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ミャンマー国軍が凄惨な弾圧をエスカレートさせる理由 少年焼殺、轢き殺しに全国で「サイレント・スト」

舟越美夏ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
東京で、ミャンマー国軍によるクーデターに反対を訴える人々(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 ミャンマー国軍が、残虐な弾圧手法をエスカレートさせている。12月に入り、軍用車両が市民を轢き殺す場面や、焼殺された少年らの黒焦げの遺体を映した動画がSNSを駆け巡った。背景には、クーデターから10カ月が過ぎ、経済の停滞による食糧不足や新型コロナウイルス感染を経験しても、市民の抵抗運動が弱まらないことがある。国軍がちらつかせる「恐怖による支配」は以前の軍事政権時代と異なり、市民をさらなる抵抗へと向かわせてる。10日には屋内に閉じこもることで抗議の意志を示す「サイレント・ストライキ」が全国で行われ、各都市の通りから車や人が消えた。国連は、国軍の暴力を厳しく非難し「深い憂慮」を表明したが、深まるばかりの混迷と戦闘激化を止める手立ては打ち出せていない。

■「見せしめ」の効果は

 重なり合った黒焦げの遺体。そのそばで、男性が泣きながら訴えている。

「兵士が紐で縛って拷問し、生きながら燃やしたんだ」

 中部ザガイン管区の村で撮影された虐殺現場のこの動画は7日、ミャンマーの地元メディアにアップされ、SNSで拡散された。

 国軍に対抗する民主派「挙国一致政府」(NUG)で報道を担当するササ医師は同日付で、非難声明を発表。その中で、焼殺されたのは11人とし、全員の名前と年齢を公表した。うち6人は、14歳から17歳の少年だという。

 声明によると、国軍部隊は7日朝、村々への無差別発砲を繰り返しながら前進していたが、サパ橋に差し掛かった時に爆発物が爆発。その報復に、部隊は近くのドンドー村に砲撃し、村内に進撃した。約3千人の村民の大半は逃げおおせたものの11人が捕まった。拷問の上、縛られて生きたまま火をつけられたという。物陰に隠れて助かったある住民は、11人の悲鳴が響き渡っていたと語った。

 地元メディア「ミャンマー・ナウ」によると、首を刺された女性の遺体も11遺体の近くで見つかった。女性は認知症で、虐殺現場となった畑の所有者だった。村人たちの大半は、現在も村に帰らないまま避難生活を続けている。国軍は事件の3日前にも、近隣の村で、24歳の農民を焼殺したという。

 最大都市ヤンゴンでは5日、民主化を求めるデモ隊に軍用車両が突っ込み、5人が死亡、8人が負傷、10人が逮捕される事件が起きた。地元メディアのFacebookにアップされた動画では、デモ参加者らが一斉に走り始め、直後に軍用車両がブレーキをかけずに猛スピードで走り抜けて人々が倒れる様子が、建物の上からデモを見ていた人々の悲鳴と共に記録されている。軍事政権は「死傷者はいない」と発表した。

デモ参加者に突進する軍用車両。Khit Thit Media のFacebookにアップされた動画より
デモ参加者に突進する軍用車両。Khit Thit Media のFacebookにアップされた動画より

 「(第二次大戦中にこの地を占領した)日本軍だって、これほど残虐なことはしなかったはずだ」。ヤンゴン近郊に住む50代の男性は憤る。「自国民を凄惨極まりない方法で殺害するなんて」

 2つの事件は、国軍からのメッセージだ。

 「抵抗する者はこうなる」

 「抵抗する者がいる地域やその家族は、代償を払わなければならない」

 挙国一致政府の傘下にある人民防衛隊(PDF)は、中部や北部、東部で激しく抵抗し、民主化を求めるデモも各地で散発的に続いているのだ。

 しかし、虐殺の動画をきっかけに市民の怒りは全国で燃え上がっているようだ。ヤンゴンでは6日夜、鍋や釜を打ち鳴らす音が響き渡り、弾圧の激化でここのところ中断していた「悪霊(国軍)退治」を意味する抗議が復活した。兵士が道路に駐車している車を破壊したり、市民を逮捕したりしたことで「悪霊退治」はこの夜限りとなったが、市民は怒りと抵抗の意志を持ち続けていることを国軍に示した。この夜ヤンゴンでは、兵士らにアパートの自室に踏み込まれた若者が、4階から飛び降り死亡するという痛ましい事件も起きた。

 10日には午前10時から午後4時まで、市民が屋内に閉じこもる「サイレント・ストライキ」が全国で決行され、SNSには、商店が閉まり人影が見えない通りの写真が次々にアップされた。一部の町では当局が「商店を開けなければ1カ月の営業停止にする」などと拡声器を使って警告したが、公営市場の商店を除き、ほとんどが店を閉め沈黙の抗議に参加した。

