打ち上げられた「みちびき4号機」と自動運転の技術
三菱重工と宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は、10月10日午前7時01分37秒に「みちびき4号機(準天頂衛星)」を搭載したH-IIAロケット36号を種子島の宇宙センターから打ち上げた。準天頂衛星の「みちびき(QZSS、Quasi-Zenith Satellite System)」はすでに2010年9月に1号機(準天頂)、2017年6月に2号機(準天頂)、2017年8月に3号機(静止)が打ち上げられている。4号機の打ち上げ成功により、24時間、日本上空にいずれかの「みちびき」がとどまる4機体制を構築できる。
「みちびき」とは何か
この「みちびき」とは、準天頂軌道の衛星が主体となって構成される日本独自の衛星測位システム(※1)のことだ。アジア太平洋地域と日本近傍の測位をする。4号機の「みちびき」衛星はJAXAの宇宙センターから打ち上げられたが、実はすでに「みちびき」の運用は内閣府へ移管されている。
2016年4月1日に閣議決定された内閣府の「宇宙基本計画」で、準天頂衛星「みちびき」は2018年に4機体制、2023年には7機体制に整備される予定だ。初号機の打ち上げの2010年から技術的な改良が加えられ、今回の4号打ち上げで実用化に向けた最初の段階へ移行する。初号機からの主な改良点としては、時刻の安定度を向上させるために原子時計を増やしたり、姿勢安定性を高めるために太陽電池パネルを減らしたりしたようだ。
公表されている測位衛星の軌道情報をもとに、任意の時間・任意の場所における衛星の天球上の配置(コンステレーション)を画面上に再現するソフトウェア「GNSS View」による「みちびき4号機」のあり(左)なし。中央やや下の丸のピンクのポイントが「みちびき4号機」。東京から可視のQZSS(4機体制)とGPS(L1C/A、L2C、L5)の測位衛星(2017/10/10 00:14)。
「みちびき」のL6信号と測位システム
一方、三菱電機は9月26日のリリースで、衛星からの信号で自動車の自動運転の実証実験を開始する、と発表した。この衛星とは今回の「準天頂衛星みちびき」など、信号は「CLAS(Centimeter Level Augmentation Service、センチメータ級測位補強サービス)信号」を使う。
三菱電機のリリースに出てくる「CLAS信号」とは、民生用の測位信号である「L6(初号、LEX)信号」のことだ。日本の測位衛星「みちびき」で使われている信号の種類であり、その名の通りセンチメータ級の測位が可能となる。
また「みちびき」で使用されるL6以外の信号は、GPS互換(L5、L2C、L1C/A)となっている(※1)。さらに、静止衛星である「みちびき3号」にはこれに加え、災害時などの安否情報を送受信するSバンド通信が搭載されている。
人工衛星による位置情報を取得するなどの測位サービスでは、米国の「GPS(Global Positioning System、31機、全球モデル)」やロシアの「GLONASS(Global Navigation Satellite System、グロナス、24機)」などがある。高品質な測位を保持するためには衛星の数は多ければ多いほどいいが、GPSの運用は米国なので日本が勝手に衛星を増やすことは難しい。
GPS互換の測位信号を使う測位衛星を独自に打ち上げ、GPSと合計で常時可視となる衛星数を増やそう、というのが「みちびき」の発想だ。これにより2023年以降、GPS衛星と合わせ、常に10機から12機が仰角20度以上の可視域に浮かんでいることになる。また、7機体制になれば、GPS衛星に依存せずにすむ測位システムが構築されるだろう。
3号機は静止衛星でインドネシア上空にいる。4機体制の場合、準天頂衛星であるほかの3機は、南北非対称の「8の字」を描きながら移動するように見える(実際は地球の一点が地軸の傾きにより8の字を描く。高度は約3万6000km)。また、測位衛星はなるべくばらばらに散らばっていたほうが測位精度(DOP、Dilution of Precision)を上げやすいとされる。出典:「ファン!ファン!JAXA!」のHPより。
センチメータ級の測位サービスが実現
そもそも測位衛星は地球上の緯度経度標高といった「ある点」の情報しか示さない。その点が地図上のどこに当たるのかは、また別の地図情報と照らし合わせる必要がある。
測位衛星システムであるGPSなどは、電波の周波数が長いので地球上では10m前後の誤差が生じる。これを同じ周波数を使いつつ、cm単位(センチメータ級測位)にまで精度を上げるためには、これまでとは異なった測位技術が必要となる。
JAXA運用の初号機では、国土地理院が全国の約1300カ所に設置している「電子基準点」を利用した。国土地理院には、火山や地震による地殻変動を計測するための「GNSS連続観測システム(GEONET、GNSS Earth Observation Network System)」があり、「みちびき」はこの座標を補強情報として使うことで精度の高い測位が可能だ。たくさん設置された電子基準点が「みちびき」からの電波を受信し、補強信号によるデータ情報を補完することでcm単位の精度にまで測位できたのと同時に、1分以内(受信に約30秒、位置誤差の修正に約30秒)の応答ができる(※2)。
さらに、追跡管制局を含むこれら衛星システムに加え、データの収集と把握、サブメータ級・センチメータ級補強信号のための地上監視局の設置をする。地上系のシステムは、常陸太田と神戸2カ所の「主管制局」、種子島や沖縄、宮古島など7カ所の「追跡管制局」が中心になり、各局はすでに設置済みだ。
前述した三菱電機の自動運転の実証実験だが、すでに高速道路で始まっている。これは「みちびき」によるセンチメータ級測位補強サービスであるCLAS信号を高精度な3D地図情報と統合した技術で、自動運転の実用化に向けた世界初の実験と言う。また、一部報道によれば、内閣府は同じシステムを使い、自動運転のバスを沖縄の公道で走らせる実証実験をするようだ。このバスはCLAS信号を受け、6cm単位での運行を目指す、と言う。
三菱電機のCLAS信号を使った自動運転の実証実験の概念図。地上システムや国土地理院の電子基準点からの補強情報を「みちびき」からのCLAS信号と統合し、その高精度の測位情報を地上の座標を求める3D地図情報と照らし合わせ、自動車などの移動体の自動運転に利用する。出典:三菱電機のリリースより。
準天頂衛星「みちびき」による測位サービスは、4機体制では災害危機管理・安否確認などができるようになるものの、GPSの補完補強がなければ期待される機能を十二分に果たせない。また、L6信号を受信するためには専用の受信機が必要だ。本格的に実用化されるのは7機体制になる2023年以降だろう。
だが、4機体制でもセンチメータ級の測位が可能で、すでにトラクターなどを無人で稼働させるIT農業も実験段階(北大)に入っている。移動体の自動運転技術については、AI(人工知能)の発展のみならず、正確な位置情報の取得が重要になる。今回、打ち上げられた「4号機」で4機体制が整った「みちびき」は、これからの移動体インフラを大きく変える、まさに導き役となるだろう。
※参考:JAXA「ファン!ファン!JAXA!」の「『みちびき』7つのカン違いに答えます」。
※1:こうした測位サービスを総称して「GNSS(Global navigation satelite system)」と言うが、日本版のいわゆるGPSが「みちびき」衛星システムである「QZSS(Quasi-Zenith Satelite System)」となる。
※2:佐藤友紀、宮雅一、藤田征吾、廣川類、「センチメータ級測位補強サービスでの測位衛星の選択的補強」、測位航法学会論文誌、Vol.7, No.2, 11-20、2016