「タバコ増税」は禁煙の大チャンスだ
タバコが切れた時の喫煙者は、どんなに寒い日でも近所のコンビニまで1箱1箱せっせと買いに出かけたりする。まとめ買いをしない、こうした矛盾した行動をなぜとるのだろうか。
行動経済学的に言えば、本心ではタバコを止めたがっている喫煙者は、面倒な行動を自分に課すことでタバコから遠ざかろうとしているのだ。これは、資金を手軽に切り崩さないため、流動性の低いものに投資する行動に似ている。
なぜ増税するのか
各紙報道によれば、政府と与党は「たばこ税を最終的に1本あたり3円増税する」ことに決めたようだ。この「最終的に」というのは、1年に1円ずつ段階的に上げていく、という意味らしい。もし増税されれば、2010年に1本3.5円(1箱70円)に引き上げられて以来8年ぶりとなる。
筆者は以前、タバコにかかる税について記事を何度か書いてきたが、この問題についての論点を上げると大きく以下のようになる。
1:なぜタバコへの税率を上げる必要があるのか
2:増税によって喫煙率は下がるのか
3:たばこ税が上がればタバコの値段も上がるのか
4:現状では低い加熱式タバコの税率をどうするか
まず今回、タバコ増税が取りざたされてきた背景は、表向き2019年10月予定の消費税10%増税とのバーター減税の補填ということになっている。消費増税の消費への影響が予測できないため、予防的にタバコ増税をする、というわけだ。タバコ会社にすれば、増税によって小売価格を値上げできるから、消費増税の際に値上げを回避したり小幅な値上げにとどめることができるだろう。
もっとも政府や財務省は、受動喫煙防止など喫煙率を下げるために増税するわけではない。むしろ喫煙率が下がり、売上げが減少してきたからこそ、タバコの税収を確保するために増税するのだ。
一般的に、タバコという商品は価格弾力性が低い。つまり、生活必需品と同じで、多少の値上げでも消費者は購入を止めない傾向にあるわけだ。もちろん、価格が上がれば消費をためらう心理は働くだろうが、ニコチン中毒によるタバコの嗜癖行動はなかなか簡単には止められない。
このあたりの消費量と増税(小売り値上げ)による価格調整の関係は、下の表をみるとよくわかる。紙巻きタバコの販売数量はほぼ一貫して減少しているが、税収は横ばい、もしくは増税によって微増減している。
問題は喫煙率だ。2009(平成21)年は2010年の大幅増税を前にやや下がっているが、翌年には持ち直している。平均20%を切ってからは横ばいが続いている。
※財務省の「たばこ税等に関する資料」のグラフに厚生労働省の「国民健康・栄養調査」の喫煙率変化を加えた。
日本も加盟するWHOのタバコ規制枠組条約(FCTC)の国際タバコ規制政策評価プロジェクト(ITC)の報告書(PDF)によれば、タバコ小売価格が2倍以上に上がった南アフリカでタバコの売上げは33%減ったが税収は8倍に上がり、2008年からタバコの小売価格が22%上がった米国では売上げが9.7%〜13.3%下がった一方で税収は129%伸びた、と言う。つまり、タバコ増税(値上げ)はタバコ消費を減らすが、税収はむしろ上がるか横ばいになる可能性が高い。
下げ止まった喫煙率
日本でも徐々にタバコの価格は上がってきた。さらに、健康志向の強まりや受動喫煙の害に対する認知の広まり、taspo規制などタバコの入手のしにくさ、吸える場所の少なさなどが喫煙者を「タバコ離れ」させている。
喫煙率が平均で20%を切るまでに下がり、依然として吸い続けているのは喫煙率が30%〜40%の30代40代50代男性だけだ。だが、これら重度の喫煙者は、喫煙率を下げ止まらせている。
政府や与党は、タバコを止められない喫煙者の行動や横ばいに移行した喫煙率を見越し、増税しても消費も税収も減らないと予測しているのだろう。けっして国民の健康のために増税するのではない。
もちろん、増税を含むタバコの価格上昇は、若年層や低所得者層の喫煙開始や喫煙率を下げる効果のあることが知られている。
実質賃金が上がらない中、若い世代は値段の高い嗜好品になかなか手が出ない。また、学校教育や行政の情宣などの成果もあり、喫煙率の高い北海道や青森などでも10代で喫煙を始める割合は大きく下がっている。
