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労働者は業務時間外も仕事のために勉強すべきか?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

 ある方からこのブログが燃えているが、どうなの?ということで、一つの記事を紹介されました。

 それは、アクシア(株式会社AXIA)の米村社長のブログの記事でした。

プライベート時間に仕事に関する勉強しない宣言

 記事は、次のものでした。

「プライベートでは一切勉強したくない」と言っていた社員のこと

 これはなかなか面白い記事で、超要約すると、「労働者のプライベートは自由であることは前提としても、プライベート時間に勉強しないエンジニアは成長が遅れるよ(しないよ)」というものです。

 なんというか、特に間違ったことは言ってないのですが、ブログの行間に社長のイラ立ち的なものが潜んでいるためか、ちょっと対抗的な気持ちで読み始めた方々にはムカっとした気持ちが起きそうな趣のある文章であり、そのためかハテブコメント1400超えという燃え方をしたのだろうと推測されます。

 では、少し切り分けて考えていこうと思います。

プライベート時間に勉強せよと命じるのはアウト

 まず、プライベート時間にも仕事のために勉強しろと命令する場合は、これはアウトです。これはただ働きを求めているだけです。

 米村社長も、そのあたりは慎重に記載されており、「会社が勉強しろと指示を出すのであればそれは業務時間であり、賃金が発生するわけです」とも記載し、そういうことは否定しておられます。

仕事に必要な勉強をプライベート時間にせよ、というのもアウト

 次に、プライベート時間に仕事のための勉強をすることは命じられないとしても、労働者が勝手に行うことはあり得ます。ただ、その勉強が何を対象としたものなのかも問題となります。

 たとえば、その仕事を遂行するのに必要な知識や技術をプライベート時間に勉強しないと差がつくよ、というのは、事実上、業務内でやらせるべき「勉強」をプライベート時間にやらせていることと同じとなります。

 したがって、これはアウトです。

 昔、私が担当した労働事件で、会社が必要な研修をせず、労働者に独学で学ばせていながら、その労働者を能力不足であるとして解雇した事件がありました。

 しかし、能力不足解雇するにしても、それ以前に会社は労働者に対して必要な指導を行わなければならないので、こういう解雇は無効となります。

 米村社長も、「よって会社としてどうしても習得してもらわないと困るスキルが社員に不足している場合には、会社の業務時間を使って研修を行います。」と記載しているので、そういう業務遂行に必須の能力・知識のための研修の代わりに勉強したほうがいいというつもりはないものと思われます。

 いずれにしても、業務遂行上、必要な知識・技能については、会社も労働者に対して業務の一環として指導・教育することになります。

仕事に「必要」ってどのくらい?

 ただ、少し難しいのは、その「必要」ってのはどのくらいのものなの?という点です。

 これは黒から灰色、そして白とグラデーションがあるところです。

 たとえば、受注した仕事を遂行するのに必須の知識や技術であれば、業務として研修などをしなければなりません。

 他方で、仕事の遂行に役立つだろうけれど、会社がそのスキルをつけろとも言っていないようなものは、研修を行う必要はなく、そのスキルを身につけるかどうかは労働者次第です。たとえば、中程度の成績を上げている営業社員が、自身でよりコミュニケーション能力を高めようと勉強するのは、会社が命じてやらせたのではない限り、単なる自己研鑽です。

 難しいのはグレーゾーンで、たとえば会社が導入したシステム、もしくは機械について、その機能の基本はすでに研修で学び、それによって一応仕事はできる状態ではあるものの、さらに応用的なスキルを学ぶことにより、仕事をより効率化できるような場合です。会社が効率化を業務として命じていれば簡単なのですが、そこまでは求めていないような場合が微妙な問題となります。この場合は、ケースバイケースとしか言いようがないです。

「見返り」が用意されていないのに労働者が勉強しないと嘆くのもおかしい

 ただ、上記の白や灰色の場合でも、労働者が使用者に提供する労働の質を上げた場合、それに対する「見返り」(賃金の上昇など)があるのか?という点も、実際は問題となるでしょう。

 もちろん、これは会社の人事システムや評価制度によりけりなので、一概には言えませんが、「勉強」をすべしと言いつつも、特に人事システム上それに報いるものがなければ、労働者的には「じゃあ、やらないよ」となるでしょう。そして、その労働者の態度を会社が批判することはできないはずです。

なぜ話題になったのか?

 このように考えると、米村社長のブログは、「見返り」の点も慎重な言い回しでフォローしており、特に無茶を言っているわけではないのです。なので、それほど批判するところはないはずなのですが、なぜ燃えたのか・・・。

 実は、私がこのブログを読んで最初に感じたのは、「このブログのネタにされているAさん、かわいそうじゃね?」というものでした。

 会社の公式HPにある社長のブログで、世界に向けて「プライベート時間には一切勉強しないと宣言する社員がいたぜ」と発表され、「自分で勉強しない人はエンジニアとして採用しないということも、エンジニアを雇用する企業としての責任」とまで言われちゃうんですから、Aさん的に立つ瀬がないよなぁ、と・・・。

 同社HPには「チームメンバー」が掲載され、社員の方々が紹介されているのですが、ついそれを眺めつつ、Aさんってどの人かな・・・、と思ってしまいました(「かつていた」とされているので今はいないのでしょうが・・・)。

 もちろん、Aさんという人が架空の人物で、Aさんの悩みも相談も架空であればいいのですが、会社の公式HPにある社長のブログを読む側は、事実だろうという前提で読んでしまいますからね。

 ブログに書いてある内容自体は、無茶はしていないのですが、実はネタとした時点で、ハラスメントが入っちゃってるところに、燃える要素があったのだろうと思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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