職場の熱中症対策 データから見える「意外」なリスクとは?
梅雨が明けてから、猛烈な暑さが続いている。8月2日(金)、東京都内では、熱中症による搬送者が300人を超えたそうだが、このなかには仕事中に体調を崩された人も多く含まれているのではないかと推察される。
実際に、7月末には、大阪にある遊園地・ひらかたパークで、着ぐるみを着てショーの練習をしていた20代の男性が、熱中症で死亡する事故が起きている。報道によると、男性は死亡した当日、午後2時頃に25分ほど約15kgの着ぐるみを着て活動し、その後、着ぐるみを脱いで別の業務を行い、午後7時半から再び着ぐるみを着た状態で、20分ほど屋外で練習をしていたところ、体調不良を訴えたという。
事故が起きた日、大阪府枚方市の最高気温は33.2度で、午後7時半になっても約29度までしか下がらず、湿度も70%近くあった。その上、男性の着用していた着ぐるみには通気口がなかったというから、着ぐるみの中は蒸し風呂状態であっただろう。かなりの悪環境のなかで働いていたことがうかがえる。
こうした仕事中に発症した熱中症は、「労働災害」(労災)である。今後も「災害級」とも呼ばれる異常な暑さとなることが予想されるなか、今回の記事では、昨年の仕事中の熱中症発生状況や、関連する相談事例を紹介しながら注意喚起をしていきたい。とりわけ、「意外な」時間帯に多発していることや、たとえ「屋内」にいたとしても、熱中症にかかる危険性があることに注意を促したい。
2倍に跳ね上がった「熱中症労災」による死傷者数
まず、下のグラフをご覧いただきたい。
これは、今年5月に厚生労働省から発表された、職場における熱中症(すなわち労災)による死傷者数の推移である。2017年から2018年にかけて、死傷者数(折れ線グラフ)が544人から1,178人へと跳ね上がっていることがわかるだろう。
昨年は、各地で記録的な猛暑となり、東日本では、6~8月の平均気温が平年のプラス1.7度になったと言われている。これは、1946年の統計開始以降、最も高かったそうだ。こうした猛烈な暑さの中、「職場」において熱中症の被害に遭った方が、少なくとも1,000人を超えていたのだ(しかも、この数字は公に認められたものに限られるから、実際にはもっと多くの人が被害に遭っている)。
一般に予想されるように、職場で熱中症の被害に遭うのは、主に屋外で仕事をしている人に多い。業種別に見ると、「建設業」で最も多く239人であった。ただし、下のグラフを見れば、ほぼ全ての業種で、熱中症による死傷者が増加していることは一目瞭然である。
空調設備がきちんと整っていない環境であれば、たとえ屋内にいたとしても、熱中症にかかる場合もある。Twitterでは、保育士の方による「仕事中に熱中症になった」との書き込みも見られた。これだけの暑さが続く中、業種に関係なく、多くの人が被害に遭うリスクが高まっている。
8月の「熱中症労災」にご注意を!
次に、月別に見ると、昨年は7月に最も多く発生し697人、8月は366人であった。今年の7月は、梅雨が長引き、日照時間も短かったことから、発生件数は減少するだろうが、8月における増加が懸念される。
そして、どの時間帯に、熱中症による労災が起きているのかを見ると、14~16時台で多くなっていることがわかる。
だが、驚くのは、午前中と18時台以降でも、100人を超えているということである。日中に限らず、比較的涼しいと考えられている夜間においても、温度が下がらなかったり、昼間の熱が蓄積されていたりすることから、注意が必要であろう。
日頃から「長時間労働」をしている人は特に警戒を
このように、昨年のデータから、異常な暑さが続くと、熱中症による労災の被害が拡大することが明らかとなった。今年も猛暑が続くと言われており、多くの人に注意していただきたいのだが、なかでも長時間労働によって疲労が蓄積している人は、いっそうの警戒が必要であることにも注意を促したい。
要するに、ただ「暑い」だけではなく、職場環境が悪いという条件が重なると、熱中症のリスクが増加するということだ。
筆者は、無料で労働相談を受け付けるNPO法人POSSEの代表を務めているが、POSSEに寄せられる相談のなかには、「過労」と「熱中症」を同時に発症し、症状が悪化したり、長引いたりするケースもある。いくつか事例を見ていこう。
製造業で機械オペレーターとして働く40代の男性は、月60時間の残業をこなし、かつ26日連勤を続けていた。体調が悪く病院に行くと、医者から「熱中症と過労の合併」と診断された。そして、過労が影響して、熱中症の症状が改善するには、2週間以上も安静にしないといけないと言われた。
