「アイコス」の吸える場所はどこだ〜PMJ幹部に聴く
紙巻きタバコを吸える場所は今後どんどん少なくなっていくことが予想されるが、IQOS(以下、アイコス)を含む加熱式タバコはどうなるのだろうか。アイコスを日本で販売するフィリップ・モリス・ジャパン合同会社(以下、PMJ)が2018年4月24日、都内でアイコスと受動喫煙に関する研究発表会を開いたがその後、筆者は同社の井上哲・職務執行役副社長(以下、井上副社長)らからアイコスを取り巻く状況について話を聞いた。
アイコスからの受動喫煙はどうか
PMJはスイスに本社を置くフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)の日本法人だ。今回発表したのは、PMIが実施したアイコスの周辺環境への影響に関する研究結果となる。
主な発表内容は、2017年11〜12月にかけて東京都内のレストランで実施された臨床試験の結果についてで、この試験は東京慈恵会医科大学などの協力で行われたという。タバコを吸わない人、紙巻きタバコの喫煙者、アイコスの使用者の3群に分け、実際に夕食(4時間)をとった場合の環境タバコ煙の内容や参加者の尿中のニコチン等価物(NEq、ニコチン、ニコチンの代謝物コチニンなど)の濃度などを試験の前後で分析評価した。
全くタバコやアイコスを使用しない夕食状況を非暴露コントロール(2回)とし、アイコス使用のみ環境(4回)と比較した。試験の主要エンドポイント(目的)は、参加者の尿中のニコチン等価物とタバコ特異的ニトロソアミン(NNK、NNN)の測定量の違いだ。
その結果、アイコスを使った(4回のヒートスティック本数:222本、168本、181本、173本)4時間の夕食を経ても、タバコを吸わない非喫煙者の尿中からニコチン等価物やタバコ特異的ニトロソアミンは検出されなかった。副次的エンドポイントとして夕食環境の空気分析を行ったところ、ニコチンは検出されたが気相タバコ特異マーカーである3-エテニルビリジンやタバコ特異的ニトロソアミン、PM1、PM2.5といった微細粒子は検出されなかったという。
本試験の発表に先がけてスイスで行われた日常生活の環境を想定した臨床試験により、加熱式タバコを含むタバコ煙の影響がなくても有害物質が室内環境中へ出ていることが検証されたとするデータが発表された。環境タバコ煙の評価検証をする場合、その他の要素を排除しなければならないというわけだが、この臨床試験との関連性が筆者には今ひとつ理解できなかった。
PMIの研究チームは今回の臨床試験により、現状で可能な検出方法を駆使してもアイコス使用による周囲の受動喫煙の悪影響(ニコチン、タバコ特異的ニトロソアミン)は認められなかったと結論づけている。この研究結果は、遅くとも2018年の第3四半期までにまとめ、学会や学術誌などで発表する予定だそうだ。
アイコスに切り替えてもらうために
記者発表の後、筆者はPMJの井上副社長と飯田朋子・コーポレートアフェアーズ・コーポレート&サイエンティフィック・アフェアーズRRPディレクター(以下、飯田ディレクター)にインタビューし、今回の研究結果を含むアイコスを取り巻く状況について話を聞いた。また発言の()内は筆者が加筆した。
──国(厚生労働省)の受動喫煙防止法案も国会へ提出され、東京都も独自の受動喫煙防止条例案を発表した。こうした規制についてどう考えるか。
井上副社長「受動喫煙防止対策については、今回発表したような科学的エビデンスをベースに政策決定をしていただきたいというのが弊社の考え方となります。ただ受動喫煙についての議論をする上で、アイコスを含む加熱式タバコの科学的エビデンスがまだまだ足りないという意見もあるのは事実であり、少しでも政策決定に寄与するデータが出れば今回のように迅速に公開して参考にしてもらいたいと考えています」
──国の法案も都条例案も加熱式タバコを区別しているが。
井上副社長「紙巻きタバコを吸っている成人喫煙者をアイコスに切り替えていただくことが、公衆衛生的に社会にとってベターな選択肢というのが弊社の考え方です。加熱式タバコと紙巻きタバコを分けていただけているのは方向性としてありがたいのですが、分けた場合もどういうルールの内容かなどについては疑問が残ります。科学的なエビデンスを含めて、もう少し突っ込んだ議論をしていただきたいと考えております」
