Yahoo!ニュース

カド番に追い込まれた豊島将之九段、名人戦第4局で待望の初勝利! 藤井聡太名人への連敗も12でストップ

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月18日・19日。第82期名人戦七番勝負第4局▲豊島将之九段(34歳)-△藤井聡太名人(21歳)戦がおこなわれました。

 18日9時に始まった対局は19日20時49分に終了。結果は95手で豊島九段の勝ちとなりました。

 豊島九段は3連敗でカド番に追い込まれたあと、待望の1勝をあげています。

 両者の通算対戦成績は藤井25勝、豊島12勝となりました。豊島九段は対藤井戦の連敗を12でストップしました。

豊島「かなり連敗してしまっていましたけど、内容的には途中までチャンスがある将棋もあったので。わるかった点を反省して、やっていけたらなというふうに思っていました」

 第5局は5月26日・27日、北海道紋別市・ホテルオホーツクパレスでおこなわれます。

豊島「(第4局の)内容は精査してみないとわからないんですけど。5局目につながったので、そこはよかったかなと思います。すぐ次がまたあるので、体調、コンディションを整えて、自分なりに精一杯やりたいと思います」

藤井「またすぐにあるので、気持ちを切り替えてがんばりたいと思います」

別府対局

 大分県別府市で名人戦の対局がおこなわれるのは、大山康晴名人に升田幸三八段が挑戦する1953年の第12期名人戦以来、71年ぶりでした。当時の観戦記は次のように始まります。(かっこ内の名前表記は引用者による)

大山連勝のあとを受けた名人戦第3局は、5月11日午前9時から別府温泉の高台杉乃井ホテルで升田先番で開始された。南西は山フトコロにまたがり、東は眼下に別府の市内と湾を一目に見下す。新緑を渡る古松の青アラシはひとしおすがすがしく遅咲きのツツジが鮮やかだった。定刻少し前立会人の渡辺(東一)名誉会長が記録係賀集(正三)三段、加藤(一二三)二段を伴ってまず入場、続いて升田がさっそうと現われて下座に着き、2分遅れて大山も登場、上座に着く。
(観戦記、仏法僧『将棋名人戦全集』第4巻)

 この一局は升田八段が勝利。そのあとの第4局、第5局では大山名人が勝って、4勝1敗で防衛を果たしています。

 記録係の一人は、当時関西奨励会に在籍していた加藤一二三二段(13歳)でした。加藤現九段は大分県の隣り、福岡県の出身です。

 本局で立会、副立会を務めた深浦康市九段、佐々木大地七段は長崎県出身。もう1人の副立会、豊川孝弘七段は現在福岡県出身で、九州対局らしい顔ぶれとなりました。

深浦「定刻になりました。挑戦者・豊島九段の先手番ではじめてください」

 午前9時。深浦九段の合図で両対局者は「よろしくお願いします」と一礼。持ち時間9時間の対局が始まりました。

先手・豊島九段、横歩を取らせる趣向

 豊島九段は初手、7筋の歩を突いて角筋を開きます。

 対して藤井名人は湯呑みを手にしてお茶を飲み、2手目、飛車先の歩を突きました。

 関係者や報道陣はここで退出。かなり以前のタイトル戦では、あとはしばらくゆったりした時間が流れていたところですが、現代では最序盤から目が離せません。

 毎局ごとに工夫を凝らした作戦を披露する豊島九段。本局では3手目で、右端の歩を突きました。

横山「いや、これは驚きましたね」

 ABEMA解説の横山泰明七段は、本当にびっくりしたという感じで声を挙げていました。いかに研究の深い藤井名人であっても、この進行は予想していなかったでしょう。

 藤井名人は手を止め、時間を使うこと4分。4手目、角筋を開きました。

 端歩を考慮に入れなければ先後が替わった形で、豊島九段は横歩を取らせる趣向に出ました。

豊島「3手目に▲1六歩を突く将棋で指そうと思っていて。そのあとは横歩取りになるか。全然違う展開もあり得るので。そんなに深く準備できていたわけではなかったですけど」

