Yahoo!ニュース

30代半ばまで役者だけでは食えない日々、それでも信じた役者の道。いまや日本映画界に欠かせない存在に

水上賢治映画ライター
「誰かの花」で主演を務めたカトウシンスケ 筆者撮影

 こういういい方は、本人に失礼に当たるかもしれないが、いまもっとも顔が定まっているようで定まっていない俳優といっていいかもしれない。

 それぐらい、いろいろな顔をみせてくれているのが、カトウシンスケだ。

 チンピラやアウトサイダーのような不良性を帯びた人間も似あえば、誠実な人間を演じても無理がない。

 そして、どの役も一度みたら忘れられない強烈なインパクトを放つ一方で、どこかキャラクターしない匿名性を保つ。

 横浜の老舗映画館「横浜シネマ・ジャック&ベティ」の30周年の企画作品として届けられた奥田裕介監督の長編第二作「誰かの花」でも、カトウは間違いなく主人公として物語の中心にどっしりと根差しながら、どこかほかの登場人物たちと同等に並んでいるように映る。

 日本映画界に欠かせない俳優になりつつある彼に訊く(第一回第二回第三回第四回)。(全五回)

いま、もっと自分のやりたい表現を突き詰めたい気持ちが高まっています

 最終回となる今回は、作品から少し離れてこれまでのキャリアを少し振り返ってもらった。

 まず昨年8月で40歳のひとつの節目の年を迎えた。なにか心境の変化はあったりするだろうか?

「長らく苦渋を呑んできたといいますか(笑)。

 ほんとうに歩みをとめずに、一歩一歩進んできて、なんとか少しずつひとりの役者として顔を知られるようになって、それとともにいろいろな作品に出合えるようになってきました。

 その中で、今回の『誰かの花』のような自分のいまある情熱をすべて注ぎこめるような作品にも出合えた。

 いまものすごく楽しいし、充実した時間を過ごせています。

 いま、もっと自分のやりたい表現を突き詰めたいという気持ちがどんどん高まっています」

「誰かの花」で主演を務めたカトウシンスケ 筆者撮影
「誰かの花」で主演を務めたカトウシンスケ 筆者撮影

才能のなさが辛くて、都度、辞めようかという考えが側にありました

 ただ、30代中ぐらいまでは不安が常につきまとっていたと明かす。

「孝秋と一緒で不安で、明日がみえなかった。

 30代半ばぐらいまでは役者だけでは食べていけていなかったし、才能のなさが辛くて、都度、辞めようかという考えがそばにありました。

 その上で、目標というか、なんというか、役者としてどう40代を迎えるか、というのが、ひとつの大きなテーマだったんです。そこに向かって頑張ろうと。

 20代の間は、食えていなくても周りも『修行の時期』ということですむ。自分の心の中でも『まだまだこれから』という気持ちがあるし、周りもまだ『若いうちは』と大目にみてくれるところがある。

 ただ、30代はそうはいってられない。これまで若手ですんでいたことがすまなくなるし、周囲の目も厳しくなる。

 でも、僕は『まだまだ修行の時期』と思っていたというか、やりたい表現が出来るように力をつけようと思うしかなかった。歯を食いしばって踏ん張ってやるしかなかった。

 40歳までに、自分の注ぎ込めるものに出会える環境を作って、なんとかそこまで爪をひっかけて役者として生き残っていたら、そこからの10年がすごくおもしろいことになるんじゃないかと考えていたんです。

 で、いま、小指のほんの先、爪が割れかかりながらもひっかかったんじゃないかなと思っていて。これをもうちょっと指の第一関節ぐらいまでひっかけられないかなと思っています(笑)。

「誰かの花」より
「誰かの花」より

 でも、ここからだと思うんです。

 自分は『こういうことがやりたいんだ』というのがこれまでで見えてきたところがある。その気持ちは大切にしたい。

 でも、一方で、それを信じるほど僕は素直な人間ではないので、なにか自分が『違う』と思うことにもトライしなければいけないと考えています。

 あと、演技のことで言うと、キャリアを重ねてさらに迷うことが増えてきました。でも、そのことを僕はあまり悲観的にはとらえていないというか。

 もともと飽きっぽい性格でなにか手に入れてしまうと、『もういいや』となって手放して、新しいことに挑戦したくなってしまう。

 過去の引き出しから取り出して出すよりも、うまくいかなくてもいいから違った形の表現を試したいと思ってしまう。

 だから、ここにきて、いままでのキャリアで積み重ねたことや、ものにしたものをどんどんそぎ落としているような感覚がある。

 いままでは『こういう演技ができたらいいな』とか、『こういう演技をしたい』という気持ちが少なからずあった。

 でもいまは、そういう欲やこれまでやってきて培ったことはいったん置いておいて、シンプルに役とむきあってとことん迷って新たな表現を見つけようとしている自分がいる。

 そういう意味で、ここにきて分からないことや迷うことが増えています。でも、散歩してても迷子になるの好きなんで(笑)。自分としては楽しくてまだまだ迷いたいなと思っています」

 いまこれまでの役者としての歩みをこうとらえている。

「少し前までは遠回りしたなって気持ちはどうしてもあったんですよ。

 さっきもいいましたけど、役者だけでは食えない時期が長く続きましたから。

 でも、いまは、これがカトウシンスケの道だったのかなと妙に納得できるようになってきました。

 自分はほんとうに芝居が下手だし、たぶん遠回りして、自分の中に多くのことをストックしないとダメだった。

 ひとりの役者として立つのに自分はこれだけの時間が必要だったんだなといまは思えます」

【カトウシンスケインタビュー第一回はこちら】

【カトウシンスケインタビュー第二回はこちら】

【カトウシンスケインタビュー第三回はこちら】

【カトウシンスケインタビュー第四回はこちら】

「誰かの花」ポスタービジュアル
「誰かの花」ポスタービジュアル

「誰かの花」

監督:奥田裕介

出演:カトウシンスケ、吉行和子、高橋長英、和田光沙、村上穂乃佳、

篠原篤、太田琉星

全国順次公開中

公式サイト → http://g-film.net/somebody/

場面写真およびポスタービジュアル、監督写真は(C)横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事