──アイコスがすでに第3世代になっているように技術的な進化は日進月歩で、科学的なエビデンスに基づく評価が製品開発のスピードに追いついていかないのが現状だ。第三者的な機関が検査するにしても物理的な限界があり、プロバイダーが情報を提供するにしても中小の業者にはハードルが高いのではないか。
井上副社長「現状では日本政府もアイコス、グロー(glo、BAT)、プルームテック(Ploom Tech、JT)を加熱式タバコと定義していただいておりますが、今後新規参入もあるかもしれません。弊社は加熱すれば全て加熱式タバコという定義に関して強い懸念を持っており、行政規制当局のほうでしっかりとしたジャンル分けと定義、それに当てはまる製品の範囲について決めていただければと考えております。科学的な検証や評価がその規準に入らなければ、社会に混乱を及ぼす懸念があり、そうした加熱式タバコの定義に入る製品については、本日の発表にありましたような科学的なデータを(規模に関係なくプロバイダー側が)提出していくべきではないでしょうか」
──タバコ産業界としてはどうか。
井上副社長「加熱式タバコを発売している各社さまとも、弊社と同じような規準で科学的データを出しています。測定方法の確立も含め、業界としてのスタンダードな検証や評価の規準を作っていくべきです。すでにアイコスは38カ国(2018年4月24日現在)で発売しておりますので、グローバルな規準でこの議論が進んでいっていただきたいと考えております」
都内で発表するフィリップ・モリス・ジャパン合同会社の井上哲・職務執行役副社長。写真:撮影筆者
サードパーティ製品への対応
──加熱式タバコについては、アイコスのユーザー向けに限らず多くのサードパーティ製品が出てきているが、それに対する行動はどうか。
井上副社長「第三者が独自に開発製品化したアイコスに似たような非純正品に対しては、常に知的財産権の侵害の可能性の有無を監視しています。明らかに知的財産権の侵害が認められる場合は、しかるべき措置をとっていくというのが基本的な考え方です。アイコスとの互換性でマーケティング展開しているようなサードパーティ製品について、特に注目しているところです」
──サードパーティ製品で何か事故が起きる危険性もあるが。
井上副社長「国民や消費者の安全や安心のためにも、しかるべき省庁が加熱式タバコやそのサードパーティ製品の規制に動くべきではないでしょうか。アイコスの場合、ホルダーとポケットチャージャー、ヒートスティックのセットで開発されております。当然、科学的な検証や評価に関しても、温度コントロールセンサーなどが正常に動作した環境において行っています。アイコスを適正な使用法に従って使っていただければ火災は起きませんが、互換製品の場合には有害物や火災の発生の危険性もあり、弊社としてもきちんとした対応が必要と考えております」
──税制改正が行われ、加熱式タバコについては5カ年計画での課税が行われる予定になっている。
井上副社長「今回発表のように、科学的エビデンスの蓄積が今後も継続し、科学的評価をベースにした議論に一定の決着がつけば、政策を後押しすることにもつながるでしょう。税に差を付けるためにはしかるべき理由が必要でしょうし、そうした理由の一つが科学的エビデンスに基づくデータであろうと考えております。弊社の事業戦略は、紙巻きタバコの成人喫煙者をアイコスに切り替えていただきたいということです。タバコ税によって紙巻きタバコとの値段差がついてくれば切り替えていただく要因になると考えております」
──基本的なアイコスの開発コンセプトはいつ頃から始まったのか。
井上副社長「2000年代に入ってから大阪でテスト販売したオアシス(米国名アコード)はリスク低減製品として開発されましたが、このコンセプトはかなり前から始まっていました。オアシスのテスト販売では、成人喫煙者にどこまで受け入れてもらえるかという点で大きな反省がありました。サイズが大きいなどの要因もありましたが、最も重要な味わいや満足感などで紙巻きタバコから切り替えていただくまでのレベルに達していなかったのです。この経験は大きな反省と教訓であり、それを踏まえて研究開発を仕切り直した結果、(タバコ葉を)中から加熱するというアイコスのイノベーションにつながりました。オアシス以降のここ10年、脈々とリスク低減製品の開発を続け、アイコスでイノベーションが加速し、研究者の数も増え、投下した研究開発費も累積で3000億円以上になっています」
