18年9月25日(月)~10月22日(日)
5) 第5期:平成18年10月23日(月)~11月19日(日)
6) 第6期:平成18年11月20日(月)~12月17日(日)
注2:下記の2本の論考を参照した。
▼中村茂喜・大橋基博、2018、「教員の勤務実態記録から見えてくる部活動の影」『季刊教育法』No. 196、pp. 6-15.
▼大橋基博・中村茂喜、2016、「教員の長時間労働に拍車をかける部活動顧問制度」『季刊教育法』No. 189、pp. 36-46.