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オスカー戦線:まさかの「デッドプール」が急浮上。現状、「沈黙」「ラビング〜」をリード

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
妻ブレイク・ライヴリー同伴でゴールデン・グローブに出席したライアン・レイノルズ(写真:REX FEATURES/アフロ)

華々しい北米デビューを果たしてからほぼ1年、「デッドプール」が再び話題に上っている。それもなんと、オスカーがらみという、本来ならまったく関係ないはずの部分でだ。

「デッドプール」は、先週のゴールデン・グローブでも作品部門にノミネートされていた。だが、ゴールデン・グローブは、作品部門を「ドラマ」と「ミュージカルまたはコメディ」に分け、それぞれに5作品をノミネートする。賞狙い作はシリアスなドラマが多いため、「ミュージカルまたはコメディ」のほうは比較的競争がゆるく、昨年も、メリッサ・マッカーシー主演の「Spy(日本未公開)」や、エイミー・シューマー主演の「Trainwreck(日本未公開)」など、あくまで娯楽を狙ったコメディがノミネートされている。また、ゴールデン・グローブは、オスカーの投票者と、もともとまるきりかぶらない。

今週になって、プロデューサー組合(PGA)賞のノミネーションが発表されると、フロントランナー3作品「ラ・ラ・ランド」「ムーンライト」「Manchester by the Sea」と並び、「デッドプール」が入っていて、人々はちょっと驚いた。それでも、PGAはお高くとまったオスカーと違い、過去にも「007 」や「スター・トレック」を候補に入れている。これらは結局、オスカーにはノミネートされず、「デッドプール」も同じパターンかと思われた。

だが、西海岸時間昨日(12日)、監督組合(DGA)賞のノミネーション発表が発表されると、その勢いは否定できないものとなる。最も重要な「劇場用長編映画」部門ではないものの、「長編映画初監督」の部門に、「デッドプール」のティム・ミラーが食い込んだのだ。「デッドプール」は、脚本家組合(WGA)賞にも候補入りしており、これらよりずっと地味な、編集、メイクアップ、キャスティングなどの組合の賞にも、こっそりと候補入りしてきている。

組合系賞ノミネート制覇数は「ラ・ラ・ランド」と同点

PGA、DGA、SAG(映画俳優組合)には、アカデミーの投票者とかぶる人々が多く含まれ、これらの賞はオスカー予測の鍵となる(WGAは、オスカーと資格に関するルールがかなり異なるため、あまり当てにならない)。今のところこの3つ全部のノミネーションを制覇しているのは、「ムーンライト」と「Manchester by the Sea」。「ラ・ラ・ランド」はSAGのアンサンブル部門候補入りを逃しており、2つ制覇だ。「デッドプール」は、その意味で同点である。アワードシーズン前半戦で期待されていた「沈黙ーサイレンスー」「ラビング 愛という名前のふたり」「ハドソン川の奇跡」「20th Century Women」らは、いずれもゼロだ。

とは言っても、アカデミーの投票者を考慮すると、口の悪い奇抜なスーパーヒーローの映画が作品部門に候補入りする可能性は、かなり低いと思われる。たとえば、昨年は、高い評価を集めていたヒップホップ音楽の伝記映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」が、オスカー候補入りを逃した。高齢で白人の男性が圧倒的な数を占めるアカデミーの会員は、そもそも、そういう映画を見ないのだ。

昨年のノミネーション発表後に爆発した“白すぎるオスカー”論争を受け、アカデミーは、例年にない683人という多数の新会員を招待し、意図的にマイノリティ、女性、若い人を増やした。それでも、それら新会員は全体の10%程度を占めるに過ぎず、投票者の顔ぶれがはっきり変わってくるには、あと何年もかかると考えられている。

もっとも、主演兼プロデューサーのライアン・レイノルズは、完全に勝負を捨てるつもりはない。昨日、レイノルズは、自分のツイッターに、「デッドプール」にあなたの一票をと呼びかけるキャンペーン広告を投稿した。

おふざけは「デッドプール」の得意技で(バレンタインデーを北米公開日に選んだのもそのひとつ)、この広告も、単にその延長線上だろうが、その背後には、こんな冗談を言えるところまで来たという、レイノルズの感慨があるようだ。Deadline.comに対し、レイノルズは、オスカー有力候補と言われている映画はどれもすばらしいとした上で、「そんな会話に加えてもらえるなんて、信じられないよ。本当に、狂っているよね。撮影している時、そんな可能性はまるきり考えなかった。ヒットしてからもだ。公開されたのは2月なのに、まだこんなところで語られるなんて。この映画ではすばらしい思いをさせてもらってきたが、さらに美味しい部分を味わわせてもらった気分」と語っている。

候補入りしてもしなくても、野望はすでにかなった

レイノルズは、「デッドプール」の実現に14年を費やしてきた。その間、「People」誌の「生存する最もセクシーな男」に選ばれるほど注目された時期もあったが、大型予算をかけた「グリーン・ランタン」(2011) をはじめ、いくつかの映画が立て続けに失敗したことで、キャリアはすっかり落ち目になっていた。そこから救ってくれたのが、スーパーヒーロー映画にしては相当に低予算の5,800万ドルをもらって製作した「デッドプール」だ。映画は、R指定のコメディ映画で史上最高の北米興行成績を記録し、昨年の北米ヒット映画の6位に輝いたほか、全世界でも7億8,300万ドルを売り上げている。昨年、北米公開後、日本公開前に筆者がL.A.でインタビューした時、レイノルズは、「ファンには気に入ってもらえるだろうと思ってはいたが、ここまでになるとは思わなかった。僕は25年間もプロとして俳優をやってきたから、時には時間がかかったせいでむしろ良い結果を招くこともあると、わかってはいたよ。だから、やりたい時にやれなくても、望みを捨てずにがんばり続けなきゃと思ってきたんだ。俳優には、自分を定義する役というのがある。それはマクベスかもしれないし、ハムレットかもしれない。僕の場合は、デッドプールだった。これ以上、自分に向いている役はないと、僕は信じてきたのさ」と、熱く語ってくれている。

続編の製作準備はすでに始まっており、新しい監督も決まった。オスカー候補入りは高すぎる望みだったということになったにしても、業界関係者からここまで評価されたという事実がわかった今、レイノルズと彼のチームは、次の作品をさらに良いものにしようと、士気を一層高めるだろう。それはまた、新たなジョークのネタを生むきっかけになるかもしれない。どんなことも笑いにしてしまえるのが、「デッドプール」の強みなのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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