羽生結弦さんの離婚報告で考えるべき、過剰報道と誹謗中傷の「負のスパイラル」
羽生結弦さんが11月17日にSNS上で離婚報告を行い、大きな波紋を呼んでいます。
8月に結婚報告を行ったばかりでの離婚報告という背景もありますが、やはり最大のポイントは、羽生さんが離婚報告の中で、お相手や本人の親族、関係者に対して「誹謗中傷やストーカー行為、許可のない取材や報道がなされています」と告白している点でしょう。
参考:【全文】羽生結弦さんが電撃離婚を発表「未熟であるがゆえ、お相手を守り続けること極めて難しく」
普段、羽生さんが記者会見やインタビューなどでも、滅多に他者に対して批判的な言動やネガティブな発言をしないことを踏まえると、この文章のくだりからは本人の悲痛な心の叫びが聞こえてくるファンの方も少なくないはずです。
この羽生さんの文章に、現在の日本が直面しているメディアの過剰報道とSNSを中心とした誹謗中傷の「負のスパイラル」の問題が明確に出ていると言えます。
離婚報告後にも発生している負のスパイラル
文章の冒頭には「お相手は、家から一歩も外に出られない状況が続いて」というくだりもあることを踏まえると、お二人がせっかく結婚をされたにもかかわらず、過剰取材やストーカー行為をさけるために、ほとんど普通の結婚生活を送れなかったことは容易に想像できます。
今回の離婚報告も、離婚を宣言しなければ、この状況が一切改善しないだろうと二人が結論を出さざるを得なかったことによるものだと考えると、二人の絶望の深さは想像を絶するものがあります。
一方で、今回の離婚報告後の状況は、とても羽生さんが望んだ形になっているとは言えません。
離婚報告自体を報道するメディアの報道も過熱気味で、早期の離婚を判断した羽生さんを批判するようなコメントをタイトルに持ってきたり、お相手の方を実名で報道し、関係者に取材をつづけたりするメディアもいるようです。
また、離婚報告の「誹謗中傷やストーカー行為」という発言から、一部の異常なファンの責任とするメディアと、「許可のない取材や報道」という発言から、一部のメディアの過剰報道の責任とするファンの間で様々な衝突も発生しているようです。
ただ、ここにこそ、今回の問題の本質である「負のスパイラル」のポイントがあります。
過剰報道を止めることはできるのか
まず、「負のスパイラル」の一つの原因であるメディアの過剰報道ですが、残念ながら、これを完全に止めることは難しいのが現実です。
8月に羽生さんが結婚報告をされる際に、あえてお相手の情報については一切触れない形でSNSへの投稿で実施されたことは、メディアにも大きく注目されました。
参考:羽生結弦さんの結婚報告で考える、SNS時代のファンとの結婚の祝い方
この発表方法は明らかに、お相手が一般人であることから、報道をしないでほしいという羽生さんの意思が感じられるものでした。
その結果、多くの大手メディアは、それ以上詮索することはせず、羽生さんの意思に沿った形での報道をしていたわけです。
しかし、結局、翌月には一部週刊誌や地方新聞が実名での報道に踏み切った結果、他の週刊誌も追随して実名報道をする流れになっています。
個人のプライバシーは当然守られるべき権利として存在しますが、一方で日本には「報道の自由」も存在します。
メディア側からすれば、著名人の配偶者というのは、著名人の知名度の恩恵を受けるのだから、一般人ではないと考えるというメディアもいます。
また、今回の羽生さんのお相手の方が、過去に芸能人的な活動をされていたと一部メディアで報道されていることから、広い意味での一般人ではないと判断するメディアもあったのかもしれません。
また、現在の何でも曝露されてしまうネット時代において、羽生さんほどの著名人が、配偶者について完全に隠し通すという選択自体が難しかった面もあると考えられます。
いずれにしても、こうしたプライバシーと報道の自由のバランスは、海外でもパパラッチなどの過剰報道の問題が良く注目されますが、世界的に解決が難しい問題とも言えるわけです。
ネットの普及で、大勢に過剰報道記事が届いてしまう時代に
