政府が「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を発表、フラワーデモにも言及 市民社会が政策動かす
6月11日、橋本聖子・内閣府特命大臣(男女共同参画担当)は、政府の新たな方針を決定し、国民向けに次のメッセージを発表した。
「性犯罪・性暴力は、被害者の尊厳を著しく傷つける重大な人権侵害であり、決して許されないことです。その影響は長期にわたることも多くあります。私は、大臣就任以来、性暴力被害の当事者や支援団体の方々からお話を伺い、被害の実態や深刻さに、深く心を痛めておりました。(中略)
このため、令和2年度から令和4年度までの3年間を、「性犯罪・性暴力対策の集中強化期間」として、取組を抜本的に強化していくこととしました。そして、その取組方針として、本日、私が議長を務め、内閣府・警察庁・法務省・文部科学省・厚生労働省の局長級からなる会議において、「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を取りまとめました。政府としての決意と方針を示す、最初の一歩です。」
「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」は政府が、性犯罪・性暴力対策に初めて真正面から取り組む方針決定であり、幅広い取組を関係省庁が連携して実施するのが特徴だ。
刑法改正や再犯防止については法務省、被害届の受理や捜査などは警察庁、被害者支援や啓発は内閣府、そして性暴力を防ぐための教育は文部科学省が所管する。これらの取組が全体として進むよう、内閣府が取りまとめた。
性暴力被害は「一人でも多すぎる」
この政府決定を後押ししたのが、自民党議員有志でつくる「ワンツー議連」だ。2017年12月に発足し、正式名称は「性暴力のない社会の実現を目指す議員連盟」。「ワンツー」は”1 is too many!”、性暴力の被害者は「ひとりでも多すぎる」という意味がこめられている。
今年3月13日、ワンツー議連は「性犯罪・性暴力対策の抜本的強化について」と題した要請を橋本大臣に提出した。
ここで「今後3年間を性犯罪・性暴力対策のための集中強化期間」と位置づけ、内閣府を中心に、警察庁、法務省、文部科学省、厚生労働省等の関係省庁が連携して被害者や支援団体の声を聞きながら、刑事法の在り方の検討、被害者支援の充実、加害者対策の強化や教育・啓発をするよう求めている。
ワンツー議連発足のきっかけは、3年前に遡る。2017年7月に行われた刑法性犯罪規定の改正により、強姦罪の構成要件と法定刑が変わった。罪名も強制性交等罪に変わり、膣性交以外の性暴力も対象となったことに加え、法定刑の下限が懲役3年から5年に引き上げられたのである。
3年前の刑法改正、積み残しと拠り所
日本の刑法性犯罪規定は今から110年前に作られたものだ。当時、女性には選挙権がなく、その規定は現代の人権感覚とかけ離れたものになっていた。これでは被害者が救われない――。被害者団体の地道なロビイングが実を結び、ようやく変化し始めたのが、3年前の改正である。
「ただし、この改正には積み残しがありました」
こう話すのは、当時法務大臣だった上川陽子衆議院議員だ。上川議員は永田町の事務所を訪れる性暴力の被害者や支援者の話に耳を傾けてきた。実態を知るほど、被害者支援や再犯防止、教育啓蒙の必要性を感じた。一回の刑法改正でそのすべてを実現することは難しい。
刑法改正を機に、性犯罪・性暴力被害者支援を抜本的に拡充すべきだ――。そう考える上川議員や被害当事者たちが拠り所にしたのは、改正された刑法附則第9条にある「3年後検討条項」だった。
「政府は、この法律の施行後3年を目途として、性犯罪における被害の実情、この法律による改正後の規定の施行の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」
刑法の性犯罪規定を実態に合わせてさらに変えていく可能性が、この条項によって開かれたのである。
「この問題を放っておいてはいけない。今、この瞬間も性的虐待、性被害を受けて表に出せない人がいる」
こう考えた上川議員(当時は法務大臣)は、問題意識を共有する赤澤亮正議員に相談した。その結果、赤澤議員が会長となり、ワンツー議連を立ち上げ、被害当事者や支援団体と国会議員、関係省庁の会合が開かれることになる。上川議員は大臣を退任後、この議連の会長となり、今は赤澤議員が会長代行となっている。
