金融界から利益相反が消え去る日のために
金融界では、到るところで利益相反の可能性が指摘されていても、可能性にとどまるものとして放置されてきましたが、いよいよ、金融庁の新しい施策によって、利益相反は可能性の次元において根絶されるのか。
利益相反のおそれ
投資運用業者は、専らに顧客の利益のために投資の判断をし、その実行をするものです。これは自明のようでいて、専らに顧客の利益のために行動することの厳密な意味は、必ずしも自明ではありません。いうまでもなく、論点は利益相反の禁止になるのですが、何が利益相反であるかは少しも自明ではないのです。
そもそも、投資運用業に限らず、金融界では、到るところで利益相反のおそれ、即ち、利益相反の外貌を呈する事態の存在が指摘されていますが、それが利益相反であると断定されたことはありません。つまり、外貌は利益相反でも実質は利益相反ではないとされる事態が横行していること自体、利益相反の判定の困難さを示しています。
換言すれば、忠実義務違反の判定が困難なのです。法律上、当然のことながら、投資運用業者は忠実義務を負うわけで、それが専らに顧客の利益のために働くことの法律上の意味です。故に、法律上は、利益相反とは、忠実義務違反に該当する事態ですから、利益相反の判定が困難だということは、忠実義務違反に該当する事態の判定が困難だということです。
損害の発生の証明
実は、忠実義務違反には、損害の発生という明確な判定基準がありますが、損害の発生を証明することが困難なのです。
例えば、投資運用業者が株式の売買を行うに際して、自己の属する金融持株会社を介して兄弟会社に該当する証券会社を選定することは、委託手数料の支払いを通じて、広義の自己の利益を図ることであって、典型的な利益相反の可能性を生じさせますが、他の証券会社を使った場合に比して、手数料水準が高いという事実がなく、また執行能力が低いという事実もなければ、顧客の利益を損ねたことにはならないので、忠実義務違反にはならず、利益相反ではないとされるのです。
全く同様に、金融界では、到るところに利益相反の可能性を指摘できるのですが、その全てについて、顧客に損害は発生していないとの理由により、忠実義務違反が認定されず、利益相反の事実はないとされています。しかし、ここには欺瞞があって、正確にいえば、損害が発生していないのではなく、損害の発生が証明されていないだけなのですから、利益相反の可能性にすぎないとされる事案のなかに、利益相反の事実が隠されていると考えるほうが自然です。
証明責任の転換
法律上、忠実義務違反は、損害の発生が証明されない限り、成立し得ないわけですが、その証明は、顧客の立場からは不可能です。実際、委託手数料が割高であることを承知のうえで、投資運用業者が兄弟関係にあたる証券会社を選定したとしても、その事実は両当事者にしか知られ得ないのです。
そこで、法政策的には、外貌において利益相反の可能性のある行為について、その外貌から直ちに利益相反の事実を推定し、利益相反ではないことの証明責任を行為の当事者に課すという制度設計があり得ます。
こうした制度のもとでは、例えば、投資運用業者が兄弟会社の証券会社に発注すれば、そのことから直ちに利益相反が推定され、投資運用業者が利益相反ではないことの証明、即ち、委託手数料の水準が他の証券会社に比して割高ではないこと等の証明をできないときは、利益相反だと認定されることになります。
こうなれば、当然のことですが、投資運用業者として、面倒な証明責任を負ってまで、利益相反の外貌を呈する行為を行うはずもないわけですから、利益相反は、利益相反の可能性の次元において、根絶されるのです。しかし、これは金融庁の採用する方法ではありません。
金融庁の顧客本位原則
金融庁は、「顧客本位の業務運営に関する原則」を定めています。これは、いわゆるソフトローというもので、金融機関によって採択されることで、強制力のある規範として機能するものです。金融機関は採択しないこともできますが、不採択の理由を開示する必要があるので、採択に事実上の強制力が働くようになっています。
このうち、原則3は、利益相反に関するもので、「金融事業者は、取引における顧客との利益相反の可能性について正確に把握し、利益相反の可能性がある場合には、当該利益相反を適切に管理すべきである。金融事業者は、そのための具体的な対応方針をあらかじめ策定すべきである」となっています。
