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バルサの「天才」アンス・ファティが、天才と呼ばれなくなる日。

小宮良之スポーツライター・小説家
アンス・ファティ(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

大谷翔平に見る天才の定義

「天才」

 スポーツ報道で、そのフレーズは好んで使われる。なぜなら、大衆もその響きに興味をそそられるからだ。天才の登場は、いつだってトピックと言える。

 しかし、実はホンモノに対してはあまり使われない。

 例えば、MLBの大谷翔平は天才的な才能の持ち主だが、形容する言葉は天才では収まらない。培った努力や強靭でしなやかなメンタリティが、天性をホンモノにしているからだろう。「英雄」や「超人」の方が似つかわしいフレーズだが、もはやそれすらもあまり使われない。

「大谷翔平」

 その名前で十分に”完全無欠なヒーロー”で、時代を切り拓いた偉大な人物と同義になるのだ。

 天才という言い回しは、まだ得体の知れないものに対して使われるのだろう。天性の能力に恵まれているようだが、これからどうなるかわからない、だからこそ興味が湧く、というべきか。そこに浮かぶのは、一つは明るい好奇心だろう。そしてもう一つ、天性を持て余し、潰しかねない危うさに対し、「人の不幸は蜜の味」という邪悪な嫉妬心があるのだ。

「あの人は今」

 そんな企画が受けるのは必然と言える。天才には、常に好奇の目が注がれるのだ。

 多くの場合、選手はその扱いに苦しむことになる。華々しくデビューを飾って、天性が評価される。しかし多くの場合、安定的に才能を発揮できる地力は身に付けていない。そこでうまくいかなくなると、期待を裏切ってしまったようで、相当なストレスを受ける。そこで無理することでスランプに陥って抜け出せなくなったり、ケガに苦しむことになったりするのだ。

アンス・ファティという天才

 17歳のときにFCバルセロナで華々しくデビューを飾り、早々にゴールも記録したアンス・ファティは、いわゆる天才の名声を謳歌した選手の一人だろう。たしかにシュートセンスは人並み外れ、まさに天才だった。ボールを呼び込み、ボールを叩く。単純にその技術は天性に近く、突出していた。十代でリオネル・メッシが付けていた背番号10を継承したのも、意外ではなかった。

 ファティは、バルサという環境が生み出した天才だったと言える。

「サッカーは、体の大きさや身体能力で決まるスポーツではない。そこに頼るべきではないんだ」

 かつて、バルサの中興の祖と言えるヨハン・クライフは育成に関して語り、こう続けている。

「プレーヤーとしての成長に応じて、パワーやスピードは身につけていくべきだろう。しかし、肉体的な成長は高がしれている。大人の選手になって相対したとき、お互いが筋力的に近づいたら、ゴールは入らなくなってしまう。これでは本末転倒だろう。身体的な成長は後から付いてくるもの。タレントを持った選手とは、まさにそうしたものとは別のものを持っている。だからこそ、指導者の評価、方向付けが大事になる」

 ファティは、まさにその天性を養える環境で育ったと言える。ストライカーとしては小柄だったし、極端にスピードがある選手でもなかった。しかし、単純明快に「ゴールを奪う」という才覚に恵まれていた。

 しかし、天才ファティは思うように成長することができていない。

ファティが天才じゃなくなる日

 ファティは、すでに4度の手術を経験している。その過程で、ジムワークで体を鍛え過ぎたのか。筋肉が大きくなったことで力強さは増したものの、体の切れはなくなってしまった。ケガの予防もあったのかもしれないし、焦りもあったのだろうが、いずれにせよ、天才の眩しい輝きは呆気なく失われた。

 昨シーズン、ファティはプレミアリーグのブライトンで武者修行に出た。しかし結局、定位置をつかみ取れていない。相変わらずケガにも悩まされ、すっかり輝きが消えた。

「才能に押し潰されてしまった」

 記者の中には、そういう表現をする者もいるが…。

 一つ言えるのは、ファティのキャリアはまだ終わっていない、ということだろう。

 今シーズン、ファティはバルサに戻ってきた。ハンジ・フリック監督から切り捨てられず、再び背番号10を背負うことになった。ポジションが確約されたわけではないが、「かかとの裏の痛みが治まったら、9月の代表週明けに試合メンバー入りする」と言われている。

 その天性がすべて失われたとは思えない。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/94e4107b12e45a258aa0b874a56b6c76e63b6e5f

「サッカーにおいて、スピードやパワーで補う、という考え方を改めた方がいいよ」

 御大クライフは、そう金言を残している。

「サッカーはとにかくテクニックがモノを言う。本質的に、フィジカルでどうこうできるスポーツではない。サッカー選手はいい結果を残すと賞賛されるが、そこでテクニックとフィジカルの二つは混同されがち。そして手っ取り早く結果を得るには、後者に溺れるところがあるのさ。選手自身、激しく走ることでいいプレーをした気になったり、筋肉をつけることで強くなった気分になったり、やがてプレーの本当の意味を忘れてしまう。そこに必ず問題が生じるのだ」

 ファティのゴールセンスは本物である。その才能を実効化できるか。それは彼が天才と呼ばれなくなる日だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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