ウィリアム王子とキャサリン妃の「微笑み外交」に抗議の嵐 英連邦王国ジャマイカも共和制に移行か
■嵐のカリブ諸国歴訪
[ロンドン発]英王位継承順位2位のウィリアム王子とキャサリン妃は22日、エリザベス英女王を君主とする英連邦王国の一つ、ジャマイカに到着した。同国では君主制を廃止して共和制に移行する動きが強まっており、2人は奴隷貿易の歴史に対する謝罪と賠償を求められている。2020年の世論調査では共和制への移行を求める声が55%に達している。
カリブ海に浮かぶベリーズ、ジャマイカ、バハマの英連邦王国歴訪の旅は嵐に見舞われている。ウィリアム王子とキャサリン妃はベリーズでも「私たちの土地に立たないでほしい」という地元住民の抗議を受け、ヘリコプターでの村への訪問をキャンセルする事態に追い込まれた。
カリブ諸国のバルバドスは21年11月、エリザベス女王を君主とすることを止め、共和制に移行した。バルバドスの独立55周年と同時に行われた式典にはチャールズ皇太子も出席し「奴隷制度という恐るべき残虐行為」を認めた。ジャマイカも共和制に移行することになれば英連邦王国は13カ国に減り、“大英帝国”崩壊のドミノ現象が起きるかもしれない。
米女性ファッション雑誌ハーパーズ・バザーは、ジャマイカはウィリアム王子とキャサリン妃出国後すぐ、エリザベス女王を国家元首の地位から解く手続きを開始すると特報した。ジャマイカ議会関係者が独立60周年の8月6日までに共和制への移行手続きを完了させることを目指していると語った。英紙インディペンデントも同様の内容を報じた。
英王室ジャーナリスト、ロバート・ジョブソン氏は「ジャマイカでも共和国への移行が取り沙汰されている。2人がジャマイカを訪れて、ジャマイカとのつながりを維持しようとするのも無理はない。カナダやオーストラリアでは変化を求める動きは目立っていないが、簡単に君主制を廃止できるニュージーランドは共和制に移行するかもしれない」と話していた。
■「ブラック・ライブズ・マター」の衝撃波
ウィリアム王子とキャサリン妃のジャマイカ訪問は、20年の米白人警官による黒人男性ジョージ・フロイドさんの暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」をきっかけに、カリブ諸国で、奴隷貿易で巨万の富を築き、黒人差別の根本原因を作ったイギリスに対して強まる反発を和らげるのが狙いだ。
これまでカリブ共同体補償委員会委員長のヒラリー・ベックルズ西インド諸島大学副学長は「制度化された人種差別、白人至上主義、警察の残虐行為とフロイドさんらアメリカおよび世界中の黒人犠牲者を生んだ体系的な社会的不正を糾弾する」と表明。カリブ共同体は「謝罪だけでは十分ではない」と賠償を求めてきたが、イギリスは十分に対応してこなかった。
サッカー・英イングランドプレミアリーグのマンチェスター・シティFWラヒーム・スターリング選手も恵まれない若者たちに職場体験や大学の奨学金を提供するラヒーム・スターリング財団の活動の一環として、ウィリアム王子とジャマイカでのサッカーイベントに参加した。ウィリアム王子が応援するアストン・ビラのレオン・ベイリー選手も加わった。
ウィリアム王子とキャサリン妃のカリブ海の英連邦王国歴訪に合わせ、イギリスのソフトパワーをアピールする作戦だが、ジャマイカの反応は厳しい。現地からの報道では、首都キングストンの英高等弁務官事務所前に抗議グループが集まり、少女が「女王も王子も妃もジャマイカではなく、おとぎ話の中にいる」と書かれたプラカードを掲げた。
■「ケイトとウィリアムは奴隷制度の受益者」
