「入社式など不要だ!」が伝統化する日本~入社式の歴史、アンチテーゼ、現状分析
茂木健一郎、元シールズ奥田ほか続く入社式批判
4月上旬の風物詩と言えば、エイプリルフールに入学式、それから入社式です。
入学式は、近畿大学の入学式ではつんく。さんが登壇するなど、話題になります。
入社式もJTBに武井咲さんがサプライズで来たとか、ANAが羽田空港の格納庫でやったとか。
武井咲JTBグループ入社式にサプライズ出席「カワイイ~!」とどよめき
何かと話題になるところは入社式も入学式も共通しています。
話題にならなくても、そこそこ小規模な企業でも実施します。
ところが、方向性が同じなのに、叩かれるのはほぼ間違いなく入社式。
これは入学式が海外にもある一方、入社式は日本独自の習慣と言われています。
それもあってか、新卒一括採用と並び、とかく批判されやすいのです。
新卒一括採用批判を続ける脳科学者・茂木健一郎さんは2016年4月2日、BLOGOSにて記事「シンクロするの、ほんとうにすきだよね」を発表。
4月1日に、みんなが同じような服装をして、「入社式」に臨む、といった風景がこの国からなくなったときに、ほんとうに何かが変わったと実感できるのだろうけれども、その前に、日本はもう少し衰退して、没落しなければならないのだろうか。今すぐ変えればいいだけの話だと思うのだけれども。
元シールズの奥田愛基さんも、2016年6月4日、Twitterで、やはり入社式について批判的なコメントを出しました。
就活・入社式の光景…。フォトショかと思うし、コラであってほしい。 なんか個性とか、自分らしさとか、そんなこと以前の問題な気がします…。#就活
茂木さんや奥田さんなどの論客が入社式に否定的な見解を示しては、賛否両論分かれて盛り上がります。
こういう批判もすでに伝統芸になりつつある、と私は考えるのです。
「入社おめでとう」挨拶が続いても笑顔に
実際の入社式がどうなっているか、別件で取材を進めていた六興電気に依頼、2017年4月1日、入社式を見学させてもらいました。
六興電気は電設工事の準大手企業で社員数は約700人。2016年から奨学金返済支援制度を導入したほか、長江洋一社長は航空機の写真家としても有名です。
「うちの入社式は堅苦しくないですから」
と長江社長に事前にご案内いただいていましたが、確かにその通りでした。
出席した新入社員42人(1人は欠席)は全員、スーツではなくジーンズなどラフな格好です。
六興電気の役員・部署長と六進会(協力会社8社)の社長など社会人側47人も半数近くはやはりラフです。
入社式の会場は結婚式場などで有名な目黒雅叙園の宴会場。
開式・社是唱和のあとは社長メッセージ、役員・六進会メンバーの紹介です。社長に役員、六進会の社長、合計34人のうち、
「入社おめでとう」
を言わなかった方は数人いたかどうか。
社長以外は挨拶が一言なので、時間としてはそれほど長くはありません(合計20分)。
ただ、34人の役員・部署長・社長のほぼ全員が「入社おめでとう」と話すあたり、入社式批判をされる方は「そこが気持ち悪い」というのだろうな、と感じました。
もっとも、この挨拶を含め、式が冗長、かつ、新入社員が退屈そうだったか、と言えばそうではありません。
特に「歓迎ビデオレター」のコーナーでは、全員目を輝かせていました。
六興電気は入社式前の段階で配属先が決まっています。
その配属先の支店長や先輩社員がビデオレターという形でメッセージを寄せるのです。
名前をはっきり出して、歌やダンス、あるいはお笑いなどを交えつつ「待ってるよ」「一緒に働こう」と先輩社員が新入社員に呼び掛けます。言われた新入社員が嬉しそうに見ている、そして他の部署の役員や新入社員も含めて全員で見て盛り上がりました。
その盛り上がりぶりに、閉会挨拶にたった六進会の社長は、
「今日は入社式ですよね?新入社員懇親会ではなく」
と話すほど、和気あいあいとした入社式でした。
もちろん、こうした入社式が主流というわけではありません。役員の堅苦しい挨拶が続く入社式もいくらでもあります。
が、形がどうあれ、ほとんどすべての企業が実施する入社式。では、その歴史はどうなっているのでしょうか。
大正期に確立、戦前には「居眠り」も
