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性犯罪被害者を泣き寝入りさせる日本の刑法。100年以上前の法律を今、変えるべき理由は?

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
イラスト:明日少女隊・河崎なつ

2週間前に始まったソーシャル署名キャンペーンが、もうすぐ1万5000人に達する勢いだ。

この署名キャンペーンが目指すのは、刑法の性犯罪に関する規定を変えること。今の日本の法制度では、多くの性暴力被害者が泣き寝入りを強いられている。異性から望まない性交を強要されても、警察に相談する人は4.3%に留まる。圧倒的多数は被害にあっても誰にも相談できず「犯罪被害者」とみなされない。

加害者に甘すぎる法律。被害者は何年も苦しむ

日本の刑法の性犯罪規定は3つの点で問題が大きい。

1つ目は合意認定が加害者に甘すぎること。現在の刑法では、被害者が必死で抵抗しないと強姦とは認められない。実際は、優位な立場を利用して、被害者が抵抗できない状況で合意のない性行為が行われることが多い。被害者は何年も、何十年も「誰にも言えない」と苦しんでいる。

2つ目の問題は被害者が13歳以上の場合、暴行や脅迫がないと強姦とは認定されないことである。

3つ目は男性器が女性器に挿入された場合のみが強姦罪になるため、口腔性交や肛門性交は強姦罪とは認定されないことだ。そのため、同性間や口腔性交を強いられた子どもが被害に遭うケースは、強姦罪とは認定されず軽い刑罰で済まされてしまう。

命がけで抵抗しなくてはいけないのは、おかしい

署名キャンペーン呼びかけ団体のひとつ「ちゃぶ台返し女子アクション」共同発起人の鎌田華乃子(かまた・かのこ)さんは言う。

「実際には恐怖で動けなくなったり、加害者より地位が弱いために抵抗しきれなかったりする被害者が多いのに『抵抗していないから強姦ではない』と言われてしまいます。『嫌』と言っただけではだめで、命を懸けて抵抗しなければならない。そんな理不尽な法律を変えて、性犯罪被害者が前を向いて歩ける社会を作りたいと思っています」

109年前の法律。国際基準から見ても数十年遅れ

日本は先進国なのに、なぜ、こんな状態なのか。大きな問題は刑法にある。日本の刑法は明治40年、つまり今から109年も前に作られたものだ。当時、女性には選挙権がなく、ごく一部の富裕層男性しか政治参加していなかった。人権の概念がないに等しく、現代の感覚とは到底合わない法律を、戦後も使い続けていることが大きな問題だ。諸外国では、1970年代に法改正が行われた結果、強姦罪の成立要件が日本とはだいぶ違う。

例えば「だまされてホテルに連れ込まれた」場合、日本の刑法では強姦罪にならない。「脅された」場合や「酔って意識をなくしていた」場合なども、日本では強姦罪が成立しない場合もある。いずれも、米国や英国の法律では強姦罪が成立する。

こうしたテーマでは、女性が被害者、男性が加害者と思われがちだ。ただし、このキャンペーンは女性だけでなく男性からも広く支持を集めている。

男性も刑法の性犯罪規定を変えるべき、と強く主張する理由

中でも強力にこの署名キャンペーンを応援し、刑法改正を求める足立区議会議員の米山泰志(よねやま・やすし)さんは次のように話す。

「性暴力について発言すると、すぐに同性から批判的な反応を受けます。それは2種類あって、ひとつは『裏切り者』といった反応。性衝動を抱える男性の特性をことさら強調して、僕を共犯者扱いする点で不愉快です。もう一つは『加害者への理解と赦しを…』という反応です。RJ(修復的司法)に期待はありますが、赦しを強要されることには怖さを感じます。

誰にも相談できなかったのですが、20代だった頃、仕事を教えてくれた先輩が、職場で突然、僕の下半身をつかんだことがあります。あの時の恐怖、気持ち悪さ、理不尽な自責の念が未だにぬぐえません。こんな些細なことで、こうなってしまうのだから、性暴力を受けたひとのダメージは想像を絶します。

今回の刑法改正が、両性もちろんLGBTも含めすべてのひとにとって、『性』をもっと大切で、かけがえのないものとして考え、行動するきっかけとなると信じて賛同しています。

年末までに5万が目標、国会へ提出予定

ソーシャルで集められた署名は、年明けまでに法務大臣や、法務委員会に所属する議員を中心とした、国会議員に提出される予定だ。今、このタイミングで署名を集める理由は、国会で2017年1月に刑法改正について審議入りが予定されているためである。そこでは強姦罪の規定を見直すことになっている。前出の鎌田さんなど、署名の呼びかけ団体は、年内に5万を目標にキャンペーンを続けていく。

記事冒頭のリンクから、署名本文を読んでみてほしい。日本は民主主義社会なので、多くの人の声を集めれば、刑法を改正し、性犯罪被害者を泣き寝入りさせる社会を終わらせる一歩を踏み出すことができるはずだ。

<お知らせ>

「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」キャンペーンのロゴ
「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」キャンペーンのロゴ

署名の呼びかけ団体である「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」は、女性の生きづらさを女性自ら発して解消を目指す「ちゃぶ台返し女子アクション」、フェミニストアーティストグループの明日少女隊、性暴力被害をゼロにするため活動しているNPO法人しあわせなみだ、刑法と性暴力を考える当事者の会の4団体で立ち上げたもの。

社会の性暴力に対する見方を変え、100年の間、ほとんど変わっていない刑法性犯罪条項を現在の日本社会の実態に即したものに変えることを目指しています。11月12日(土)夜、都内でキックオフイベントを予定しています。詳しくはこちら: http://shiawasenamida.org/m05_04/169267

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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