『24時間テレビ』やす子のマラソン、定番曲「負けないで」変更のサプライズと「100キロ」固執の違和感
8月31日から9月1日まで放送されたチャリティー番組『24時間テレビ47』(日本テレビ系)のなかの目玉企画「24時間チャリティーマラソン」で、ランナーをつとめたお笑い芸人・やす子が完走を果たした。
SNSでは、そんな彼女への労いの声があった一方、やはり同企画に対して批判的な意見が多数目立った。たしかに今回は、理解や納得できる点と、相変わらず疑問に感じるところがはっきり分かれたのではないか。
トレンドワード「250周」は視聴者の早合点
やす子の「24時間チャリティーマラソン」は当初、都内に設けられた100キロのコースを、市民ランナーと一緒に走る予定だった。ただ台風10号の影響で市民ランナーの参加は見送られ、横浜・日産スタジアムのトラック(1周400メートル)を走る「周回形式」へ変更することが発表された。
スタートしてから、Xで「250周」というワードがトレンド入りした。「250周」とはつまり、1周400メートルのトラックを250周すれば、100キロに達するというもの。筆者も陸上競技経験者なのでよく分かるが、競技場のトラックをぐるぐる走り回るのはゴールが見えづらく、想像しただけで気が遠くなる。マラソンランナーたちはよく「景色を楽しみながら走る」と言うが、そういう気分転換がなければ、長い距離を走ることはただただ苦しいだけなのだ。
そういった指摘がSNSでもあったが、いずれも早合点。番組側は「本日は、競技場内での周回コースを想定しております」と発表しており、最初から最後まで競技場のトラックを走るとは言っていなかった。実際、9月1日早朝には日産スタジアムから公道コースへ飛び出して、ゴール地点の東京・両国国技館に向けて走り始めた。番組としては、1日目(8月31日)はトラックコースで天候の様子を見て、2日目(9月1日)は条件が整えば公道コースへ…という考えだったのだろう。
トラックコースで走っても、公道コースへ出ても、どちらも批判的な意見があったことから、結局『24時間テレビ』のチャリティーマラソンは、ランナーのがんばりだけでは抑えが効かないほど、抵抗感を持たれていると言える。それでも「トラック」から「公道」へ切り替えたタイミングと決断は、決して悪手というわけではなかった。
「児童養護施設のことを知ってもらうために走る」を強調、アナウンサーの“誘導実況”への理解と違和感
今回のチャリティーマラソンで大きな違和感があったのは、実況担当のアナウンサーがしきりに「全国の児童養護施設のことを知ってもらうために走っている」と強調していたところである。ランナーをつとめたやす子はかつて家庭の事情などから児童養護施設で過ごした経験があり、今回のチャリティーマラソンにチャレンジする背景には、施設について知ってもらいたい気持ちが込められていた。
やす子が一生懸命がんばって走る姿は間違いなく多くの人を勇気付け、児童養護施設への理解にも繋がった。ただそれはあくまで、やす子が走っている模様から視聴者がいろいろ考えるべきもの。そんななか実況アナウンサーが「児童養護施設のために走る」と連呼すると、視聴者の心を揺さぶるための“誘導”や“演出”に映ってしまい、決して良い方法とは思えなかった。なにより「マラソン企画をおこなう理由をどのように正当化させるか」という番組側の意味付けに感じられた。
そういう批判的な感想を抱いた一方で、やす子のゴール後に流れた、児童養護施設出身の方たちの「施設で育ったことを堂々と言えるようになった」「前向きになれた」と話す姿を観ると、しつこさはあったものの、「全国の児童養護施設のことを知ってもらうために」と頻繁に実況されていたワケも理解できる。たしかに「それくらい言うべき」なのかもしれない。このあたりのバランスは評価が分かれる部分。もう少し、中継のなかで改善されても良かったかもしれない。
ラストスパート時が定番曲「負けないで」ではなく、「紅」に変更された驚きと理由
やす子は番組冒頭「やらないよりはやった方が変わるかも。いろんなご意見もありますが、全力で」とコメントしていたが、番組側の進行・演出にも思い切った変化が見られた。
特に興味深かったのが、チャリティーマラソンのラストスパート時に必ず歌われていた定番曲の変更だ。いつもは「負けないで」(ZARD/1993年)が出演者によって歌われ、それにのせてランナーが走る様子が映されていた。
しかし今回はYOSHIKIのピアノとブラスバンドによる「紅」(X JAPAN/1988年)が生演奏された。さらに同曲の演奏の始まりの合図代わりになる「紅だー!」という叫びもYOSHIKIがやってみせた(マイクに声がちゃんとのらなかったのが残念だ。ちなみにX JAPANのライブではToshlが叫ぶ)。