実は、日本で入社式がいつ頃、確立されたか、はっきり示す文献は見つけられませんでした。
ただ、就活の歴史を振り返るうえで一級品の史料とされる『日本就職史』(尾崎盛光、文藝春秋、1967年)に新入社員研修についてこんな記載があります。
「新入社員教育が系統的かつ制度的におこなわれるようになったのは、ほぼ大正十年代に入ってからで、それ以前には、ほんの、一、二ヵ月、勤務時間の前後に、いわば業務の補助程度におこなわれただけのようだ。記録によれば、住友銀行は、大正十一年までは、入社後約五十日間、営業時間の前後に一般実務の練習をさせていたのを、大正十二年からあらためて、約五ヵ月間、新入社員を集めて就業時間内に系統的な教育をほどこすことになったとある。他社も、おおむねこのころから制度化したと思われる。
(中略)
会社のほうも、大戦中の好景気のときは猫の手も借りたいし、あまり大学卒をみじめな立場において逃げられては大変と気を使ったこともあって、大急ぎのつめこみ教育で、あとは幹部候補生のなんのとおだてて使っていたが、景気も一段落し、社内の諸制度も整備され、資本主義の実用主義も板につき、就職難で大学卒に逃げられる心配もないというめどがついたので、初年兵教育の制度化にふみきったのである」
日本企業に新卒一括採用が広まったのは、まさにこの時期です。新入社員研修が確立した、ということはおそらくは同時期に入社式に類するイベントはあった、と推定されます。
国会図書館でデータを探すと、1940年代に入ってから、具体的な文献が出てきます。このうち、東洋陶器(1942年)「入社式の辞」は、「毎月入社さるる皆さんと挨拶を互にかわす爲めの集り」とあります。読み上げるのは、社長代理の百木常務。
社長の代理、ということもあるのでしょうか、新入社員に対して約2時間も語ります。文字数にして約1.8万字相当。
冒頭で、
あくびや、こくりこくり船を漕ぐやうな不緊張不真面目な事はして戴きたくない
とありますが、いくら昭和一けた世代が忍耐強かったと言っても、居眠り者続出だったのではないでしょうか。
内容は挨拶の大切さから、会社の概要、火の始末まで細かいことこのうえありません。が、果たしてどれだけ記憶に残ったのか、それは文献からは明らかでないのが残念なところ。
1990年代から出ては消え、消えては登場する入社式廃止論
入社式が普遍化してくると、今度は廃止論が出てきます。
『THIS IS 読売』1996年5月号は「新就職論 入社式がなくなる」を掲載。
記事はダイエーの入社式での中内功社長の挨拶から始まります。
「入社式を今年からやめようと考えた。日本航空に入った、新日鉄に入った、ダイエーに入ったということは、終身雇用・年功序列が維持できなくなってくる中では、もはや意味がない。大きなホールで千人も千二百人も集めて入社式をやるのは、高度成長時代の人手が足りない時代の話であり、もう一度考え直すことが必要ではないか…
(中略)ダイエー・ホークスを見ても、選手はみな一年契約の年棒制で、常に戦力となるよう厳しい努力を自分でしている。ポジションも、ピッチャーとか四番打者とか、『何ができるか』を聞かれる。あくまでもジョブが中心で、そのジョブに対して給料が支払われるのだ」
記事では、この中内社長の挨拶を記事冒頭と結びに使い、通年採用への移行をまとめています。
さらにその例として、ヤオハンについて、和田一夫代表が新卒定期採用組の内定式に顔を出さず、海外勤務希望の契約社員の内定式にのみ顔を出したことも伝えています。
実際にダイエーは、1997年2月、入社式を実施しませんでした。代わりに実施したのが「就職式」。なんか、あまり変わっている気がしません。1997年2月26日の中国新聞朝刊には次のような記事でその模様を伝えています。
新入社員全員が参加するマンモス入社式で有名だったダイエーグループの入社式が二十五日午前、産業界のトップを切って東京・有明の東京ビッグサイトで行われた。
といってもダイエーによると、今年は入社式ではなく「就職式」と呼び、「入社式廃止宣言! キックオフ」と銘打った。
ダイエーは「通年採用が広がり、春に行う古めかしい入社式は不要という意味がある」と説明。グループ企業や配属先の業種など四回に分けて行われ、第一弾となったこの日は約千二百人の新入社員のうち約三百人が自由な服装で参加した。