主要な投資運用業者のなかで、原則3を採択していないものはないので、理屈上は、どの会社でも、「具体的な対応方針をあらかじめ策定」していて、例えば、兄弟会社の証券会社を使うことについても、各社が任意に内部規則を策定し、全面的に禁止する、あるいは、手数料水準の検証等の手続きのもとで許容するなど、独自の方法で規制しているはずだと考えられます。
金融庁の新しい施策
では、実際に、そのような厳格な内部規則を策定し、かつ厳格に履行している投資運用業者はあるのか、金融庁としては、原則3に限らず、全6原則の履行状況に関心をもつのは当然のことです。
そこで、金融庁は、4月12日に、「金融事業者における顧客本位の業務運営のさらなる浸透・定着に向けた取組みについて」を公表し、各金融機関の取組方針等の監視を強化するに至ったのです。これは金融検査の一翼を形成するものですが、悪事例の摘発ではなく、好事例の普及を目指していることに大きな特色があります。
同時に公表された「顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント」においては、例えば、利益相反管理に関して、好事例と評価されるための着眼点として、「利益相反の可能性について正確に把握する仕組みが具体的に示されている」ことがあげられています。
つまり、原則において「具体的な対応方針」とされていることについて、単なる方針ではなく、利益相反の可能性を「正確に把握する仕組み」とし、更に、それが「具体的に示されている」ことを好事例の要件とし、加えて、「対応方針に基づく利益相反管理の状況を検証し、評価する仕組みが示されている」ことも着眼点としています。
国民による監視
4月12日公表の施策では、「金融庁は、金融事業者から提出された報告内容について確認等を行い、原則2~7に示されている内容毎に、対応した形で取組方針等を明確に示している金融事業者を、順次金融事業者リストに掲載していきます」とあり、更には、「金融庁は、今後、金融事業者の取組方針等の記載内容について、好事例の比較分析を行い、顧客にとって分かりやすい情報発信をしてまいります」とあります。
つまり、金融庁は、取組が不十分であると認定した金融機関については、公表するリストに掲載しないのであり、逆に、好事例と評価したものについては、積極的に情報発信するのですから、確かに、金融機関としては、金融庁からの評価が重要だとしても、それが決定的な意味をもつのは、評価結果が国民に公表されてしまうからです。
好事例の公表
従来の金融検査では、法令違反という究極の悪事例を公表することで、法令遵守の徹底が促されていましたが、法令遵守は、金融庁のいうミニマムスタンダード、即ち、最低限のことにすぎず、そのことによっては、決して、ベストプラクティス、即ち、最善の努力を促すものではなく、むしろ、逆に、改善努力の放棄を正当化することで、例えば、法令違反に該当しない事実上の利益相反を蔓延させてきたのです。
それに対して、好事例、即ち、ベストプラクティスの公表は、金融界を全く新しい競争原理のもとで改革していく可能性があります。例えば、投資運用業者のなかに、徹底した利益相反管理の一環として、兄弟会社、あるいは親会社に該当する証券会社を使うことについて、全面的に禁止する、あるいは、手数料水準の検証等の厳格な手続きのもとでのみ許容するなどの具体的な仕組みを導入したものが現れ、それが好事例として公表されれば、同業他社に与える影響は小さくありません。
投資信託改革
金融庁は、原則3の注において、「販売会社が、同一グループに属する別の会社から提供を受けた商品を販売・推奨等する場合」に特に注意を促していますが、背景には、投資信託の販売における利益相反の可能性が強く意識されているのです。
今回の施策によって、投資運用業者においては、販売会社の選定手続きについて、販売会社においては、投資信託の選定手続きについて、厳格な利益相反回避の仕組みが導入され、それが好事例として紹介されることにより、投資信託の販売実態は激変していくでしょう。
金融の未来
最悪の事態として、金融界の暗黙の談合により、誰も好事例になるような取組をせずに、改革が始まらないことも考えられます。しかし、そのような可能性を考えることは、日本の金融の未来を完全に否定するのと同じです。