──2014年のアイコス登場以降、シェアを伸ばしてきたが、ここにきて市場が飽和状態で頑固な紙巻きタバコの喫煙者が切り替わらず、アイコスの出荷量が落ちたという指摘もある。
井上副社長「アイコスの商品のポテンシャルは、まだまだこれからと考えています。すでに新しい製品に切り替えることに対して抵抗のない層はアイコスを利用していただいていますが、(コアな紙巻きタバコの喫煙者である)マジョリティの方々に対してはまた違ったアプローチが必要と考えています」
タバコ産業は社会にとって必要か
──1990年代の終わり頃から、タバコ会社は嘘ばかりついてデータを捏造し、顧客の健康など考えないという批判が高まった。こうした烙印をどう払拭していくのか。
井上副社長「弊社はスモーク・フリー社会を目指し、リスク低減製品へシフトしていくというビジョンとコミットメントを明確にしてきました。今後とも透明性を確保し、公平公正な企業活動を続け、特に科学的な検証と評価によって批判を受けるべきはきちんと受けつつ、ビジネスを進めていく姿勢を貫くことが重要と考えます。弊社グループは将来的に紙巻きタバコからの撤退を明言しておりますが、歴史的な経緯がある中で社会からの信頼を得るために地道に愚直に目指すところへ向けて活動していかなければならないと考えております」
──タバコ産業は社会にとって必要な存在といえるか。
飯田ディレクター「(姿勢として)社会へのポジティブな影響を示していければと考えています。FDA(米国食品医薬品局)にも提出していますが、弊社にはポピュレーション・シミュレーション・モデル(という疫学的推論プログラム)があります。これを使い、例えばアイコスが米国市場でシェア17%となった場合、10年間で喫煙関連疾患の死亡者数を10万人減らすことができるというデータを得ております。このように将来についての展望を示すことも重要と考えておりますが、FDAなどのような公的な機関がタバコによるハームリダクションの取り組みを評価し、弊社のようなビジョンを持つタバコ会社をサポートしていただけるようになれば、社会からの信頼を少しずつでも得ていくことができるのではないでしょうか」
──加熱式タバコが、若年層の喫煙習慣を喚起したり紙巻きタバコへのゲートウエイ(入り口)になるのではないかという懸念もある。
飯田ディレクター「弊社は2014年に名古屋でアイコスを先行販売した当初から顧客調査を実施しており、その結果、アイコスのユーザーはアイコスから紙巻きタバコへほとんど戻らないことがわかっています。弊社としてはアイコスが(喫煙習慣の)ゲートウェイになってはならないとの考えから、若年層へのフォローアップが必要であることも承知しております。当然、未成年者への販売についても厳しく監視しております。また、横断的調査によれば、今までにタバコ製品を使用したことのある人が、最初に使用した製品がキセル、パイプや葉巻の場合が全体の0.4%、アイコスの場合が0.3%となっています」
井上副社長「これまでも弊社は未成年者の喫煙防止活動は積極的にやってきました。これはアイコスでも同じです。実態を常に定点観測しながら調査の中で、何か問題のある事象があれば弊社としてもしかるべき対策をとっていきます」
依然として消え去らない疑念
以上、アイコスと受動喫煙の関係を検証した臨床試験の結果発表と井上副社長、飯田ディレクターへのインタビューだ。
以下、簡単に筆者のコメントを述べる。今回の研究発表では、日常環境における有害物質の発生を示した臨床試験でエクササイズや飲食といった状況ごとに有害物質を分析していたが、エクササイズにせよ、食事にせよ、飲酒にせよ、これらはあくまで基本的に身体にとって有害ではないことが前提となる行為だ。