冒頭、ステージに積み上げられた「入社」とかかれた段ボールを創業当時の法被を着た中内功ダイエー会長兼社長が、け飛ばすパフォーマンスがあり、会場から拍手がわき起こった。
また、会社が採用辞令を渡さず、新入社員が会社に「プロ宣誓書」を出すといった趣向も見られた。
一見すると、もっともな話ではあります。
ただ、ダイエーは2004年に産業再生法適用(その後2015年にイオンの完全子会社に)。ヤオハンも1997年に倒産しています。
入社式廃止論は、現在、存続する企業でも出たことがありました。総合商社の三菱商事は2001年、入社式を廃止。社長訓示はeメールで送信。
『週刊新潮』2001年4月19日号では、
「どこの企業も終身雇用の余裕はなく、即戦力を求めて中途採用をしている。(中略)今後、ますます(入社式を)廃止する企業が増えるでしょうね」
との経営評論家のコメントを結びに使っています。
しかし、入社式はその後、廃止する企業が続出した、ということは特にありません。
三菱商事も、いつの間にか、復活し、現在に至っています。
ユニーク路線の元祖は靴磨き入社式
むしろ増えているのが、ユニーク入社式です。
その元祖とも言える企業は靴クリームメーカーのコロンブス。
1971年から靴磨き入社式を実施、現在も続いています。
靴磨き入社式は、まず先輩社員が新入社員の靴を磨いた後(使うのはもちろん自社製品)、今度は新入社員が先輩社員の靴を磨く、というものです。
「当社の『靴磨き入社式』であるが、昭和四十六年度から初めて、これを実施してみた。(中略)彼等(新入社員)の中には、職業を通じて、生活を確保し、その職場のセクションで与えられた仕事のみを修得しようとする考え方が先行していて、この職業によって消費者に与える効果というものを考えていないことになる。当社は、このギャップを入社と同時に、消すためのキャンペーンとして、『靴磨き入社式』を実行していることになる。(中略)新入社員が靴を磨くことの物理的効果から出発して、仕事の腕を磨き、美しさを求める産業のひとつとして、それぞれの職場を理解してもらえれば、この『靴磨き入社式』は成功したことになるのである」(『経済往来』1972年6月号・服部洌「靴磨き入社式」/著者は当時のコロンブス社長)
「与えられた仕事」というのも現代に通じそうな話ですが、この靴磨き入社式、2017年現在も続いています。
『週刊平凡』1979年4月19日号では、この靴磨き入社式のほか、二宮金次郎入社式(新入社員1人だけ草加駅前での二宮金次郎に扮して1時間耐える/埼玉・ブンブン餃子)、歌謡入社式(2部で徳光和夫司会・森山良子のワンマンショー/イトーヨーカドー)、会社案内作成(新入社員研修の一環として入社案内を作成/東京ブラウス)、変わり種入社式(笑顔を練習する「スマイル入社式」、川上哲治を講師に呼んでの「ダルマ祈願入社式」、そろばん日本一を呼んでの「ソロバン実践入社式」など中身を毎年変える/小泉グループ)なども紹介しています。
ニュースとして定着した水中入社式
入社式廃止論が出るようになった1990年代後半から2000年代にかけては、さらにユニーク路線の入社式が増えていきます。
目立つところでは、水中入社式(鳥羽水族館)、鉛筆削り入社式(三菱鉛筆)。
水中入社式は、飼育研究部配属の新入社員がスーツの上にダイビング装備で館内最大の水槽に入り、辞令を受け取ります。その後、先輩飼育係からスポンジを受け取り水槽の掃除(初仕事)。終えると、水槽の中からスピーチをする、というものです。
鉛筆削り入社式は、自社製品の発売50周年と合わせて当時の新入社員が提案してスタート。新入社員が小刀で鉛筆を削り(大半は初体験)、鉛筆の削り方講習や鉛筆による書初めも。元は2008年の記念行事でしたが、その後も現在まで継続しています。
マスコミとしても絵になりやすいこともあって、毎年、ニュースになっています。どちらも意図してかせざるかは不明ですが、広報戦略にもつながっています。
ハワイ・台湾にツアー参加も
2016年度入社式を日本ではなくハワイで実施したのが、飲食チェーンのトリドール。
2017年度は台湾で実施。それぞれ、現地に出店している同社の店舗を見学するとのこと。
