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焦る文在寅政権を“防波堤”に粛々と試射――かくして北朝鮮ミサイルは日常風景と化す

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
労働新聞に掲載された対空ミサイル試射の記事=筆者キャプチャー

 北朝鮮は9月中旬以降、新型長距離巡航ミサイル、鉄道機動ミサイル、極超音速ミサイル、対空ミサイルと、試射を繰り返した。金正恩(キム・ジョンウン)総書記は軍事力強化を「主権国家における最優先の権利」と位置づけており、今月10日の朝鮮労働党創立記念日に向けて、国連制裁にも日米韓の世論にも構わず、兵器開発・誇示を続けることが予想される。

◇北朝鮮版「THAAD」??

 北朝鮮の国防科学院は9月30日、新開発の対空ミサイル(空中の目標に対して発射するミサイル)を試射した。

 朝鮮中央通信は「双舵制御技術」「二重インパルス飛行エンジン」といった新技術を導入したとし、試射によって「驚くべき戦闘的性能が検証された」と主張した。

 韓国の聯合ニュースによると、双舵(twin-rudder)制御とは、ミサイル弾頭部と中央部分に、それぞれ「可変翼」(飛行状態に応じて角度を変えられる翼)を取り付けて、安定性・機動性を高める技術という。

 二重インパルス飛行エンジン(double-impulse flight engine)について、韓国の専門家は同ニュースに「飛び始めや標的に近づいた段階で、強い推力を発生させる」「目標に突入する時の機動性を高める」などと特性を説明している。

 専門家の中には、今回の対空ミサイルが昨年10月の軍事パレードで公開されたものではないかとの観測が出ている。さらに、それがロシアの地対空ミサイルシステム「S400」をほうふつさせるものだとの見方もある。

 S400は、砲台と移動式発射台(TEL)、指揮統制車両、レーダー車両、発電車両などで構成され、在韓米軍の迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」のロシア版とも呼ばれる。今回の試射でも、朝鮮中央通信は「発射台、探知機、戦闘総合指揮車の運用実用性を実証した」と主張しており、迎撃システムについて性能を確認した可能性を示唆している。

 韓国のファイナンシャルニュースによると、S400は複数の種類のミサイルで運用され、最大射程400km。最高速度はマッハ12(音速12倍、時速約14,800km)にも達し、北朝鮮が恐れる米軍の最新鋭ステルス戦闘機F35Bや弾道ミサイルの迎撃も可能といわれる。

 ただ、北朝鮮側は詳細な写真や映像を公開しておらず、同国の主張を検証するための詳細な分析が必要だ。

◇今月10日に向けて兵器開発を加速か

 今回の対空ミサイル試射も、北朝鮮側が10月1日早朝に朝鮮中央通信を通じて明らかにするまで、日本や韓国の防衛当局からの発表はなかった。国連安保理決議違反となる「弾道ミサイル技術を使った発射」ではないとの判断から発表を見送ったようだ。9月11、12両日に長距離巡航ミサイルを試射した際も同様の対応だった。一方、決議違反となる弾道ミサイル(鉄道機動ミサイル)試射の際も、安保理は非公開の緊急会合を開きながらも声明を出すには至っていない。

 厳しい制裁が続くなか、北朝鮮は兵器開発の速度を緩めるどころか、「国防科学発展および武器体系開発5カ年計画」を遂行するという大義名分のもと、逆にスピードを上げているようにもみえる。今後の選択肢として、すでに公開した新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の試射のほか、核兵器の小型・軽量化、原子力潜水艦の保有などが挙げられる。

 一方で、北朝鮮は最近、一連のミサイル試射を「他国と同様に防衛力を強化しているにすぎない」と強調し、特に韓国に対しては「挑発する目的も理由もない」として、問題視しないよう要求している。報道でもミサイル試射を抑制的に報じ、党機関紙・労働新聞での扱いも鉄道機動ミサイルこそ1面下段で写真も4枚使っていたが、他は2面の地味な扱いで写真も1枚だけだった。試射に金総書記が立ち会ったという報道もない。

 北朝鮮は最近、米国と韓国に対して「二重基準」と非難しつつも、韓国に向けてはしきりに融和的な態度をアピールしている。任期末が近づき、南北関係での成果を焦る文在寅(ムン・ジェイン)政権の足元を見るように、硬軟両面で揺さぶって自陣への引き込み、米国からの引き離しを図っている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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