サイレント・ストライキで人影がない最大都市ヤンゴン(現地から入手)=2021年12月10日午前
サイレント・ストライキで人影がない最大都市ヤンゴン(現地から入手)=2021年12月10日午前

サイレント・ストライキで車も走っていない最大都市ヤンゴン(現地から入手)=2021年12月10日午前
サイレント・ストライキで車も走っていない最大都市ヤンゴン(現地から入手)=2021年12月10日午前

ヤンゴンなど大都市だけでなく、地方都市でも「サイレント・ストライキ」が行われた。東部カヤー州ロイコーの人影がない通り(現地から入手した写真)=2021年12月10日
ヤンゴンなど大都市だけでなく、地方都市でも「サイレント・ストライキ」が行われた。東部カヤー州ロイコーの人影がない通り(現地から入手した写真)=2021年12月10日

 もっとも、民間人を攻撃して恐怖を煽る国軍の手法は、新しくはない。少数民族武装勢力と2005年ごろに戦った元国軍少佐は「戦況が不利になった時、少数民族の村々に砲弾を打ち込んでいた」と、戦闘員の家族らを攻撃することで士気をくじこうとしていたと明かした。

 国軍兵士は今、地雷などのゲリラ攻撃に遭った場合、近隣の村々を攻撃し、家屋を焼いたり住民を殺害することを上司から許可されている、あるいは命じられているとみられる。国軍司令官が「生きている人民防衛隊員は見たくない」とし、とらえた戦闘員は殺害するよう命じる音声もSNS上に流出した。

■警察官の妻にも軍事訓練参加を要求 

 残虐な「見せしめ」の背景には、国軍の焦りがあるのは間違いないだろう。人民防衛隊は戦闘経験の浅い若者らが中心で、武器も狩猟用の伝統銃や少数民族武装勢力から与えられた銃など、国軍の強大な武力とは比べものにならないほど貧弱だ。しかし、手製の地雷などを仕掛けるゲリラ戦法が功を奏し、国軍側に被害が出ているのだ。国軍は空爆や砲撃など、重火器を使って攻撃をしているが、思うようには進んでいない。少数民族武装勢力が支配するジャングルにいる人民防衛隊には、ミャンマー各地の市民から、食料や衣服、資金に至るまでの支援があらゆる方法で届けられている。

 国軍は、兵士や警察官の家族も動員しようとしている。数カ月前に「兵士の妻も軍事訓練に参加するように」との命令を出したことが話題になったが、最近、「警察官の妻」にも基礎的な軍事訓練に参加するよう命令が出されたことが明らかになった。妻が「専業主婦」の場合に限られるが、「国軍には危機感がある」と市民の間で囁かれている。

 クーデターから1、2カ月が過ぎた3月から4月にかけて国軍は、民主化要求デモを主導する若者たちをスナイパーに額を撃ち抜かせる処刑スタイルで射殺した。「見せしめ」で恐怖を煽ればデモは止むはずだったが、逆効果だった。多数の若者が奮い立ち、少数民族武装勢力の支配地域に入り戦闘訓練を受けたのだ。今回の2つの事件は、その時のような雰囲気を醸し出しているという。

 「軍事政権を絶対に終わらせなければならない、と決意を新たにした。多くの市民が同じ気持ちのはずだ」と40代の男性は語った。

 「民衆の心をつかみその力に頼ることができなければ、戦術や武器の力は発揮されない」

 ミャンマーの著名な作家、アウン・ティン氏の言葉である。防衛学校の教師も勤めた氏の教えを受けた者の中には軍事政権トップのミン・アウン・フライン国軍総司令官もいた。アウン・ティン氏が逝去した際には葬儀に参列したという総司令官は、師の貴重な教えを忘れてしまったのだろうか。 

(了)

ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

元共同通信社記者。2000年代にプノンペン、ハノイ、マニラの各支局長を歴任し、その期間に西はアフガニスタン、東は米領グアムまでの各地で戦争、災害、枯葉剤問題、性的マイノリティーなどを取材。東京本社帰任後、ロシア、アフリカ、欧米に取材範囲を広げ、チェルノブイリ、エボラ出血熱、女性問題なども取材。著書「人はなぜ人を殺したのか ポル・ポト派語る」(毎日新聞社)、「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)、トルコ南東部クルド人虐殺「その虐殺は皆で見なかったことにした」(同)。朝日新聞withPlanetに参加中https://www.asahi.com/withplanet/

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