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35歳、中国人研修生が見た「おもてなしの国」日本 (後編)

中島恵ジャーナリスト
中国人向け箱根1日ツアーに参加した古月さん

(前編から続く。前編はこちら

――日本に来たのは今回が初めてだったんですか?

古月:いえ、初来日は2005年のときの出張で、そのときは1週間滞在しました。そのあと大阪・京都に社員旅行で来たこともあります。今回の研修は昨年8月からで、今年2月に中国に帰ります。

――初めて日本に来たときの印象はいかがでしたか?

古月:とにかく、どこもかしこもきれいで清潔なのにはびっくりしました。日本では都市でも田舎でも、道路にゴミがひとつも落ちていないということに衝撃を受けたんです。それに赤信号でみんなきちっと立ち止まることにも驚きました。中国では赤信号を無視し、好き勝手に歩いている人が多いので…。

夜は危険だから一人で歩かないで(笑)

――来日前、中国の家族や友だちから「日本に行く」ことに関して何かいわれましたか?

古月:私は生卵や刺身が苦手なので、「食事は大丈夫ですか」とか「社員とのコミュニケーションは大丈夫ですか」、それに「夜は危険ですから、決して一人で外を歩かないでください」ともいわれましたね(笑)。中国では抗日ドラマがたくさん放送されていますので、日本について誤解や勘違いしている人も多いのです。でも、逆に「私も日本に行きたい」「すごくうらやましい」といった友だちも大勢いました。

――日本ではどんな研修をしているのでしょう?

古月:中国で行っていた仕事の逆で、日本の顧客の指示内容を中国側に連絡し、現地社員に説明するなどの橋渡しをしています。中国から日本を見ているだけではよくわからなかった細かい仕事内容や顧客の要望など、こちらで実際に目にすることによって、深く理解できるようになりました。この経験を中国に持ち帰り、中国の社員にも伝え、業務改善につなげていきたいと思います。

社長もよくいっていることですが、仕事と同じくらい社員同士がしっかりコミュニケーションを取ることが大切だと思います。用件の伝達だけでは(とくに中国人と日本人の間では)誤解することも多いですね。自分が日本で学んだことをしっかりと生かしていきたいですね。

もうひとつ、大事な研修テーマは「日本のおもてなし文化とサービスを学ぶ」ことです。日本人にとってはごく普通のことでしょうが、外国人から見ると、日本のおもてなしは本当にハイレベルですばらしいと思います。これも学んで帰りたいと思っていることのひとつです。

――ブログもやっているとお聞きしました。

古月:はい。日本語力向上も兼ねて、来日当初から、ずっと日本語でブログを書いてきました。中国語のツイッター(微博)もやっています。日本での日々の日常を書き留めることで、中国に住む人に日本での生活ぶりを紹介したいですし、日本人にもひとりの中国人研修生の生活がどんなふうなのか、を知ってほしいと思っています。中国では日本の大きなニュースは報道されますが、細かいことまでは報道されません。ですから、「日本に住むとこういう経験をするのか」や「こういう失敗があるのか」、それに「日本人はこんなものを食べているのか(笑)」といった日常生活を中国人に知ってもらうことも大切なことだと思っています。だから、珍しいものを食べたときなど、必ず写真を撮ってブログに載せていますよ。日本人はいろいろな国の料理をよく食べますね(笑)。

上海に住む妻からの手紙に号泣

――日本での生活で思い出深いことはありますか。

古月:たくさんあり過ぎて、何からしゃべっていいかわかりません(笑)。まず、日本に着いてすぐに歓迎会を開いていただいたのですが、そのとき、日本人の社員の方が私に内緒で、妻からの手紙を預かってきてくれて、それを中国語と日本語で読み上げてくれたときには、感激して号泣してしまいました。「がんばってください。我愛ni(あなたを愛しています)」という内容でしたが、思いがけなかったし、妻はあまり愛の言葉を私にいったことがなかったので、それもとてもうれしかったです。ひとりで日本に来て研修を受けることは心細い面もありましたが、あの手紙を受け取って「歯を食いしばってがんばろう」と心に誓いました。

――日本人社員の優しい演出ですね。仕事をする上での注意事項などはありましたか?

