「開催するもしないもどちらも間違いではない」ライブエンタメ界トップが語る現状と未来への思い
「ギリギリの状況の事業者がほとんど。ライブエンタテインメントに関わる多岐にわたる従事者のためにも、どう対応していけばいいかと日々思いを巡らせています」と語るのは、コンサートプロモーターズ協会(ACPC)の会長であり、ディスクガレージ取締役会長の中西健夫氏。
昨年秋以降、大型イベントの開催事例を積み重ね、この年始からはライブツアーの再開など、ライブイベントの再興へ向けた動きが本格化し始めていた矢先、11都府県において緊急事態宣言が再発令された。この事態に、関係者は戸惑いを隠せない。ライブエンタテインメント界は先のまったく読めない危機的な状況に追い込まれている。
そうしたなか、音楽界を代表する音楽関連4団体(※)は、「緊急事態宣言下におけるライブイベント公演の開催に関する共同声明」を発表。政府方針を遵守した指針を示すとともに、日本のライブエンタテインメント産業の継承と発展へ向けた再興への思いを発信している。同声明発表直後、ライブエンタテインメント界の内情と、「すでに予定されているライブに関しての実施や中止・延期の指針は出さない」とする業界団体の真意を中西氏に伺った。
(※)日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会
■ライブ開催はアーティストそれぞれの判断 賛否両論にしてほしくない
ーー昨年9月から一部の公演では客席100%収容に戻すなど、公演再開から徐々に公演数、動員数ともに回復してきていたなか、再びの緊急事態宣言になりました。
「コロナ禍において、どう事業をつなげていけるかギリギリのところでやっている事業者がほとんど。ライブエンタテインメントの多岐にわたる従事者へどう対応していけばいいかと日々思いを巡らせています。我々は政府からの要請を受けて、これまでライブの中止や延期をしてきましたが、そこへの補償は一切ありません。第3波が直撃し、我々のような規模の大きくない産業では、これまでなんとか耐えてきた事業者が本当に厳しくなってきています。今はまだ詳細まで詰められていませんが、補償について政府と交渉を始めています」
ーー第3波への対応はいつ頃から検討されていたのでしょうか。
「昨年12月に入る頃から感染者数が増えていき、それまでと様子が変わってきました。年明けには違うフェーズに入るだろうと予測し、対応を検討しながら事前に動いてきたのが現状です」
ーー1〜2月には人気アーティストの大型ライブやツアーも予定されていますが、どうされていくのでしょうか。
「それぞれの判断に任せています。ACPCとして指針は出しません。こんなときだからこそ、ライブをやることで来てくれた人に少しでも明るい気分になって元気を出してほしいというアーティストもいれば、いまは我慢の時期だからステイホームしてほしいと考えるアーティストもいます。どちらの考え方もあってしかるべきで、どちらも間違いではない。これを賛否両論にはしてほしくない」
「ライブを実施するということは、お金を払って行きたい人がいるから成立します。コロナ禍でもさまざまな対策のうえで、最低限の形でもライブに参加したいというお客さんは、そこでなにかを感じて、それまででは得られなかったような思いを持って帰るかもしれない。そこは人それぞれの生き方。そういったファンやアーティストを心無い批判から守っていくのもACPCの役割のひとつです」
■昨年の公演再開からコロナ陽性者を出していないのがエビデンス
ーーさまざまな考え方の人がいるなか、こうした状況において決してポジティブに捉えてくれる人ばかりではなさそうです。
「それはあるでしょう。これまでにもライブを開催したアーティストがネットで名指しで叩かれることが何度もありました。SNSで誰もが匿名で好きなことを言えるわけですから。それに関しては心が痛みます。それが少しでも軽減されるようにという願いを込めての4団体の声明でもあるんです。ガイドラインに沿ってライブを実施しているアーティストを傷つけるわけにはいかない。開催するというアーティストは応援したい。業界はそう言っていかないといけない」
ーーコロナ禍のなか、エンタテインメントは“不要不急”とされました。
「自分たちのビジネスという立場だと到底納得できるものではありませんが、一方で世の中から見たらそう言われても仕方ない部分もあるとは思います。ただ、いまの状況ですべてをやめなくてはいけないのか。経済を動かさなければ社会が成り立たなくなる状況に瀕しているなかで、やれる方法論を模索して、できる限りの感染対策をしながら、業界内でそれぞれがやり始めていることに対して支援していくという方向しかない。我々だけではなく、いろいろな産業で同じような思いを持っていると思います」