不動産会社で事務をしている50代の女性は、社内のエアコンが壊れており、30度を超える環境で仕事をしている。そのエアコンは古くて、もう修理ができないという。新しいエアコンの設置を求めても、家庭用の扇風機が置かれただけだった。あまりの暑さで仕事がはかどらず、涼しくなる夜間に残業して、仕事をこなしていた。ある日、仕事終わりにめまい、全身の倦怠感、頭痛で立ち上がれなくなり、病院に行くと、熱中症と診断され、医者から「命にかかわる事態だ」と言われた。1週間経過しても、回復の見込みがない。
過労によって体調を崩していたり、風邪をひいていたりすると、熱中症にかかりやすいと言われている。それだけでなく、これらの事例からは、長時間労働や悪環境のなかで残業を続けた結果、熱中症の症状が長引いたり、「命にかかわる」ほどの深刻な状態となってしまっている。
2つ目の事例の女性は、症状が回復したとしても、職場環境が改善されなければ、また熱中症にかかってしまう恐れがある。会社には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」という「安全配慮義務」が課されているが、明らかにこれを怠っている。
本来は、会社が労働者の「生命、身体等の安全を確保」しなければならないのだが、それをしてくれないために、この相談者の女性は、自分で自分の命を守るため、辞めるしかない、と考えている。
管理職側の理解も必要
上記の事例は、会社が労働者の命を守る「環境」を整えていないというものだったが、「根性論」でこの暑さを乗り切るよう求めてくる(結果的に、休ませない)管理職側の問題も散見される。例えば、次のような事例だ。
認可保育園で保育士として働く20代の女性は、プールの授業中に熱中症で倒れてしまった。園長から、「若いのにすぐへばるのね」と言われ、「自己管理ができていないから」という理由で、「労災は出せない」と明言されてしまった。
この上司は「若いときは暑くても乗り切れる」、「若いときは多少無理して働いても体は大丈夫」といった考えを押し付けてきている。
だが、若いからといって、熱中症にならないわけではない。また、園長や上司が若かった頃よりも、気候変動によって、明らかに気温は上昇している。自分たちが若かった頃と比べたところで、何の説得力も正当性もないのである。
また、事例では、「自己管理ができていない」ことを理由に、「労災は出せない」と言っているが、これは誤りである。労働者本人の自己管理の問題ではないし、会社が労災を出すかどうか判断するものでもない。
管理職の側には、気候変動や熱中症という病気、そして労働災害に対する適切な知識と心構えを持ってもらいたい。
仕事中の熱中症や体調不良には、「労災」を申請しよう
くり返しになるが、仕事中に熱中症になった場合、それは労災である。発症した場合、速やかに病院に行くとともに、事業場を管轄する労働基準監督署に労災を申請してほしい。労働者にはその権利がある。
また、先ほど会社が「安全配慮義務」を怠っている事例を見たが、この場合、労災とは別に、体調不良や命を危険にさらした責任等について、会社に「損害賠償請求」をすることもできる。
こうした労災事故に関する基本的な考え方については、以前に書いた記事も参照してほしい。(参考:「仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故」)
ブラック企業では、働く側に「自己管理」を求めたり、「労災はない」と嘘をつくなど、さまざまなかたちで労災申請を妨害したり、協力しなかったりするかもしれない。だが、熱中症は、最悪の場合、死に至る危険な疾患であり、仕事中に発症した場合、そうした環境を作り出している会社側に法的責任が生じる。
今回の記事で紹介した、昨年の「熱中症労災」の発生状況からは、午前中や夜間にも熱中症の被害が生じているという、「意外な」事実が明らかとなった。
また、たとえ「屋内」で仕事をしていたとしても、空調設備が整っていないなど悪環境であれば、簡単に体調を崩してしまうものである。こうした状況で仕事をしているという人は、こまめに休憩をとったり、涼しいところへ一時的にでも避難したり、水分・塩分をとるようにしてほしい。
そして、自分の身を守るために、ぜひ躊躇しないで休んだり、病院に行ったり、あるいは労災を申請していただきたい。一人で申請することが難しければ、早めに専門の窓口に相談してみてほしい。
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