古月:社長からいわれたことは、「仕事をするときは、中国人としてのプライドは捨ててください」ということです。中国では自分のプライドを守ろうとしてわかったふりをすることがありますが、そうではなく、わからないことがあれば、すぐに質問するように、といわれ実践するようになりました。日本人がすばらしいと思うのは、仕事で失敗したり間違ったりしたときに「どうしてそうなったのか」と徹底的に原因を分析し、反省するところです。中国人は失敗してもその理由をあまり深く考えません。だから、何度も同じ間違いをする。これでは成長しないと思いました。日本人から学ぶべきところだと思います。

ほかには、仕事と直接関係ありませんが、中国人と日本人の違いでびっくりしたことは、日本では社長さんのように地位の高い方やお金持ちが私たちと同じように庶民的な中華料理屋に行って、同じように食事をするということです。中国のお金持ちは私たちと違って、安いお店になんて行きませんので。そういうところは「日本っていいな」と思いました。

日本の隅々に行き渡る「おもてなし」の精神

――「おもてなし」で印象深いことはありましたか?

古月:昨年、宮崎県を訪問したときですが、その場を離れるときに社員の皆さんが、こちらが見えなくなるまでずっと手を振り続けてくださったことが強く印象に残っています。そんな歓待を受けたのは生まれて初めての経験でした。日本では旅館でもこのようなサービスをやっていると聞きますが、利益と関係のないごく普通の人がそういうことをしていることに驚きました。これこそ、日本人の優しさのあらわれだと思います。以来、私も同じようにしています。

社長から日本の食事のマナーも教わりました。お箸を使って皿を動かしたり、なめた箸でお料理を取ってはいけないとか。人前に出るのだから、鼻毛をきちんと切りなさいとか(笑)。これも一緒にいる人を不愉快にさせないようにという、広い意味での相手に対する「おもてなし」だと思いました。中国にはあまりそのような細かいマナーはありません。

社長の奥様には私が長期滞在しているホテルの電気製品の使い方まで教えてもらいました。私も中国に日本から出張者がきたとき、ホテルに案内しますが、1Fで別れてしまい、部屋まで一緒に行って電気製品の使い方まで説明したりはしませんでした。そこまでしてくださる気遣いに感激しましたね。今後、中国でも、同じようにしてあげたいと思いました。

――日本のお正月はどのように過ごしていたのですか。

古月:日本の年末年始は休暇が長いし、外国人にとっては寂しかろう、ということで、社長が気を遣ってくださって、2人で「内観」というものを体験しました。携帯やパソコン、人との接触をすべて避けて1日15時間、1週間、自分と向き合って瞑想するのです。畳1枚ほどの広さを屏風で囲い、そこで、たったひとりでこれまでの人生を振り返りました。家族や他人に対して、してさしあげたこと、していただいたこと、反省することなどを数年ごとに区切って丹念に思い出す作業をしました。亡くなった父にしていただいたことをたくさん思い出して、涙があふれてしまいました。一生忘れない、とてもよい体験だったと思います。

――それは貴重な体験でしたね。最後に、もうすぐ中国に帰国しますが、将来の夢は何でしょう?

古月:ひとりの中国人として家族を守り、幸せにしたいです。そして、息子が大きくなったら社長さんの息子さんと同じ早稲田大学に進学させたいです。中国では早稲田はとても有名ですので。

それから、日中の間にあるたくさんの誤解を解いていきたいと思います。小さな誤解、大きな誤解がありますが、日本に来たことがない人には、まだ日本について想像もできないことが多いです。日本で半年間生活した経験を、今後も日本語や中国語のブログで発信していきたいですね。最初は小さな声かもしれませんが、自分の身近な人に伝え、そこから少しずつ広げていきたいと思っています。

――ありがとうございました。中国に帰ってもがんばってください。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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