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2018年前半の欧州を振り返る。極右とスペイン左派政権(ボレル外相・元欧州議会議長インタビュー紹介)

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
スペインの新外務大臣で元欧州議会議長のジョセップ・ボレル氏。(写真:ロイター/アフロ)

相も変わらず、今年の前半も難局続きの欧州だった。

この稿では、EU内部の問題、つまり極右の台頭問題について書きたいと思う。

スペインで左派政権が誕生

昨年12月オーストリアで極右との連立政権が誕生したのに続いて、イタリアでも今年5月に極右との連立政権がうまれた。

オーストリアで極右といってもあまり驚かないのだが(すみません)、イタリアというのは心理的ショックは大きかった。いや、寛大なイタリア人だからこそ、今まで持ちこたえることができたという評価が正しいのだろう。

イタリアやギリシャに移民が多く到着するのは、政治的な問題というよりも地理上の問題である。でも、あまりにも他のEU加盟国は知らんふりしすぎたと思う。

確かに極右の台頭は大問題である。極右の台頭は、EUがどうとかいう問題以前に、第2次世界大戦前の暗い記憶を呼び起こす。

それに、今も続いて起こるテロや、移民にまつわる社会問題。サミュエル・ハンチントンは「文明の衝突」と言ったが、そんな美しい言葉でまとめられるものではない。9.11の当時はともかく、今は「文明の衝突」などという言葉は、少なくともヨーロッパでは観念的すぎて白々しくて、使えたものではない。広大な領土をもち、東西が海であるアメリカは、ヨーロッパと全く異なるのだ。

それでも、というより、だからこそ、一歩引いた目で観察する必要があるのではないか。

欧州連合というのは、27カ国の集合体で、多国間組織である。内部で絶妙なバランスをとることが可能である。

特に、日本ではほとんど話題にならなかったが、6月初頭にスペインで政権交代が起きたことは、注目すべきことだと思う。

7年ぶりの政権交代

スペインは、中道右派の国民党が政権を7年間握っていた。与党の汚職問題のために、スペイン社会労働党は、急進左派ポデモスや、バスクやカタルーニャの小党の協力を取り付けて、左派で協力することに成功した。

左派は内閣不信任案を提出し、可決に必要な下院(定数350)の過半数を上回る180票の賛成を得て政権交代した。首相の座は、ラホイ氏からサンチェス氏に渡された。

このように、右傾化する欧州にあっても左派が政権をとる国もあるのだ。

なぜこうなるかというと、政権交代は、国内の事情で起こるからだ。EUは直接的にはあまり関係なく、生活に直結するような問題や、国内における感覚が一番の争点になるからだ(逆の言い方をすれば、イタリアは生活の問題に直結するほど、移民や移民がもたらす問題が身近に増えたということだろう)。

EUにおけるこの政権交代の意味を考えたいと思う。

EU内部の絶妙なバランスとは

スペインの新しい外務大臣にジョセップ・ボレル氏が就いたことは、特筆に価すると思う。

氏は、2004年から07年にかけて、欧州議会で議長を務めた人物だ。中道左派の政党だから親EUなのは当然とはいえ、スペイン新政権は、EUを重視する立場をはっきりと人事で見せたのである。

以前、2014年の欧州議会選挙で、英国でもフランスでも極右が第1党になって、大揺れしたことがあった。この時イタリアでは、若き首相マッテオ・レンツィ率いる中道左派の民主党が大勝した。極右に対するカウンターで左派の安定が保たれたことで、欧州議会、ひいては欧州の安定に大きく貢献した。

このとき筆者は「このような状況下で、イタリアはEU内で大きな発言力をもつに違いない」と思ったものだった。実際、いま欧州議会議長をしているのは、イタリア人のアントニオ・タイヤーニ氏である(2017年1月の欧州議会議長選挙では、中道右派の欧州政党の候補も、中道左派の欧州政党の候補も、両方イタリア人だった)。

このように「あっちがダメでもこっちがあるさ」という感じで、EUというのはいつも内部で絶妙なバランスを保っている。

今はイタリアの代わりにスペインが、力を持とうとしているのかもしれない。

極右が台頭する国々に注目するだけではなく、EU全体のバランス政治を観察する方が、欧州の行き先を見誤らないと思う。

ジョセップ・ボレル氏のインタビュー

これからしばらくの欧州の先行きに、ちょっとほっとしたのは、上述のスペインの新しい外務大臣ジョセップ・ボレル氏のインタビューを読んだことが大きい。

「ル・モンド」に掲載されたインタビューを以下に紹介する。これは英・仏・独・伊の主要新聞が、政権交代直後に合同で行ったものである。

当時、アクエリアスという名前のNGO移民保護船が、極右が政権についたばかりのイタリア、そしてマルタから入港を拒否されて、地中海を漂流していた。これをスペインの左派の新政府が受け入れたばかりのころ、インタビューは行われた。