若年層や低所得者層などに対し、増税は喫煙行動をためらわせる効果を発揮するはずだし、多くの調査研究で生活習慣病を気にし始める中高年に禁煙に対する衝動の強い傾向があることもわかっている。禁煙サポートとして残るのは、喫煙率の横ばいに寄与しているタバコをなかなか止められない重度の喫煙者などへの働きかけになりそうだ。
ところで、国は医療費などの社会保障費を軽減するためにタバコ増税して喫煙率を下げようとしている、という意見もある。だが、受動喫煙防止対策などの対応をみる限り、国や財務省、与党は国民の健康や生命に関して少なくとも税収確保より消極的だ。下げ止まった喫煙率が理由である限り、今回も健康視点からの増税という側面が薄いことは確かだろう。
加熱式タバコはどうなる
タバコの小売価格は、各タバコ会社が財務省に申請して認可されなければ上げられない。だが、これまで値上げ申請はほぼ認められてきたから、増税に対して段階的に対応するかどうかは各社の経営判断になるが、最終的に小売価格も100円から150円ほど上がるだろう。
問題になるのは加熱式タバコだ。これは各社製品ごとに課税率が異なっており、財務省の主税局広報によれば、1箱440円の紙巻きタバコの税額が277.47円(たばこ税244.88円、消費税32.59円、負担率63.1%)に対し、加熱式タバコのアイコス(フィリップ・モリス・ジャパン、ヒートスティック20本入り小売価格460円)は税額226.30円(負担率49.2%)、グロー(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、ネオスティック20本入り小売価格420円)は税額151.10円(負担率36.0%)となっている。
ところが、日本のプルーム・テック(JT、カートリッジ1本とカプセル5個入り小売価格460円)は税額68.35円(負担率14.9%)で、外国製のアイコスやグローに比べても半分以下、紙巻きタバコの負担率63.1%に比べてもかなり低い。プルーム・テックがなぜ低い課税率なのかと言えば、財務省によるとスティックやカプセルを合わせた重量が違うからだ。
アイコスは15.7g、グローが9.8gで、プルーム・テックは2.8gとなる。プルーム・テックのカプセルは5個だが、JTによれば紙巻きタバコに換算して約30本くらいの分量になるらしい。つまり、プルーム・テックはカプセルも軽量で、しかも1箱に5個しか入っていないから負担率が低い、というわけだ。
今回の増税が加熱式タバコへも波及すれば、若年層や低所得者層の消費が鈍るだろう。
ニコチンを含む加熱式タバコは、ニコチン中毒からの離脱を妨げ、結果的に紙巻きタバコでの喫煙へ後押しする、という指摘もある。一方、加熱式タバコを含む電子タバコなどの新型タバコが、喫煙者を禁煙へ誘導するというハームリダクション(harm reduction)の考え方から、今回の増税で加熱式タバコを対象から外すべき、という意見もある。
だが、タバコ会社の目的は、従来の喫煙者というニコチン中毒者を手放さず、毎日定期的に長く商品を買わせることだ。もちろん、加熱式タバコに含まれるニコチンには中毒性や依存性がある。
加熱式タバコという製品は、これを入り口にし、さらに新たなニコチン依存のユーザー(中毒者)を獲得するために開発されたのだろう。紙巻きタバコより有害物質が少ないとはいえ、加熱式タバコからも出る有害物質に低濃度だから健康に悪影響はないというレベルはない。
経済的なインセンティブが、禁煙の決意や禁煙期間の長さに影響することが知られている。日本のタバコ価格は世界で見てもまだまだ安い。1箱150円も値上げされれば、寒い中、外へ出ることと禁煙を天秤にかけざるを得ないだろう。
筆者の友人は喫煙者の家人のため、タバコが値上げされるたびに買い溜めをし、無理に海外旅行へ出かけて免税で大量にタバコを買い込んでくるらしい。今回の値上げをチャンスとし、タバコを吸う家族がいなくなれば、友人もこんな面倒なことをせずにすむはずだ。