チャリティーマラソンのクライマックスにはやや不釣り合いに思えるハードな楽曲だが、アレンジされた生演奏を聴くと見事にマッチしていた。また「紅」は、高校野球などでも応援歌として定着していることから、やす子を最後にもう一度、鼓舞する理由があったのではないか。
それにしてもこの楽曲変更は大きな驚きだった。2023年に番組関係者による寄付金着服問題が発覚するなどし、いろんな面で「変化」が必要とされたなか、核心部分ではないにせよ新鮮味を求めたところは番組側の意欲が漂っていた。あと毎回、多額の寄付をおこない、ノーギャラで出演していることを公表するなど、『24時間テレビ』の本質を体現し続けているYOSHIKIだからこそ、この“大役”はぴったりだった。
「100キロ」を走ることが感動を集めるのではない
逆に「変えられなかったところ」もある。その違和感や疑問点もあげたい。
今回、否定的な意見の大部分を占めたのは、各地に被害を与えた台風10号の影響が懸念されるにもかかわらず、チャリティーマラソンが強行された点だ。強行の理由は、第一に「やす子の気持ちや、これまでがんばって練習してきたことを尊重したい」があったはず。続いて「番組を支援してくれる企業(スポンサー)や関係者との兼ね合い」「走る姿を観てもらうことで寄付金の促進が図れる」だろう。もし「チャリティーマラソン」が丸々中止となった場合、どこまで代替企画の用意があったのかは不審点として残る。
日本各地で台風10号のためにイベントなどが続々と中止になり、団体・個人が大打撃を受けた。日本テレビ系でもニュース番組などで台風10号について報道し、厳重な注意を呼びかけていた。そういったことからも、せめて初日(8月31日)は「周回」ではなく中止の判断をとっても良かったはず。
それでも強行したことを考えると、番組は「100キロ」という数字に固執しすぎていたのではないだろうか(※実際は「走破距離80キロ超」とのアナウンス)。
ここで勘違いしてはいけないのは、「100キロ」を走ることが感動を集めるのではなく、また「100キロ」を走ることがいろんな支援に繋がるのではないこと。「100キロ」なら当然、体もメンタルもくたびれる。がんばっている様子が分かりやすく出る。番組側は、そういう目に見える分かりやすさを求めて走行距離を「100キロ」に設定している気がした。だから初日、天候悪化の恐れがあったにもかかわらず、中止どころか時間の遅れも許さず「周回」をスタートさせた。つまり「100キロ」に固執したのだ。
たとえ何キロであっても、一生懸命がんばっている人であれば応援する。1992年、1993年にチャリティーマラソンに臨んだ間寛平は自分自身の限界に挑んだ。1996年の赤井英和はプロボクサーとして再起不能となった過去を背負いながらゴールを目指し、放送時間をこえて走り切った。記憶に残るチャリティーランナーたちは、「番組」という枠ではなく、「個人」のどん欲さへと走る理由が落とし込まれていた。そういうものであれば、何キロであろうと視聴者は感動できるのである。
今回も現れた動画配信者、ティックトッカーがやす子らを追走
やす子のがんばりほか、ゴール後のほっこりする受けこたえもあって、彼女を讃える声がSNSにはあふれた。それでも当初予定していたマラソン企画の内容のブレもいくつかあったことから、全体を通してみると、やす子を気の毒に思ったり、同情を覚えたりする視聴者が多かった印象だ。
どうやっても反感の声が拭えない実情は、結局『24時間テレビ』のチャリティーマラソンがやはり限界点を迎えてしまっているからに尽きるだろう。企画がマンネリ化しているもこともあるが、台風、暑さ、そして2022年、2023年に起きた動画配信者の乱入なども影響している。今回も、目立ちはしなかったが、やす子や関係者を追走して生配信をおこなうティックトッカーがいた(予告なく配信が中断されたのを見ると、関係者が制したのではないか)。自然災害や動画配信者などの存在は、番組ではコントロールできないこと。そして今後も解決されない課題となる。だからこそ「限界点」でもあるのだ。
筆者は常々、同番組は「偽善」と呼ばれようがチャリティーの後押しにはなっていて、意義があると思っている。形はどうあれ、支援を必要とする人への理解や現状の認識に繋がる。スペシャルドラマや企画のクオリティの高さも評価している。今回も、たとえば側弯症の女性の特集「7歳のインフルエンサー 理央奈ちゃんに届けたい!オールスター吉本生新喜劇」では、自分自身がいつも笑顔であれば周囲も明るくできることや、そうすることの大切さに改めて気付かされた。
そういう番組本来が持つ内容の良さが、チャリティーマラソンの今のあり方で見過ごされてしまうのは非常に歯がゆく感じてしまう。