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浴槽内の浮き輪使用について考える

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
首浮き輪のイラスト:江村康子

ネットで入浴中の乳幼児の浮き輪について話題になっています。

浴槽内の浮き輪には足入れ浮き輪と首浮き輪があります。これらは本来浴槽内で使用することが想定されていませんが、育児便利グッズとして使用され、事故に繋がるケースも報告されています。今回は、これまでに分かっている報告から、そのリスクと使用する際の注意点について足入れ浮き輪と首浮き輪それぞれについてご紹介できればと思います。

1.足入れ浮き輪

足入れ浮き輪は、四角い浮き輪の真ん中にパンツ型のシートがつき、そこに足を通して座った状態で浮くことができる構造になっています。

足入れ浮き輪のイラスト(江村康子)
足入れ浮き輪のイラスト(江村康子)

パンツ型で足を通すので一見安全そうに見えますが、乳幼児は頭が大きく、重心が高くなりますので、水深の浅いお風呂などで底を蹴り上げるとバランスを崩し、転覆しやすくなります。そして一旦転覆すると重心は水面下に移動するため自分では起き上がれず、シートから足が抜けにくいためそのまま溺れてしまう可能性があります。浴槽で使うと危険です。足入れ浮き輪の事故の事例をご紹介します。

足入れ浮き輪の事故例

生後8か月の児。浴槽内で子どもを足入れ浮き輪に座らせていました。母が着替えを取りに1-2分間目を離し、戻ったところ浴槽内に沈んでいました。浮き輪はひっくり返っていませんでした。直ちに抱き上げましたが呼吸をしておらず、救急要請を行いながら心肺蘇生処置を行った結果徐々に反応が見られ、意識も回復しました。肺炎を合併しており、入院管理としましたが、神経学的な後遺症もなく退院しました[1]。

2.首浮き輪

首浮き輪は乳幼児用の首掛け式の浮き輪です。

首浮き輪のイラスト(江村康子)
首浮き輪のイラスト(江村康子)

C型になっている浮き輪を乳幼児の首に取り付け、C型の開口部を首の後ろにして上下のベルトをはめて使います。首で支えるため重心は低くなり、足入れ浮き輪のようにひっくり返る可能性はほぼありません。自発的な運動能力の低い乳児での使用が想定されていますが、乳幼児は毎日成長していく時期で、昨日できなかったことが今日はできるようになります。したがって、乳児の浮き輪の使用においても、常に想定できないリスクがあると考える必要があります。

首浮き輪は本来プレスイミングのツールとして開発されたものです。しかし、ワンオペ育児と言われるように余裕のない環境では、保護者が一人で児を入浴させなくてはいけない場面も少なくありません。場合によっては育児グッズとして使ってしまうケースもあるでしょう。製造業者側は「浮き輪を装着中の児から一瞬でも目を離さないように」という注意喚起を表示しています。これはとても大切なことですが、子育てで「一瞬も目を離さない」のは難しいです。実際に育児便利グッズとして使われ事故に至った事例をご紹介します。

首浮き輪の事故例

生後4カ月男児。入浴のため、首に浮き輪を付け浴槽に浮かべていました。児が楽しそうにしている様子を確認し、母はシャワーで1-2分自分の髪の毛を洗っていました。その後浴槽を見ると児がうつぶせになって浴槽に浮いていることに気づき、急いで抱き上げたところ意識はなく、全身が白色で口唇は紫色でした。頬や体を叩いたりのどに指を入れたりし、1分ほどしたところで咳をして泣き出しました。救急車で搬送されましたが、その後の全身状態は問題なく翌日退院となりました。[2]

浴槽内で浮き輪はどれくらい使われているのか

実際に浴槽内で浮き輪はどれくらい使われているのでしょうか。2021年に、日本小児科学会は乳幼児の浴槽内溺水に関する実態調査を行いました[3]。

その結果、回答者5503名中1232名(22.4%)が浴槽内で浮き輪を使用した経験があると回答していました。予想以上に多い割合です。そのうち1069名(86.8%)が首浮き輪で、足入れ浮き輪は146名(11.9%)でした。

一方で、浴槽で浮き輪を使用中におぼれかけたのは17名いましたが、そのうち6名が足入れ浮き輪、9名が首浮き輪でした(2名は未回答でした)。浮き輪使用者のうち溺水トラブルの発生割合で比較すると、足入れ浮き輪は4.1%、首浮き輪は0.8%と、足入れ浮き輪のリスクが首浮き輪と比べて高いことも分かりました。