ただ、インターネット以前であれば、そうした過剰報道の記事を目にするのは、そうした媒体を購入する読者だけでした。
それがネットの普及により、そうした一部の週刊誌がネット上に記事を配信することで、簡単に誰もが過剰報道の記事を目にすることができるようになってしまったわけです。
しかも更に悪いことに、現在のネット広告の仕組みでは、そうした過剰報道の記事がたくさんの人に読まれれば読まれるほど、より広告収入が上がる仕組みになっています。
羽生さんのお相手の実名報道をしたメディアには、その後もあえてファンの神経を逆なでするようなタイトルの記事を書いているところもあるようです。
これにより、ファンはタイトルに釣られて記事を読まざるを得なくなりますし、過激な内容の記事に影響されて、一部のファンは羽生さんのお相手に対してネガティブな感情を溜め込むことになり、誹謗中傷に走ってしまうという「負のスパイラル」が回り始めるわけです。
過激な発言やネガティブなタイトルが金を生む
当然この「負のスパイラル」には、週刊誌だけでなく、一部のネットメディアやYouTuberなどの個人メディアも便乗します。
こうした便乗ネットメディアの記事や便乗YouTuberの動画の多くは、過激なタイトルやネガティブな内容のものが多いのが特徴です。
ポジティブな内容の記事や動画は、ファンしか見ないのに対して、ネガティブな内容の記事や動画は、アンチだけでなく、不安になったファンもつい見てしまう結果になりがちなので、ネガティブな方がメディア的に「美味しい」構造があります。
ネットメディアの記事にしてもYouTubeの動画にしても、基本的にはアクセスが多ければ多いほど広告収入が増える仕組みです。
仮にネガティブな記事や動画に対して、ファンが怒って批判してきたとしても、多くのファンが注目してくれて記事のアクセスが増えれば、収入が上がる仕組みなので批判も怖くないわけです。
その結果、ファンが軽く検索しただけで、ネットやYouTube上に、目をおおいたくなるような内容の記事や動画が出てきてしまう状況が生まれてしまうわけです。
羽生さんの離婚報告の投稿で「様々なメディア媒体で」と、「メディア」ではなく「メディア媒体」と書かれているのは、明らかに一部の商業メディアだけでなく、SNSの個人投稿も対象であることを示していると考えられるわけです。
誹謗中傷投稿がメディアやインフルエンサーのネタに
更に、こうしたネガティブな記事や動画に刺激されて生まれたSNS上の誹謗中傷や批判コメントが、またこうしたネットメディアや告発系インフルエンサーの格好のネタになります。
そうした一部の過激なコメントを元に「批判殺到」や「非難殺到」などの記事や動画を作成し、またそうしたコメントを投稿した人たちの感情を増殖したり、その反対側の人たちの感情を逆なでしたりすることで、記事や動画へのアクセスを稼ぐわけです。
こうした過激なコメントから炎上記事を作成する行為は、既に一部のネットメディアにおいて常態化しており、そうした記事をポータルサイトが取り上げることによって、更に大勢の人たちの感情を揺り動かすことになります。
参考:鬼滅の刃「物議」報道で考える、炎上や対立をあおるメディアとポータルサイトの構造問題
従来の雑誌の時代であれば、いくら過激な内容の記事がたくさん書かれていても、雑誌自体が購入されなければ読者に読まれませんでしたし、メディアに収益も入りませんでした。
しかし、残念ながらネットメディアやYouTubeは、メディアの質とは関係なく、アクセスが増えれば増えるほどそれなりに収入を稼ぐことができます。
しかも、ファンを増やすよりも、怒りや批判のエネルギーを増幅する方が容易にアクセスを増やすことができるわけです。
今回、羽生さんはこの「負のスパイラル」の構造に、完全に絡め取られてしまったということができるかもしれません。
「負のスパイラル」を止めるために私たちにできることは
では、このメディアの過剰報道と、SNSによる誹謗中傷の「負のスパイラル」を止めるために私たちにできることはないのでしょうか?