*  *  *  *  *

Q イタリアのサルビニ内相は、(移民保護船をスペインに向かわせたのは)『大勝利』だと言っています。このことはイタリアの過激な極右の正当化につながると考える人に、どのように答えますか。

確かに大勝利です。でも、船に乗っている人にとっての大勝利です。スペインの決断なしには、彼らは今どこにいるのかわからなかったのですから。イタリアの政権を批判するつもりはありません。移民の問題は、イタリアのものだけではない、昨日はギリシャの問題で、あさってはスペインの問題というものではないのです。ヨーロッパは共通の境界をもっているのだから、イタリア一国をほっておくわけにはいきません。サルビニ伊内相は、私とは異なる移民政策をもっていますが、予測できなかったわけではありません。

Q どのようにスペイン政府の決定を説明することができますか。

このことは、EUにおいて、移民問題が何を意味するかについての反省、特に行動を引き起こす試みです。ヨーロッパは物事を直視しようとしていません。これは集団的な問題であり、そのように扱われなければならないのです。我々が境界を共通のものにすることができない場合、シェンゲン地域は崩壊するでしょう。また、亡命希望者にとっても、移民の流入を発生させている人々にとっても、EU共通の政策が必要です。なぜなら彼らはより良い人生(生活)を求めているのですから。

Q (政権の座を降りた)国民党のスポークスマンは、この決定は呼びかけの効果を引き起こす(訳注:このせいでもっと移民が来る)可能性があると警告しました。あなたはどう思いますか。

呼びかけの必要などありません。私は最近セネガルに行きました。呼びかけは構造的なものなのです。人口と富の差からくるのです。短期的視点では、アフリカが発展すると、移民のための手段と能力を持つ人々が増え、移民を望む人の数を増やすことになります。なぜなら、国を去る人は、最も貧しい人でもないし、最も弱い人でもないからです。我々は開発を促進しなければなりませんが、開発は、自国に留まるのに十分な雇用がつくられるのよりも前に、まずは移民を促進することを知る必要があります。

Q スペインは、フランスのような他の国々が従うべき先例となりましたか。

スペインは、ヨーロッパが直面する問題を直視するために、象徴的な政治的決定を下したのです。私たちはドン・キホーテを演じているのではありません(訳注:ドン・キホーテは、騎士道物語を読みすぎて正気を失い、騎士団を復活させ国に奉仕しようとした男の物語。発表当時はコメディ小説として受け入れられていた。後にフランス革命で解釈が変わったという)

Q このことは、より多くの移民を迎えるための第一歩ですか。

スペインは、私たちに割り当てられた亡命希望者の受け入れから非常に遠いので、EUの決定の枠で行動する余地があります。だから、これらの割り当てが適切であるか否かについて議論することができます。おそらく十分ではないでしょう。そして、この選択はEU内で大きな緊張を引き起こしました。

Q スペイン南部の国境には、毎週末およそ500人の移民が到着し、今年の初めから(半年間で)既に8000人がいます。人道支援団体は、スペインにインフラが不足していると警鐘を鳴らしましたが・・・

逆のことは言えませんね。ここ数ケ月、私はヨーロッパの社会主義政党のシンクタンクである欧州プログレッシブ研究財団(FEPS)の中で、移民問題について取り組みました(訳注:欧州議会に議席をもつ主だった欧州政党は、それぞれが財団・シンクタンクをもっている)。2008年に、欧州議会の開発(援助)委員会の議長を務めたときには、実際に拘留センターを訪問しました。本当に拘留されている現場です。私はそこで容認できない状況を確認しました。明らかに、我々の境界には問題があります。

Q イタリア政府の変化に伴い、スペインはヨーロッパで信頼できるパートナーとしての地位を強化しますか。

私たちはもっと積極的な役割を果たす必要があります。状況の変化のために可能でしょう。政治的なバランスが変わったのです。英国は離脱し、イタリアではEU懐疑政党が登場しました。フランスでは、(極左の)メランションと(極右の)ルペンの投票を合わせたら、素晴らしいとは言えない状況です。そして東ヨーロッパのダイナミクスは知られています。スペインは、欧州の統合を促進する上で、控えめな役割を果たすことができます。なぜなら、私たちの将来はヨーロッパの建設次第であると確信しているからです。

