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なぜコカインの現物が未発見なのにオリンパス前社長への譲渡容疑で男を逮捕?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ロイター/アフロ)

 10月28日付で辞任した大手精密機器メーカー・オリンパスの前社長にコカインやMDMAを譲り渡していたとされる自称カメラマンの男が逮捕された。黙秘しているという。前社長の自宅などからはコカインなどの現物が発見されていない。それでも「麻薬特例法」による立件は可能だ。

どのような事案?

 報道によれば、次のような事案である。

「2022年9月~今年2月ごろに複数回、東京都内でコカインやMDMAとみられる薬物をカウフマン前社長に譲り渡した疑い」「1回あたり、コカインは0.1~0.2グラム、MDMAは1錠を渡していたという」

「警視庁は4月、2人の薬物疑惑に関する匿名の通報を受け、捜査を開始」「容疑者は6月、自宅の家宅捜索で覚醒剤が押収されたことから、覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕され、執行猶予つきの有罪判決を受けた」

「9月には、同社にカウフマン氏の薬物疑惑に関する手紙を送っており、同社から警視庁に相談があった」

「警視庁は6月にカウフマン氏の自宅も家宅捜索したが、薬物は見つからなかった」「容疑者がカウフマン氏を脅迫していた可能性もある」

朝日新聞 2024/11/8(金)

 「譲り渡した」という言い回しだと無料であるかのようなイメージを抱く人もいるかもしれないが、代金支払いの有無を問わず、法律上は同じ譲り渡し罪となる。今回の立件のポイントは、この報道で「コカインやMDMA『とみられる薬物』」とされている点だ。

「物なし」事案も立件できる

 すなわち、最高で懲役7年である「麻薬及び向精神薬取締法」の譲り渡し罪や譲り受け罪、所持罪などに問うためには、売買された物が間違いなくコカインやMDMAだったという客観的な立証を要する。使い果たされていて現物が残っていなければ鑑定できず、立証は困難だ。

 それでも、規制薬物の蔓延を阻止する必要性は高い。そこで麻薬特例法には、要件を大幅に緩和した特別な犯罪が設けられている。コカインやMDMA、覚醒剤などの譲り渡しや譲り受け、所持といった薬物犯罪を行う意思をもって現に「薬物その他の物品」を規制薬物として譲り渡すなどすれば、それだけで処罰されるというものだ。

 本人が本物だと認識していれば足りるので、「その他の物品」にはコカインだったか否か不明な場合のほか、全くのニセモノも含まれる。もともとは税関検査などで規制薬物が発見された際、塩や砂とすり替えて配達させ、受け取った者を検挙する「泳がせ捜査」のために設けられた規定だが、今では今回のような「物なし」事案の立件の際に積極的に活用されている。

 ただし、現物が残っていない分だけ、刑罰は懲役2年以下と格段に軽い。警察は男が前社長を脅すとともにオリンパス側に情報提供したのではないかとみている模様だ。男からコカインなどを購入したと認めているという前社長も、在宅のまま麻薬特例法違反で立件されるのではないか。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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