アメフトの米強豪大学の監督が部下の不祥事で大学側から休養処分を命じられる
昨年の全米大学アメリカンフットボール・ランキングで5位で、今月末から始まる2018年シーズンのシーズン前ランキングでは3位に位置する強豪のオハイオ州立大学が開幕を直前に控えたこのタイミングで大きなスキャンダルに見舞われた。
オハイオ州立大学アメフト部でワイドレシーバー担当コーチを務めていたザック・スミスが、度重なる家庭内暴力を振るった疑いで前妻から訴えられ、裁判所から前妻への接近禁止令が出されたことで大学はスミスを解雇した。
スミスは2009年と15年にも前妻(事件当時は妻)への暴力で警察沙汰を起こしており、マイヤーがどこまでその件を把握していたのかを大学側が調査する。その調査に先立ち、大学側はマイヤーを休職処分とした。
米大学アメフト界を代表する名将
アメリカの大学フットボールの歴史の中で、複数の大学を全米チャンピオンに導いた監督はポップ・ワーナー(1915、16、18年ピッツバーグ大学、1926年スタンフォード大学)、ニック・セイバン(2003年ルイジアナ州立大学、2009、11、12、15、17年アラバマ大学)、そしてマイヤー(2006、08年フロリダ大学、2014年オハイオ州立大学)の3人しかいない。
年俸1113万ドル(約12億3500万円)を得るアラバマ大学のセイバン監督と並ぶ大学アメリカンフットボール界の名将として名を馳せるマイヤーは、ボウリング・グリーン大学とユタ大学で監督としての実績を積み、名門のフロリダ大学から引き抜かれると2度の全米優勝に導いた。
健康上の理由から2010年シーズン終了後にフロリダ大学の監督の座を辞任したが、テレビ解説者を1年務めた後に、2012年にオハイオ州立大学の監督に就任。6シーズン中5度も全米ランキング6位以内でシーズンを終えるほどに安定した強さを誇っている。
マイヤーが初めて大学アメフトのコーチの職を得たのは、彼がアトランタ・ブレーブスのマイナーリーグ組織で2年間野球をプレーした後にオハイオ州立大学の大学院でスポーツビジネスを学んでいるときだった。アール・ブルースは大学院生だったマイヤーを大学院生アシスタントコーチとして採用。マイヤーにアメフトコーチとしてのいろはを叩き込んだ。
大学アメフト界でコーチをするきっかけを与えてくれたブルースは、マイヤーにとって父親の次に影響を与えた存在であり、大切な恩師。ブルースとは家族ぐるみの付き合いがあり、マイヤーがフロリダ大学の監督になったときには、今度はマイヤーがブルースの孫をコーチとして採用。
その孫こそがスミスだった。
オハイオ州の高校を卒業したスミスは大学でアメフトを続けることを熱望したが、奨学金を与える大学はなかったので、マイヤーが監督を務めていたボウリング・グリーン大学に進学。入部テストを受けて、入部を認められた。大学を卒業後にはフロリダ大学に移っていたマイヤーを追うようにフロリダ大学へ行き、今度はコーチとして採用してもらった。
マイヤー監督の下、フロリダ大学で5年間コーチを務めたスミスは、マイヤーがオハイオ州立大学の監督に就任した2012年に再びマイヤーの下でコーチとして雇われた。
マイヤーがスミスをオハイオ州立大学に引き抜いたのは、彼が大切な恩人の孫だという理由だけではない。スミスはコーチとしても優秀で、結果を残してきた。
コーチとしては優秀な部下が犯した家庭内暴力騒動
コーチとしては優秀なスミスだったが、フロリダ大学でコーチをしていた2009年に妊娠していた妻に手を上げて逮捕された。このときはマイヤー夫妻がスミス夫妻の間に入り、若い夫婦の相談に乗り、妻が訴えを取り下げたことで不起訴となった。
オハイオ州立大学に移ってきた2015年にも再びスミスの妻が警察を呼ぶ騒ぎを起こしたが、このときは逮捕まで至らなかった。
今回の問題はこの2015年の騒動で、マイヤーはスミスを解雇した直後に、2015年の件は知らなかったと報道陣に答えている。
だが、スミスの元妻が2015年の件もマイヤーは把握していたと証言。家族のような存在であるスミスを庇うために、マイヤーが適切な対応に動かなかったのではないかとの疑惑が浮上した。
オハイオ州立大学が安定した成績を残しているのはマイヤーの優秀なコーチングの他に、毎年、全米から多くの有望高校生を獲得できていることが挙げられる。スミスは「リクルーティング」と呼ばれる優秀な高校生の獲得作業の中心的存在を担っており、マイヤーにとっては公私両面でとても大切な存在だった。
また、マイヤーはコーチとしては優秀だが、選手の管理が甘い監督としても知られており、フロリダ大学の監督時代には在籍6年間に31人もの選手が事件を起こして逮捕されている。逮捕内容は未成年のアルコール不法所持、銃の不法所持、暴行、泥棒、窃盗など多岐に渡る。不起訴になったケースも多く、チーム内での処分も数試合の出場停止など軽いものが多かった。
時代の流れを読み、適切な対応が求められる
20、30年前であれば、家庭内暴力は家庭内の問題で片付けられていたかもしれないが、現在では犯罪として認識されており、世間の目も厳しい。
マイヤー監督はそこを軽視していたのか、部下の問題を適切な対応ができなかったことで、自らの職も失おうとしている。
マイヤーはなにも犯罪には問われていないが、大学側は問題が大きくなる前に、マイヤーに休職処分を命じて、第三者による調査を始める。アメリカの大学フットボール界で4番目に高給な643万ドル(約7億1400万円)の年俸は払われるが、マイヤーは「2015年の件は知らなかった」という1つの嘘で、今まで築き上げてきた名声を失う危機に瀕している。
現在の世の中で家庭内暴力が許されないように、学校や部活での体罰やパワーハラスメントも許されない世の中になっている。
日本でも『昭和』の時代には当たり前に教育の一環と考えられていた「体罰」や「パワハラ」が、『平成』の今は問題視され、大きな批判を浴びる。
そのような時代の流れをきちんと把握できずに対処を誤る、取り返しのつかないほどに大きなものを失ってしまうのだ。