 ともすれば端歩は、全体的な形勢に影響を及ばさないこともありますが、本局ではこの端歩が、豊島九段に有利にはたらく変化が多く見られました。

 19手目、豊島九段は自陣に飛車を引き上げます。この段階ですでに、過去の一切の前例からは離れたようです。

藤井「(20手目)△7四飛車と引いた段階では本譜のような展開、うーん、難しいのかなと思っていたんですけど」

 25手目、豊島九段は藤井陣にできたスキに角を打ち込みます。大乱戦をも含みとして、1日目昼食休憩に入りました。

 29手目、豊島九段は打った角を切り捨てて金と刺し違え、手にしたばかりの金を打って、藤井名人の飛をとらえます。対して藤井名人は飛と銀を刺し違えて、馬を作りました。観戦する側の立場では、こんな面白い進行はありません。一方、指す側はどちらも大変でしょう。

豊島「1日目は、歩を2枚損して馬を作られているので、ちょっとどうかなと思ったんですけど。まあでも飛車を手持ちにしていて、後手もけっこういやなところがあるのかなと思いました」

藤井「進んでみると、やっぱりこちらの玉形がかなり乱れていて、まったく自信がない気がしたので。そのあたりの判断が少し甘かったかなということは、思っていました」

 現代のタイトル戦、たとえば2022年王座戦第2局(千日手局)▲豊島将之挑戦者-△永瀬拓矢王座戦など、角換わりで両者の研究が一致すると、一気に百手近くまで進むこともあります。そうした例にくらべれば、本局は比較的手数は進んでいません。しかしどちらかが致命的なミスをすれば、あっという間に終わってしまう可能性もあります。

 1日目夕方、豊島九段が手の広い局面で39手目を封じて、指し掛けとなります。ここまで、豊島九段の趣向がうまくいき、不満のない進行にも見えました。

藤井名人、さすがの辛抱

 タイトル戦2日目の朝。両対局者は記録係の棋譜読み上げの声に従って前日の指し手を並べたあと、立会人が封じ手を開封します。

 封じ手用紙を収めている封筒は、二重構造になっています。そのため、内と外の封筒の間に封じ手用紙が入れられ、立会人が用紙を見つけられずに焦るというハプニングが2019年の名人戦でありました。

 本局、立会人の深浦九段は2通の封筒にはさみを入れたあと、とどこおりなく封じ手用紙を取り出します。豊島九段は左側の桂を丸で囲み、三段目まで矢印を引いていました。

深浦「封じ手は▲7七桂です」

 豊島九段が桂を跳ねて、2日目の戦いが始まりました。藤井名人も予期していたか、こちらも足の速い桂を跳ねて、豊島九段の動きに備えます。

 そしてまた手の広い局面。豊島九段には受けと攻め、どちらの方針も考えられました。

 消費時間は44分。豊島九段は三段目に跳ねたばかりの桂を、さらに勢いよく五段目へと跳ね出していきました。もうあと戻りはできません。

豊島「▲6五桂、なんか仕方がないのかなという気がしたんですけど」

 藤井名人もまた、受けるか攻めるか悩ましい。ここでしばらく手が止まります。

 消費時間は1時間40分。藤井名人は長考の末、こちらも桂を跳ねて攻め合いに出ました。

藤井「やっぱり、陣形にキズが多くて、受けに回っても、受けきれないかなという気がしたので。△2五桂で攻め合いにいったんですけど。▲6五桂までやっぱり跳ばれてしまっている形なので。ちょっと無理気味なんだろうなとは思っていました」

 豊島九段の桂が盤上の中央あたりなのに対して、藤井名人の桂は右サイドに寄っています。「駒は中央に」というセオリーからすれば、桂の位置の分だけ、豊島九段に利があります。

 ここからしばらく、豊島九段は藤井名人の攻めを受け続けました。形勢はわずかながらも豊島九段リードです。

 しかしここからの藤井名人の指し回しがさすがでした。王者は逆境に陥ったところで、その真価を発揮します。50手目、藤井名人はじっと玉を中央に寄せて、豊島九段に手を渡しました。自分から崩れるような手は指さない。さすがは八冠をあわせもつ名人、という場面でした。 

豊島「△2五桂と跳ねられて、なんか▲2八飛車とかわした手とか、あと△5二玉の局面とかで、なんかもうちょっといい手があったかもしれないんですけど。そうですね、ちょっとわからなかったです」