Q ご自身をマクロン大統領やメルケル首相のポジションに近いと感じていますか。

私は自分独自のポジションを定義することを好みます。マクロン大統領は、私が個人的に同意した一連の提案をテーブルに載せていますが、私は外務大臣でしかありません。私はドイツの財務大臣による最近の声明に、うれしい驚きを得ました。ヨーロッパの失業保険を補完するものを含む担保手段を用いて、ユーロの安定を強化することについて語っていました。我々は新しい危機を防ぐためにユーロを安定させる必要があります。そして、過去の過ちを繰り返さないことです。

*  *  *  *  *

就任直後のインタビューなので、良いことしか語らないといえばそうだろう。

でも要人なのだから言ったことには責任を伴うはずで、この人の経歴と顔つきから、左派の立場からEU構築を進めようとするのは間違いないと思う。自分の国が16%という高失業率に苦しんでいながら、こういう言葉を発することができるというのは、理屈抜きですごい、なぜできるのだろう・・・と思う。

今のところ、スペイン政府は移民対策についてEUで特に目立った提案や行動はしていないが、まだ政権は発足したばかりなので、今後の観察が必要である。

多国間組織の強み

EUは多国間組織であるということを忘れてはならないと思う。

多国間組織というのは、英国がEUを脱退したように、アメリカがTPPから離脱したように、どうしても嫌なら抜けるしかないのだ。抜けられないのなら、留まって話し合って、なんとか妥協点をみつけ、全員で合意するしかない。

誰もが「わざわざ会議で集まったからには、何かしら決めなくてはまずいのでは」という心の内の強制力を持っている。特にEUはこの傾向が強い印象だ。国連関連組織とは異なり、一部主権を譲渡した組織は違うと思う。

こういう性質を欧州のリーダーたちはよくわかっているためか、「EUがなくなることはないし、離脱する国もない以上、逆境のときにEU構築に積極的に出ることこそ、自分が、そして我が国が欧州のリーダーになれるチャンスだ」という戦略を描くことがある。マクロン大統領は、まさにこれだと思う。

筆者は、スペインのサンチェス左派政権は、以前のイタリアのようになろうとするのかと思ったが、インタビューを読んで「なるほど、フランスの後を追うという視点か」と思った。

ただ、スペイン左派政権の一番の不安要素は、政権基盤が盤石ではないことだ。定数350議席のうち、社会労働党は84議席にすぎない。不信任決議で協力した急進左派のポデモスは67議席もつが、政府の要職を与えられていない。足元がぐらついているのが、最大の問題だろう。

欧州の国境を越えた市民社会

筆者は、欧州の左派のことを書く機会が多いが、それは日本ではほとんど知られていないので、伝えたいという気持ちが強いからだ。そしてそれは、欧州連合・ユニオンの根本を形成するものだからだ。

今日もNGOが運営するアクエリアス船は、地中海を漂流するボートピープルを探して救出し、船内では「国境なき医師団」の医師たちが働いていることだろう。

このような活動を支えているのは、欧州の人の心であり、ヒューマニズムであり、支援活動する人にお金を渡す人や団体であり、公的団体やNGO団体、政党の存在であり、それらを支える国やEUの制度なのである。そしてこれらは欧州各国に存在し、国境を越えて連帯している。

でも、このような地道な活動が日本で報道されることは、ほとんどない。

彼らを見ていると、日本のことを考えずにはいられない。特にシールズのことを思い出す。残念だ。主張の是非はこの際問題ではない。せっかく若者が政治に物申そうと立ち上がったのに。フランスじゃよくあることだろうが、日本では、少なくとも私が生きている間では、ほとんど初めてのことだったのに。もし彼らがヨーロッパ人だったら、舞台が欧州だったら・・・と思わずにはいられない。若者の運動を支える社会構造そのものが日本にないから、こうなったのだ。ないのは日本の左派が極端に弱いからだ。欧州社会全体に存在する「層の厚み」を見るたびに、日本に対して暗い気分になる。EUを支える国境を越えた市民社会が日本人に知られていないのは、日本にほとんどないからだ。人間は、知らないものは見えないのだ。

でも、これらのことを理解しないと、EUの姿は永遠に日本で誤解されたままだと思う。

極右の台頭だけを見るのではなく、ましてやいまだに「EU崩壊」などという寝言を言うのではなく、欧州の姿を正しく理解してほしい。日本がアメリカより先に、経済の大パートナーとして選んだ相手がどういう人たちなのか、理解してほしいと願っている。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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