今回、一部のファンの方々は、羽生さんの希望を無視して実名報道に踏み切った一部メディアに怒りの矛先を向けているケースも見られますが、それは残念ながらあまり効果は無いと考えられます。
そうしたメディアの記事にリンクをして批判をすればするほど、実はそのメディアはアクセスがあつまって収益が上がり、また同様の記事を書くためのモチベーションが上がる結果になってしまいます。
もちろん、抗議電話などは一定の効果はあるかもしれませんが、相手のメディアが確信犯であれば無視されて終わってしまうでしょう。
また、過剰報道をしたメディアに対して、激しい言葉で批判や攻撃をする行為自体が、実は「正義」の行使という意味では、誹謗中傷をしているユーザーと同じ行為になってしまい、構造的に「負のスパイラル」を加速する行為ですらあります。
難しいかもしれませんが、そうした過剰報道のメディアの記事はできるだけ無視をするしかないというのが現状でしょう。
誹謗中傷は違法行為であるという認識を広める
また、誹謗中傷をしたユーザーに対しても、厳しい言葉で攻撃をしてしまっては、相手と同じ行為になってしまうのでお勧めできません。
ただ、誹謗中傷に対して効果があると考えられるのが、自らの投稿を誹謗中傷と認識していない人に、誹謗中傷であるということを理解させることです。
ネットの誹謗中傷の問題が大きく日本でも注目されたのは、2020年に木村花さんが亡くなった悲劇の事件がきっかけです。
その後、木村花さんの母である木村響子さんの活動もあり、誹謗中傷に対する罰則の強化など、誹謗中傷対策は少しずつ進んできています。
参考:木村花さんの悲劇から1年。誹謗中傷を減らすために私たちができること。
しかし、まだまだ多くの人がそうした変化を認識せずに、誹謗中傷行為を繰り返しているのが現状のため、実はそうした誹謗中傷の違法性や問題を本人に認識させることによって誹謗中傷を止めることができるケースは多くあります。
最近、ジャニーズの性加害問題において、ネット上の誹謗中傷に苦しんでいた当事者の会の男性が亡くなったという本当に残念なニュースがありましたが、そのニュースの中でも、ネットの誹謗中傷対策を行うNPO「ビリオンビー」の活動が紹介されています。
参考:【元ジャニーズ】「お金儲け」「嘘つき」ネット上で誹謗中傷も…“当事者の会”男性死亡「本当にごめんね」家族に遺した手紙【報道特集】
NPO「ビリオンビー」の代表の森山さんによると、投稿者に書き込みを監視しているというメッセージを送ったり、弁護士が何らかの罪にあたると指摘したりした場合にはそうしたことを指摘することで、9割近くの誹謗中傷が止まるということでした。
当然、一般人が、直接誹謗中傷を行っているユーザーに指摘をするのはリスクもありますので、悪質なものはこうした専門家や法的機関に相談した方が良いのは間違いありません。
ただ、身近な友人や知り合いが誹謗中傷に近い投稿をしているのを見たら、止めてあげることはできるはずです。
そうして、1つずつネガティブなスパイラルのエネルギーを減らすことぐらいしか、今の私たち個人にできることはないのが現状でしょう。
いずれにしても、今回の羽生さんが陥った「負のスパイラル」は、決して羽生さんのような著名人だけの問題ではありません。
これ以上、こうした「負のスパイラル」による被害者が増えないように、日本社会全体でメディアの過剰報道や誹謗中傷の「負のスパイラル」の問題を考える必要があるように感じます。