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七夕豪雨と「ちびまる子ちゃん」がいつも小学3年生である理由

饒村曜気象予報士
七夕イメージ(写真:アフロ)

気象庁では、昭和43年8月からアメリカの軌道気象衛星(「エッサ」など)の画像を受信し、日々の天気予報業務に使っています。静止気象衛星「ひまわり」を打ち上げ、本格的に宇宙から観測を始める9年前の話です。

二つの熱帯低気圧を結ぶ長大が雲

アメリカの軌道気象衛星の画像を使いはじめると、すぐに、これまで知られていなかったパターンの豪雨が見つかりました。南北に二つの熱帯低気圧(台風)があるとき、その間に、この二つの熱帯低気圧を結ぶように、長大な帯状の雲が現れるときの豪雨です(図1)。

図1 飛騨川豪雨や七夕豪雨のときの長大な帯状の雲
図1 飛騨川豪雨や七夕豪雨のときの長大な帯状の雲

南北の熱帯低気圧(台風)は2000km以上も離れているにもかかわらず、それを連結する帯状雲の幅が200km程度と、非常に細長い帯状の雲が現れることがあります。この帯状雲が長時間継続し、その帯状雲が動かずに1カ所に留まると、そこでは記録的な雨量となります。

昭和43年8月17日に発生した飛騨川豪雨、その6年後の昭和49年7月7日に発生した七夕豪雨がそれにあたります。

宇宙からの観測で、大雨をもたらす雲の様子が詳細にわると、予報技術が飛躍的に向上しました。そして、昭和52年になると、静止気象衛星「ひまわり1号」が打ち上げられ、その後も機能が進化した後継機が順次に打ち上げられいます。

「ちびまる子ちゃん」と七夕豪雨

さくらももこの人気漫画「ちびまる子ちゃん」は、作者の小学校(静岡市の清水入江小学校)の思い出を軸に描かれています。

私は勝手にちびまる子ちゃんの設定が、いつも小学校3年生なのは、作者自身の強烈な体験をしたのが小学校3年生であったからと思っています。実体験が多いと言われる初期の作品に「まるちゃんの町は大洪水の巻」があります。

小学校や友達の家が浸水したまるちゃんに「わたしは町が海になったこの日のことは本当に忘れられない 見慣れた町のウソみたいなあんな光景は幼心にものすごいショックであった」と言わせています。

このときの豪雨が、昭和49年7月7日、七夕(タナバタ)の日に静岡市と清水市(合併して静岡市)を襲った、通称「七夕豪雨」です。

東シナ海を北上してきた台風8号が対馬海峡にすすみ、その東側から九州の南海上に伸びる帯状雲ができ、この帯状雲が静岡市・清水市では動きませんでした(図2)。このため、静岡地方気象台では、最大1時間雨量83.0ミリ、最大24時間雨量508.0ミリを観測しました。このときの24時間雨量は、現在も歴代1位の記録です。それも、2位が平成16年の368.0ミリですからダントツの1位の記録です。

このため、安倍川や巴川が氾濫し、土砂崩などで死者27人、浸水家屋2万6000棟等という大きな被害が発生しました。

図2 昭和49年7月7日9時頃の気象衛星「ノア4号」による可視画像の合成図
図2 昭和49年7月7日9時頃の気象衛星「ノア4号」による可視画像の合成図

勾配がゆるやかな巴川

徳川家康が若い頃に今川家の人質となり、晩年はそこで過ごしたという静岡市中心部にある駿府城は、西側には南アルプスを水源とする水量が豊富な安倍川があり、天然の要害となるとともに、生活に必要な水は不自由しない場所でした。加えて、駿府城の東側には天然の良港である清水湊まで続く巴川が流れていました。その巴川は勾配が緩やかであったため、清水湊に陸揚げされた各地からの物資は、容易と駿府城下まで運ぶことができ、駿府城下を発展させてきました。

しかし、この勾配がゆるやかという巴川の特徴は、洪水が発生しやすく、また洪水が発生すると長引くという、七夕豪雨における被害拡大の要因でした。

こんため、七夕豪雨をきっかけに巴川では氾濫防止のため大谷川放水路が作られています(平成11年完成)。

夜空のデートは雨が心配

七夕(7月7日の節句)は、一年に一度、戻って来る祖先の霊に着せる衣服を機織りして棚に置いておく習慣、つまり「棚機」からきているとい言われれています。これに、中国から伝わった織女(おりひめ)と牽牛(けんぎゅう)の伝説が結び附けられ、七夕は、天の川を隔てた織女星(こと座のベガ)と牽牛星(わし座のアルタイル)が、年に一度の逢瀬を許される日とされています。

七夕前日の7月6日に降る雨を「洗車雨」と言われるのは、牽牛が牛車を洗ったために降る雨とされているからです。また、七夕当日の7月7日に降る雨を「催涙雨」と言われます。会えなかったときに流す涙という意味と、会えたあとの別れの時に流す涙という2つの意味があるとされています。

旧暦の7月7日は梅雨明けが終わって晴天の可能性が高いのですが、新暦の7月7日はほとんどの地方で梅雨がまっさかりです。年に一度のデートを楽しみに車を洗っても、当日は雨でデートが中止となることが少なくありません。

それどころか、七夕豪雨のように、梅雨梅雨末期の大雨が降る可能性さえあります。

現代の七夕は、星空を見上げて感傷にひたりやすい季節ではなく、雨空を見上げて心配することが多い季節に行われる行事です。

今年の七夕は、本州付近にある梅雨前線の活動は弱く、北陸や東北では雲が多いものの、そのほかの地方では晴れのところが多くなっています。七夕豪雨のようなことはなさそうですが、全国的に大気が不安定であり、所によっては雷雨の可能性もある七夕となっています。

図の出典:岡林俊雄・黒崎明夫(1976)、気象衛星写真の解釈と利用特集、海の気象、海洋気象学会。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2024年9月新刊『防災気象情報等で使われる100の用語』(近代消防社)という本を出版しました。

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