これは首浮き輪の場合、対象が乳児のため保護者が対面で使用している場面が多い一方、足入れ浮き輪では保護者が育児便利グッズとして使用しているため、バランスを崩しかけた時にすぐ対応できないこともあるかもしれません。

とはいえ、先ほど紹介したように首浮き輪を育児グッズとして使い起きている事故も報告されています。首浮き輪が安全という結論にはなりません

なお、「首浮き輪はむしろ安全を守る効果がある」という意見を見たことがありますが、アメリカ小児科学会は、「救命胴衣の代わりとして使うべきではない、子どもや保護者に誤った安心感を与える可能性がある」として注意喚起しています[4]。

また、首浮き輪の使用で様々な知育効果を期待することができる、という意見もあります。たしかに、色々な刺激を与えてあげたいという保護者の心情は理解できますし、それで発達が促されたらとてもいいですよね。

米国では、このように発達を促すのではという考えに基づき、支援を必要とする子どもに首浮き輪を使うケースが散見されました。

しかしFDAは今年の7月、支援を必要とする子どもに首浮き輪(baby neck float)を使用することは首の負担やケガのリスクが上がること、発達を促す利点は確認できていないことを述べたうえで、首浮き輪を使用しないようにと勧告を出しました[5]。現時点で発達を促す明確な効果は証明されていないようです。

既に浴槽での浮き輪使用に対する注意喚起がなされて10年以上経過しているにもかかわらず、溺水トラブルの報告は見られています。致死的な溺水の背後には500-600倍の溺れかけ事案があることも指摘されています[6]。事故が起こらないように先回りで予防策を考える必要があります。

溺水を予防するために

溺水事故は予後が悪く、とにかく予防策がもっとも大切です。でも、「一瞬でも目を離さない」「気を付けよう」という具体性に乏しい掛け声だけでは事故予防に繋がりません。子育ては目が離れるものであり、「気をつけよう」は何十年も前から呼びかけられています。でも事故は無くなりません。大切なのは具体的な方策です。

自宅のお風呂での溺水予防を大きく分けると入浴外と入浴中の対策の2つに分けられます。入浴外の取り組みは、子どもだけでお風呂に近づかないための方策(お風呂に補助錠をつける、柵をつけるなど)や、残し湯をしない、お風呂の蓋を固いものにするなど。一方入浴中の取り組みについては、「目を離さない」より「手の届く範囲で」を強調しておきたいです。

そして入浴中の浮き輪は育児サポートグッズにはなり得ないことを改めて知っていただきたいと思います。その理由は、浮き輪の使用は「保護者を子どもから離す」方向に誘導する可能性があるためです。子どもから離れていた場合、音で溺水に気づくことができません。それは溺れるときは静かに沈むことがあるためです。

溺れるときは静か

先ほどご紹介した日本小児科学会の調査では、トラブル発生時には86%の乳幼児が声を出すこともなく、34%は水しぶきの音もさせずに静かに溺れていることが分かっています[3]。

「子どもから目を離していても溺れるときには音を立てるから気づけるだろう」という思い込みは誤りだと知ってほしいです。それを知っていれば、入浴中の子どもから離れることは自然と少なくなるはずだからです。

小児科医が事故予防啓発をする理由

私たち小児科医は、事故で亡くなったり重い後遺症を残す子どもたちを見てきました。その治療は非常に難しく、突き詰めるとやはり予防に勝る治療はない、と多くの医師たちは考えています。

そして、事故予防について私たちが発信するのは、決してセンセーショナルな話題を取り上げて注目を集めたいからではありません。少しでもリスクを知り、適切な予防に繋げることで、失わずに済む尊い命を守れるかもしれないと心から信じているからです。一人でも多くの子どもたちを守りたい。小児科医は皆、この思いを原動力にこの仕事を選んでいます。

これからもその視点がブレないよう、「心は熱く、情報発信は冷静に」発信していきたいと思っています。

参考文献

1.日本小児科学会. 赤ちゃん浮き輪による溺水. 2013.

2.日本小児科学会子どもの生活環境改善委員会, Injury Alert No32 首浮き輪による溺水. 日本小児科学会雑誌, 2016. 120:1408-1410.

3.日本小児科学会 小児救急委員会, 未就学児の家庭内入浴時の溺水トラブルに関するアンケート調査結果. 日本小児科学会雑誌, 2021. 125: 534-539.

4.Denny SA, et al. Prevention of Drowning. Pediatrics, 2019. 143(5).

5.FDA. Do Not Use Baby Neck Floats Due To The Risk of Death or Injury:FDA Safety Communication. 2022.

6.Orlowski JP. Drowning, near-drowning, and ice-water drowning. Jama, 1988. 260(3):390-1.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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