「ただ、不要不急とされたことにいち産業としていちいち文句を言っている場合ではない。エビデンスとよく言われるなか、なにを持ってエビデンスになるのかが明確ではありませんが、我々はいまやれることをすべて対策としてやっていく。昨年6月の公演再開からこれまでに、全国で無観客公演250公演、配信とのハイブリッドを含む有観客公演約7100公演(総動員数約230万人)を開催しましたが、コロナ陽性者を出していません。これがひとつのエビデンスだと思います」
■未曾有の事態をデータとして残すことで未来へ備える
ーーそうした実績があるにもかかわらず、ライブイベントは人数上限を収容人数の半分か5000人の少ない方、開催時間を午後8時までに短縮するなどの制限がかかりました。
「思うところはありますが、それを言い始めると愚痴になりますから(笑)。国にそう決められたら、そのなかでできることを考えていくしかない。規制に反対して、実績を盾にいきりたって大規模ライブをやることはいま正しくはない。ただ、未来に向けては、いまの状況を正しく把握し、カテゴリやジャンルによって異なる事情を斟酌したうえでどのような制限が正しいのか、新しい形を模索していくべきだと思います」
ーー国との交渉もされているのでしょうか。
「もちろんしています。実際に政治家の方にイベントに来ていただき、状況を理解していただけるように働きかけたり、また政治家のほか経産省、文科省など省庁との交渉もありますが、以前と比べて随分理解していただいているように思います。どこをどう変えていくべきか、我々の言い分をしっかりと主張していかないといけないという事は変わりませんが。そのあたりは伝えさせていただいていますが、どこまで理解されて、どう変えていけるかはこれからの課題でもあります。それにはまず、我々がすべき対策を100%やっていると言い切れないとダメ。そういう業界内の意識とともにその精度も上げていかなくてはいけない」
ーーこの事態を乗り切ったあとには、業界の現実に即した規制への対応を国へ迫ることもできますね。
「そうですね。それこそデータが残りますから、細分化したデータをもとにした交渉ができるようになると思います。過去に経験したことのない事態をいま経験していることによって、当然データは蓄積されていきます。エビデンスを残していくことができるので、そのことに関しては決して後ろ向きに捉えるのではなく、こういうときだからこそ前向きな意識を持って、いましかできないことがあると思っていかないといけない」
■いまのライブはコロナ禍でしか観られない貴重な経験
ーーいまのところ緊急事態宣言は2月7日までです。開けへの対応はどのように準備されているのでしょうか。
「いま一番困っているのは、次への準備ができるのかという判断ができないこと。緊急事態宣言が本当に期日通りに終わるのか、そこからもとへ戻れるのかというのは誰にもわからない。すでに予定されているライブがどう開催できるのか、それともできないのか、確約できることが何ひとつない状況。情報交換や話し合いはしていますが、いくつかのパターンを想定して対応を考えておくしかないのが現状です」
ーー先がまったく見通せない現況において、どのような思いを抱えていらっしゃいますか。
「世界を見るとスポーツにしろエンタテインメントにしろ有観客で実施できている国がほとんどないなか、日本は世界のモデルケースになっています。ワクチン接種がはじまってどう変わっていくかですね。ただ、消費者マインドがもとに戻るのは1年では無理でしょう。いろいろな意見はありますが、人の気持ちが変わるという意味では、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるかどうかは注目しています」
ーーこの危機の最中でもライブイベント文化の灯火が消えることは決してありません。
「いまのリアルライブは、会場の雰囲気がとてもいいんです。1曲終わるごとのファンの静かな熱量に包まれた拍手がすごい。アーティストが歌いきったあとに拍手が鳴り止まないんです。いまは拍手でしか感動や感謝を表現できないから、人の気持ちが手から伝わっていく。涙を流しながら拍手をする観客もいます。そこにはリアルライブが伝えるものがしっかりとあります。いまのライブはコロナ禍でしか観ることができない。会場に足を運ぶ観客はみなさんそれを体感していると思います。そんな貴重な体験をしておくのも悪くないと思います」
「ライブとは、人々の精神的に豊かな生活のために不可欠な文化であるだけでなく、ツアーも含めてGo ToトラベルやGo Toイートとも連携する経済活性化の一翼を担っており、日本経済にとって不可欠なものでもあります。ライブがなければ日本が元気になれない。我々は、新たな形も含めてライブエンタテインメントをしっかりと再開していかなくてはいけない。業界の未来を見据えて試行錯誤を重ねながら、100%の有観客に戻るまでファンとアーティスト、関係者が一体となって危機を乗り越えていきます」