 豊島九段は7筋に歩を打ち捨てて藤井陣の城壁を開かせたあと、左端9筋に角を放ち、できた隙間を通して、藤井陣の奥深くに利かせていきます。

 対して藤井名人は自陣一段目、もともと金のあった場所に金を打って、粘りに出ました。このあたりのやり取りで、形勢は藤井名人が押し戻しています。

藤井「△6一金と打って、すぐに負ける形ではなくなったんじゃないかなとは思っていました」

 そして17時。形勢ほぼ互角の局面で、2日目夕方の休憩に入りました。

豊島「金を打たれてけっこうしっかりした形になってしまったので。その前にもうちょっといい手を指したかったんですけど。具体的な手がわからなかったという感じでした。確かに(検討されていたという)▲8六角の方がよかったのかもしれないんですけど。でもなんか歩を1歩捨てて、そこに角を打つのもどうなのかなと思ったので。でもなんかあんまりいい手が指せてなかったような気がしました」

豊島九段、終盤で競り勝つ

 夜戦に入ってからは、形勢不明の進行が続きます。

豊島「その前に失敗したと思っていたので、なんかまずい手があっても仕方ないかなとは思っていました。△5二玉と寄られたところとか、△4七角と打たれたところとかの選択でちょっとミスしてしまったのかなと思っていたので」

 61手目、豊島九段は盤上中央に飛を打ちます。持ち駒の飛を打つのは、なかなか現れない符号。藤井玉の上部から圧をかけつつ、藤井名人が前に跳ねた桂取りになっています。

藤井「△6二銀に▲5五飛車と打たれて、そこからどんどんわるくなってしまったので。ちょっとその前後の手順で、もうちょっと工夫が必要だったかなとは思います」

 豊島九段は2枚の飛で藤井名人の攻め駒である桂と銀を取ります。このあたりで再び、豊島九段が優位に立ったようです。

豊島「(77手目)飛車を4筋に2枚並べて、自陣が、王さまを左辺に逃げていける展開になったので。その辺はいけるかなと思いました」

 非勢に陥った際には、わかりやすくがっかりした表情を見せる藤井名人。しかしその名人を相手に勝ち切るのは、そう容易ではありません。

 豊島九段は1枚の飛を銀と刺し違え、決めに出ます。第1局、第2局では終盤勝機がありながら、逃してしまった豊島九段。本局では誤らず、ゴールへと近づいていきます。

豊島「(勝ちを確信したのは)けっこう最後の方ですけど。(91手目、金取りに)▲2一角と打ったあたり」

 豊島九段は2枚目の飛車を取らせる間に、寄せ形を築きます。本局では豊島九段が31手目に中段に打った金が、終始よくはたらきました。95手目、豊島九段はその金を前に進め、藤井玉の逃げ道をふさぎました。

 茶碗を手にして、お茶を飲む藤井名人。

記録「残り6分です、30秒」

 その声を聞いて少ししたあと、藤井名人は頭を下げ、投了の言葉を告げました。

藤井「負けました」

豊島「ありがとうございました」

 豊島九段は対藤井戦の連敗を12、今年度公式戦の連敗を6で止めました。

豊島「連敗はしていたんですけど、自分なりに全力を出し切って、なんとか次、5局目につなげたいという気持ちで指していましたので」「2日目に入って、自分の感覚的にはやれそうな局面から、またなんか難しい感じになってしまったので。わるい手を指してしまったか、感覚がおかしかったらどっちかだと思うので。あまり手応えとしてはちょっとわからないですけど。精査してみないとわからないんですけど、手応えとしてはそんな感じで。途中で、感覚がずれてたか、なにか悪手をやってしまったのかなというふうに思いました」

 現在の世界最強ソフト「お前、CSA会員にならねーか?」で解析した結果では、形勢の推移は次のようなグラフになります。

 先手の豊島九段が一度追いつかれながらも、そこで崩れず、再びリードを奪って、そこからは勝ちきったという一局でした。

 藤井名人の今年度成績は4勝3敗となりました。

 藤井名人が防衛を果たすのか。それとも豊島九段がさらに巻き返していくのか。名人戦第5局は5月26日・27日におこなわれます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の最近の記事