沖縄ツーリストは、支援金を出したうえで、新入社員はツアーに参加。そのうえで、入社式を7月にずらしました。
2016年3月31日付け琉球新報朝刊は次のように伝えています。
沖縄ツーリスト(那覇市、東良和会長)は社員教育の一環として、2016年度から県内採用の新卒社員を対象に3カ月間の事前研修制度を新設する。新入社員に一定の研修支援金を支給し、同社が販売する添乗員付きツアーなどに参加させ、ツアーに対する評価を報告させる。入社前に見聞を広めるとともに、自社業務の理解につなげる。同時に新入社員の評価を参考に自社商品の品質向上も図る。沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)によると、旅行会社による入社前の支援金付き事前研修は県内初。
同研修制度は16年度に入社する県内採用の新卒社員20人が対象。期間は4~6月まで。このため県内採用者向けの入社式は4月1日から7月1日にずれ込む。
(中略)
同社の安部潤執行役員室長は「若い人は添乗員付きのツアーにほとんど行かない。入社後、社員は逆の立場になるので、事前研修をすれば、カウンター業務などのノウハウもすぐ分かる。新卒社員の見聞も広げられる。人材育成の一環として、来年度以降も継続する」と述べた。
団結力を高めるために入社式は必要?
入社式の文献調査をしていると、なぜか宗教学や古代史、教育史の専門書が該当書籍として現れました。たとえばこんな具合です。
次に、入社式について簡単に検討してみよう。子供達が一定の年齢に達した後大人の社会に入る儀式つまり成年式である。わが国の武家社会に行われた元服式はその一つであって、要するにそれは、人間を変革し、つくりかえるためのものであり、子供を大人に変えるためのものであった。
(中略)梅根教授はその『世界教育史』の中で、入社式がいつどこで起ったか、それが次から次へと伝播したか否かは大した問題でなく、入社式を持たない社会が果してそれを持つ社会よりより一層原始的な社会であるか否かが重要であると述べている」(『職業教育史』竹内義彰、関書院出版、1957年)
同書では、団結がほとんど見られない部族では入社式らしいものはない、と紹介する一方、共同と団結が高まると協同生活を合理的に展開するためにも各種規範が生じて計画的に教える必要が出てくる、とも述べています。
最初は古代史などどうでもいい、と思いましたが、意外と企業社会にも当てはまる話ではないでしょうか。
もちろん、入社式を実施しない日本企業がすべて優れているか、と言えばそうではなく、海外で実施しない点を十全に示すものでもありません。
が、日本企業に限ってみると、当てはまる気がしてならないのです。
北海道新聞2017年3月31日付け記事では、ホテルチェーンなどを運営する野口観光が登別温泉で風呂磨き入社式を実施した、と伝えています。ちょっと面白かったのがこの部分。
入社3年目までの社員からなるプロジェクトチームを編成した。新人の不安を除き、希望を持ってもらえる入社式のあり方を1年かけて論議。入社後に道内外の事業所に同期社員が散らばるため、意外にも若手は「一緒に入社した記憶、つながりを残してあげたい」と一体感を式のテーマに据えたという。
冒頭でご紹介した、堅苦しくない入社式を実施している六興電気の長江洋一社長も次のように話します。
「同じ服で同じ話、同じ堅苦しい話を聞くだけの入社式がおかしい、とするのは私も同じです。が、入社式までなくす、というのはどうでしょうか。新入社員は最初から仕事がすぐできるわけではありません。だから新入社員研修があり、その前段階として入社式があります。さらに、一緒に入社した同期、それから他の部署の社員や六進会(協力会社)の社長など、様々な人と話すことで人間関係を作る貴重な機会になるのではないでしょうか」
結局のところ、入社式や新入社員研修、新卒一括採用は、企業、新入社員双方にとって便利だから存続しえているのです。
この便利さが別の何かに置き換われば、入社式もすたれていくでしょう。が、ネットが普及してもなお、別の何かに置き換わる気配は今のところ、特にありません。
今後も入社式批判は大なり小なり出てくるでしょう。が、そうしたものは、大企業の入社式や水中入社式などと同じく、春の風物詩になっていくのではないでしょうか。(石渡嶺司)