刑法、被害者支援、教育啓蒙
今年3月にワンツー議連が出した要望書をもとに、政府の検討が本格化した。そして自民党でも、6月5日、政務調査会が「性犯罪・性暴力対策の抜本的強化を求める緊急提言」を発表した。これをまとめたのが、司法制度調査会の会長でもある上川陽子議員である。
ここには5本の柱と12の施策として、刑事法の在り方・運用の検討、性犯罪の繰り返しをゼロにする施策、被害者支援の環境整備、切れ目のない手厚い被害者支援、教育・啓発活動が書き込まれている。
同じく6月5日付で公明党も男女共同参画社会推進本部長の古屋範子議員、内閣部会長の太田昌孝議員、法務部会長の濱地雅一議員、ストーカー・DV・性暴力等対策推進PT座長の山本香苗議員が連名で、菅官房長官と橋本大臣に「性犯罪・性暴力対策の抜本的強化に関する提言」を出した。
この提言は、子どもや障がい児・障がい者への性暴力対策に力点を置いており、また、被害時に身体が動かなくなる「フリーズ」と呼ばれる症状があること等、被害者の心理状態に対する適切な理解を求めた上で、ワンストップセンターの拡充や教育・啓発について具体的な提案をしている。
与党・政府方針は被害当事者の声を反映
性暴力被害当事者の立場から刑法改正などの政策提言を行う、一般社団法人SPRINGの山本潤・代表理事は、次のように述べる。
「自民党の緊急提言は、全体的に性暴力によって力を奪われた人に寄り添う姿勢が伝わってきます。真摯な言葉が政治から出てきたことを、すごいなと思います。公明党も提言を出し、重要課題として取り組んでいただき感謝しています。
一方で、施策の具体的な内容はこれから詰めていく必要があります。今後は、施策が実現していくプロセスを注意して見ていきたい」
山本さんは法務省が新たに立ち上げた「性犯罪に関する刑事法検討会」委員だ。性暴力被害者支援に関する特別な訓練を受けた看護師であり、実父から性虐待を受けたサバイバーでもある。
2年前、著書『13歳、「私」をなくした私』(朝日新聞出版)で被害体験と長く続く心身の苦しみ、人間関係に与える影響を綴った。性暴力の実態と被害者支援が欠けている現状の問題点を客観的に描いており、この問題に関心を持つ多くの人に読まれている。自民党の緊急提言にも、政府の方針を記した文書にも、山本さんが著書で記したことが随所に反映された。
立法、行政、市民社会が対等な立場で議論
「山本さんに会うたび、本当に強い方だと思います。同時に、制度が変わるのにこんなに時間がかかるのか、と歯がゆく感じていらっしゃるだろうとも思います」と上川議員は話す。
ワンツー議連は立ち上げ当初から、国会議員、関係省庁と被害当事者や支援団体が対等な立場で意見交換するプラットフォームを目指した。立法、行政、市民社会の新しい関係の中で生まれた動きだ。
「SDGsの目標17にある、マルチステークホルダーの協業だと思っています」と上川議員は言う。SDGsは国連が定めた持続可能な開発目標であり、途上国のみならず先進国にも、これまでの仕事のやり方を抜本的に見直すことを求める。
目標17は「パートナーシップで目標を達成しよう」、これが19のターゲットに分かれていて、17番目に「さまざまなパートナーシップの経験や資源戦略を基にした、効果的な公的、官民、市民社会のパートナーシップを奨励・推進する」というものがある。ワンツー議連はまさにこれを目指していた。
上川議員の脳裏にあるのは、今から30年以上前に米国で見た光景である。
30余年前、米国で見た風景が日本でも
大学卒業後、シンクタンク勤務を経て、上川議員は1986~88年、米ハーバード大学大学院へ留学していた。その時、友人の姉がソーシャルワーカーとして虐待児の救済に取り組む様子を目の当たりにした。
「虐待家庭に乗り込む際は警察と一緒に行くと言っていました。当時、アメリカでは3種類の虐待が認知されていました。まず、身体的な虐待。次に性的な虐待、そしてネグレクトです。背景には家庭環境の複雑化がありました。多くの場合、アメリカで起きたこと、問題視されたことは10年後に日本でも認知されます。性虐待の問題は、最近数年、日本でも社会の関心が高まっていて、アメリカにいた時のことを思い出します」
政治家と非政府組織のパートナーシップが必要
