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ラッセル Jr.の真価 PBCの謎 GBPの苦難 〜5月19日のMGM NH興行で見えた3つのこと

杉浦大介スポーツライター
Photo By Amanda Westcott/SHOWTIME

5月19日 メリーランド MGMナショナルハーバー

WBC世界フェザー級タイトル戦12回戦

ゲイリー・ラッセル・ジュニア(アメリカ/29歳/29勝(17KO)1敗)

12回 3-0判定(115-113, 117-111x2)

ジョセフ・ディアス・ジュニア(アメリカ/25歳/26勝(14KO)1敗)

ラッセルが底力を示す

 2回にディアスが複数のボディショットを決めた際には、このタイトル戦は挑戦者のペースで進んで行くかと思えた。ガードを固めて相手の高速コンビネーションを食い止め、ボディを狙う挑戦者の戦略はシンプルだが的確。ラッセルが強いはずの前半6ラウンドが終了時点では多くのメディアがドローと採点しており、その後はディアスが粘り強さで混戦を抜け出すと考えたファンは多かったに違いない。

 しかし、中盤戦に必要な修正を施し、距離をつかんだのはラッセルの方だった。衰えを知らないハンドスピードを生かして機先を制し、打ち終えた後にはディアスの射程外に出て、それ以上の追撃を許さなかった。

 「2、3回に手を痛めてしまい、おかげでアジャストメントを余儀なくされた。ただ、彼は僕のジャブに対応できていなかった」

 ラッセルは試合後に述べた通り、ジャブを中心にした適応が鍵となったのだろう。結局、それぞれが見せ場を作った一戦で、最終回のピンチもしのいだ王者が明白な判定防衛に成功。“回転力が自慢のスピードスター”という印象だったラッセルだが、元ロンドン・オリンピアンの無敗指名挑戦者との一戦で、タフネス、コンディショニング、ハートの強さなどを改めて示してくれた。

 健闘も及ばなかったディアスは一発で相手にダメージを与えるパンチのなさと、中盤のペースダウンが痛かった。王者の地元でのタイトル戦で、手数で倍以上(ラッセルは992発中199発、ディアスは491発中192発をヒット)の差をつけられては厳しい。両足をセットした状態でなければ力のあるパンチが打てない挑戦者に対し、中盤以降はその体勢を作らせなかった王者を称えるべきか。

 誰の目にも明白な才能を持ちながら、過去3年は1戦ずつしか行わなかったラッセルは一部のファンの嘲笑の対象になってきた。しかし、ハイレベルだった今戦で改めてトップレベルの実力を証明したと言える。

 試合枯れはPBC傘下の多くの選手の特徴でもあるが、ラッセルの次戦までまた1年も待たないで済むことを願いたい。そして、今さらながら、これほどのタレントにキャリア3戦目(2014年6月)で挑み、圧勝してしまったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の力量はやはり驚異としか言いようがない。

PBC・ザ・ミステリー

 無敗挑戦者が王者の地元に乗り込んでいくという意味で、ラッセル対ディアスはいわば王道的なマッチメイクだった。約3000人を収容するMGMナショナルハーバーは適度なキャパで、会場はほぼ満員。前座ではラッセルの弟たちがKO勝ちを飾り、メインのタイトル戦も好内容になったことで、地元ファンは“ラッセル祭り”に満足したのではないか。

 指名戦とはいえ、アル・ヘイモン(肩書きはアドバイザーだが事実上のプロモーター)、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)というライバル会社の垣根を超えたカードだったことまで含め、実に模範的な興行作りだった。

 また、メインイベントの序盤ラウンド中には、同じメリーランド州のボルチモアに住むジャーボンタ・デイビス(アメリカ)がリングサイドに登場。デイビスとワシントンDC出身のラッセルの”ベルトウェイ・ライバル対決”は過去に話題になったことがある。このカードが具体化すれば地元は盛り上がりそうで、やや頭打ちだったラッセルのキャリアに新たなストーリーが加わる可能性もある。

 ヘイモンのPBCシリーズが失敗した理由は複数あるが、今回のように適切な土地、会場での興行を用意せず、ファンに興味を抱かせるストーリー作りができなかったこともその1つ。多くの選手と資金を抱えているのに、どうして理に叶う興行を早くから打たなかったのか・・・・・・。

 もともとバーノン・フォレスト(アメリカ)の片腕だったヘイモンはボクシング界ではそれなりの経験があるのだから、ローカルを利用してファンベースを築くことの重要さに気づいていなかったとは想像しがたい。だとすれば、なぜ?説明不能な事象が依然として余りにも多いPBCの迷走は、ボクシング界のミステリーとして記憶されていくのだろう。

ハードなマッチメイクの難しさ

 GBPの苦難の日々が続いている。目玉商品のサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)が薬物問題で5月5日に予定されたゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)とのリマッチをキャンセルしたのに続き、先週はホルヘ・リナレス(ベネズエラ)、サダム・アリ(アメリカ)がともに王座陥落。今週はディアスが惜敗し、これで3週連続で手痛い損失を経験したことになる。

 7月にマレーシアでマニー・パッキャオ(フィリピン)に挑むルーカス・マティセ(アルゼンチン)も苦戦が予想され、しばらく厳しい時期が継続するかもしれない。

 カネロ以外の選手のマッチメイクに関しては、“最高のカードを組む”という公約をオスカー・デラホーヤは実践しているように思える。そういう路線をいけば、こういうことも起こり得る。だからこそ、草創期のPBCに代表される一部のプロモーターは安易な路線を歩みたがる。ボクシングのマッチメイクの難しさがそこにある。

 もっとも、敗れたとはいえ、闘志と底力を誇示したリナレス、ディアスの商品価値はむしろ上がったことを忘れるべきではない。そんな結果が示す通り、ハード路線にはやはり大きな価値があると信じたい。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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