英紙ガーディアンによると、ジャマイカの人権活動家オパール・アディサ氏は「ケイトとウィリアムは(奴隷制度の)受益者だ。彼らは私たちの祖先から特別な利益を得る立場にあるのに対し、私たちは祖先から恩恵を受けていない。彼らが今も持ち続けている贅沢なライフスタイルは私たちの偉大な祖先の血と涙と汗の結晶だ」と指弾した。
ジャマイカの医師、ビジネスマン、弁護士、起業家、政治家、宗教指導者、セレブら100人がウィリアム王子とキャサリン妃が大英帝国の植民地支配の過去を謝罪するよう求める書簡を公開している。エリザベス女王の在位70周年(プラチナ・ジュビリー)とジャマイカ独立60周年に合わせて行われたカリブ海の英連邦王国歴訪をこう批判した。
「私たちにはあなたたちの祖母の在位70周年を祝う理由がない。なぜなら女王のリーダーシップ、彼女の父親のリーダーシップは人類史上最悪の悲劇を永続させたからだ。大英帝国による人身売買、奴隷化、植民地化の全期間に起こった私たちの先祖の苦しみを償うために彼女は何もしていない。だからプラチナ・ジュビリーの祝典には参加しない」
100人はイギリスの植民地支配から独立して60周年を記念し、英王室がジャマイカに謝罪して賠償すべき60の理由を列挙した。イギリスでは奴隷制の廃止に伴う1837年奴隷補償法に基づき、奴隷商人は当時のお金で総額2000万ポンドの補償を受けた。一部は3.5%の公的年金の形で2015年まで続けられた。しかし奴隷とされた者の子孫には何の賠償も行われなかった。
共和制への移行を主張するジャマイカの野党指導者マーク・ゴールディング氏は「私は出席するイベントで2人と対話する機会を得て、この問題が多くのジャマイカ人が抱いている見解であることを伝えたい。英王室とジャマイカ双方にとって、新しい未来へ前進し始める手段として、この問題を考慮することが有益であると思う」と地元の全国紙に話している。
■「ブラック・ライブズ・マター」に便乗した中国
大英帝国は第二次世界大戦でナチス・ドイツに勝利したものの崩壊。多くの労働力を失い、1948~71年、ジャマイカやトリニダード・トバゴなどカリブ諸国などの旧植民地から約50万人の移民を受け入れた。しかし2012年以降、就労したり公的医療を受けたりする際、身分証明書の提示を求められ、未取得の移民は国外退去させられる問題がイギリスで起きた。
いわゆる「ウィンドラッシュ・スキャンダル」でカリブ諸国の旧宗主国に対する不信感がさらに強まった上、欧州連合(EU)離脱でイギリスの迷走ぶりが世界中にさらけ出された。これに加えて君主がエリザベス女王から不人気なチャールズ皇太子に世代交代すると英王室の威信と信頼は地に落ちる恐れが大きい。
旧宗主国の謝罪と賠償が、癒しと許しと和解のプロセスには不可欠だという主張はもっともだ。しかし、気になるのは中国の習近平国家主席のインフラ経済圏構想「一帯一路」との関係だ。中国は「ブラック・ライブズ・マター」に合わせて、米欧諸国に対し黒人差別や奴隷制度の責任を追及するプロパガンダを展開してきた。
バルバドスは19年、一帯一路への協力文書に署名。地元メディアによると、中国は17年に教育機器、19年にはノートパソコンやタブレットなどのテクノロジー機器を寄贈、農業プロジェクトにも投資している。ジャマイカも19年に一帯一路に参加する10番目のカリブ諸国として名を連ねた。
新型コロナウイルス・パンデミックで中国は世界中でワクチン外交を展開し、バルバドスやジャマイカとも絆を深めた。
英下院外交委員会委員長で、保守党内「中国研究グループ」を主宰するトム・トゥーゲントハット氏は20年9月、英紙タイムズに「中国はインフラ投資と債務外交を支配の手段として使ってきたが、私たちはカリブ海でそれを目の当たりにしている。女王を北京の要求の多い皇帝にすり替えようとしている島(バルバドスのこと)もあるようだ」と述べている。
(おわり)