上川議員がこれまでに取り組んできた国境を超える人身取引と買春の問題や、国内の犯罪被害者支援法整備の経験も、性犯罪・性暴力対策に生きている。
特に人身取引対策においては、海外NGOが各国の議員に知見を共有し専門的な立場で助言するのを目の当たりにした。国内外の諸事例を知るほど、弱い立場の人が性的に搾取されやすいこと、今の日本に性犯罪・性暴力の被害者への支援が足りないこと、政治家と非政府組織がパートナーシップを組んで社会を変えることの意義を痛感した。
人権侵害に法のしばりをかけるのが国会の役割
「人権侵害について、法律のしばりをかけることが立法府である国会の役割だと思っています。加えて、被害を受けた方のその後も続く人生を応援していきたい。声が大きいか小さいかは問題ではない。小さくても、大事な声に耳を傾けて、困難を乗り越えるサポートをさせていただきたい」(上川議員)
「強化の方針」を受けて、今後、警察においては被害届の受理をスムーズに行い、捜査の際、二次被害を起こさないための取組がなされる。
被害者支援の拡充については、現在もあるワンストップ支援センターに、予算と人員をどれだけ割けるかが焦点になるだろう。ワンストップ支援センターは、被害者がそこへ駈け込めば、病院で医療を受けられて、必要な証拠採取や様々な相談支援もしてくれる安心できる場所だ。
ワンストップセンターの予算は増えるか
山本さんは言う。「今、都道府県にひとつずつワンストップ支援センターがありますが、予算が足りていません。自治体の格差が出ないように、ここは国が責任をもって予算をつけてほしい。そもそも日本は加害者施策に比べて被害者支援につく予算が乏しいと言われます。一体、いくら必要なのか、試算を含め、これから詰める必要があります」
また、性犯罪を防止するために重要なのは教育・啓発だ。政府は「生命(いのち)の安全教育」を、小中高校、大学など年齢に応じて提供する方針だという。具体的には水着で隠れる部分は見せない、触らせないといったことや、デートDVを題材にした教育などが挙げられる。
教員による加害を見逃さない
加えて、児童生徒へのわいせつ行為に及んだ教員に対する処罰の徹底や、その後の教員免許状の管理など、再発防止についても検討していく。これは非常に重要である。
筆者はかつて、小学校教師が加害者となり、担当クラスの複数児童に性虐待を行った事例について相談を受けたことがある。校長は、被害児童の保護者が問題を明るみに出したくないことを理由に、加害教員を依願退職としてしまった。自身の管理責任を問われたくなかったためだ。警察も捜査できず、加害教員は取り調べも逮捕もされないまま、別の地域で教員を続けて再犯を繰り返している可能性がある。こうした現状を変えるために、政府方針を活かしてきちんと取り組んでほしい。
また、性犯罪・性暴力を取材する記者にもやるべきことがある。「報道関係者にはトラウマを抱えた人にインタビューする際の注意などを学んでほしい」(山本さん)。メディアは、政府の動向を注視することに加え、自らの仕事が二次被害を生んでいないか振り返って考えたい。
大臣も言及したフラワーデモ
今回、橋本大臣が発表したメッセージには「フラワーデモ」について言及がある。性暴力に関する無罪判決が続いたことを機に全国各都市で毎月11日、花を持って静かに集まるデモは、いつしか、被害体験を語り合う場になっていた。市民社会の動きは確実に政策を変えつつある。
データベースG-searchを使って最近1年間に「フラワーデモ」に言及した大手通信社、全国の新聞社、テレビ局の記事を調べると718件に上る。「性犯罪」は1976件だ。今回、コロナ禍の最中に、政治と行政が動き続け、性犯罪・性暴力対策に関する政策を取りまとめたことは重要だ。この問題を後回しにすべきでないと多くの人が考えたことが表れている。フラワーデモが可視化した被害の数、深刻さ、多様性と、それを報道し続けたメディアという世論の力も後押しした。
あなたの行動が政策を左右する
性犯罪・性暴力をなくしたいと思う人は、この政策の行方に引き続き関心を持ってほしい。特に、制度が本当に変わり、十分な予算がつくよう、インターネット上や直接的な方法を通じて意見を表明してほしいと思う。そして、周りの人も巻き込んで、「性暴力を、なくそう。」という声を広げてほしい。あなたの声は本当に政治を動かし、社会を変える力になる。