もちろん、運動のし過ぎ、偏食や過食、過度の飲酒は論外だが、我々はこれらがむしろ身体にいいと考えている。ところが、加熱式タバコにせよ、低タール低ニコチンの紙巻きタバコにせよ、身体にいいから吸っている人が果たしているのだろうか。そもそも、喫煙と運動や飲食を同じレベルで比較することはできない。
今回の臨床研究はあくまでタバコ会社が資金を出し、タバコ会社が考えた研究デザインのもと、タバコ会社の研究者が主導して実施したものだ。こうした研究では、選択バイアスがないかどうか、データの収集や分析の方法が恣意的なものではないか、交絡要因などがないかなど注意すべき点も多い。これだけでアイコスには受動喫煙リスクがなく、長期の暴露によっても健康への害がないとは言い切れないだろう。
2017年に東京で行われた臨床試験にPMIは、かなりの研究費を投入したはずだ。アイコスに関しても莫大な研究費を使い、そのリスク低減性を実証しようとしてきた。科学的エビデンスを費用と人員、時間をかけて実証し、その有害性の低さを広く発表したり喧伝したりできるのは、PMIのような財力のある組織に限られる。
そうなれば、PMIのような検証する余力があるタバコ会社しか生き残ることができなくなるだろう。業界の寡占化や少数企業の市場独占によって、ユーザーや消費者が徳をすることは何もない。
PMJの井上副社長は、PMIのヒートスティックの使用をうたった互換性の高いサードパーティ製品に対し、厳しい監視の目を光らせていくと語った。日本のタバコに関する規制当局の緩く甘い判断は、逆にJTを含むグローバル・タバコ産業を苛立たせている可能性もあるのは皮肉だ。
タバコ産業が1990年代まで嘘をつき、データを捏造し、顧客の健康や生命を危険にさらし続けてきたことは周知の事実だが、こうした負の烙印、つまりスティグマをどう払拭していくのかも課題だろう。単に紙巻きタバコからの撤退宣言をすればいいとは思えない。有害性軽減と無害とは違うのだから、これは単にアプローチの問題ではないはずだ。
タバコ産業はニコチン・デリバリー産業であり、ニコチン依存症の患者を増やし続けなければ、ビジネスが破たんしてしまうというジレンマがある。PMIは2018年の年頭に英国でタバコ・ギブアップ宣言をしたが、ニコチン依存症をなくす宣言はしていない。
ニコチンには、ほとんどタバコ関連疾患を引き起こす作用はないとされているが、無害なわけでもない。ニコチンには血管収縮作用があり、心血管疾患のリスクを上げるという研究結果も多いのだ。
ニコチン依存症になった喫煙者は、より強いニコチン刺激を求め、加熱式タバコでも使用量が増えたり、加熱式タバコから紙巻きタバコへ移行したり戻るような行動をとるかもしれない。PMJの井上副社長らは否定するが、依然として加熱式タバコの存在は、若年層の喫煙習慣へのゲートウェイ、加熱式タバコから紙巻きタバコへのゲートウェイとなる危険性を秘めているのではないだろうか。
※2018/04/25:11:51:PMJからの指摘で以下パラグラフを変更した。
飯田ディレクター「弊社は2014年に名古屋でアイコスを先行販売した当初から顧客調査を実施しており、その結果、アイコスのユーザーはアイコスから紙巻きタバコへほとんど戻らないことがわかっています。弊社としてはアイコスが(喫煙習慣の)ゲートウェイになってはならないと考えており、若年層へのフォローアップが必要であることも承知しております。未成年者への販売についても厳しく監視しており、横断的調査によればアイコスから紙巻きタバコへ移行する割合は、キセルや葉巻から紙巻きタバコへ移行する割合と同じ3%程度です」
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飯田ディレクター「弊社は2014年に名古屋でアイコスを先行販売した当初から顧客調査を実施しており、その結果、アイコスのユーザーはアイコスから紙巻きタバコへほとんど戻らないことがわかっています。弊社としてはアイコスが(喫煙習慣の)ゲートウェイになってはならないとの考えから、若年層へのフォローアップが必要であることも承知しております。当然、未成年者への販売についても厳しく監視しております。また、横断的調査によれば、今までにタバコ製品を使用したことのある人が、最初に使用した製品がキセル、パイプや葉巻の場合が全体の0.4%、アイコスの場合が0.3%となっています」