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この夏にも市場流通するといわれている「ゲノム編集」食品って、「遺伝子組み換え」食品とはどう違うの?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真はイメージです。ゲノム編集と直接的な関係はありません)(ペイレスイメージズ/アフロ)

■野菜というのは品種改良を何度も何度も重ねた植物

私たちの食べ物は、基本的に「他の生物の体(とその加工品)」である。人類は「質のいい食べ物」を得るために、他の生物(主として植物)の体を少しずつ変えてきた。一般的にこれを品種改良と呼んでいる(育種ともいう)。

たとえば、南アメリカのアンデス地区に自生していた小さくて猛毒のある芋を、何百年もかけて「毒が少なく」「大きく」「栄養豊かな」芋に変えてゆき、現代のジャガイモにまで改良した。ジャガイモに限らず、人類が改良に改良を重ねた結果できあがった植物のことを、私たちは「野菜」と呼んでいる。

野菜を改良する手段の基本は2つあり、その1つは「交配」だ。父と母(植物では「父」「母」とは言わないのだろうが)の「良いところ」を持って生まれた子ども同士を掛け合わせると、さらに「良いところ」を持った子が産まれる。その子同士を掛け合わせると、もっともっと「良いところ」を持った子が産まれる。このようにしてだんだん改良してゆくと、やがては「毒がなく」「大きくて」「栄養豊かで」「大量に収穫でき」「腐りにくい」等々の性質を持ったジャガイモができあがる。

しかし、この方法はとても長い年月を必要とする。わずかな改良に50年も100年もかかっていたのでは、研究を始めても自分は間に合わず、孫子の代にしかできあがらない。

■突然変異を利用する品種改良は「偶然頼み」

品種改良の2つめの手段は「突然変異」を利用する方法だ。育種中に(偶然)突然変異が起こると、何十年もかけずに、突然に「良いところ」を持った子どもが産まれることがある。交配のように長い年月を必要としない。この方法を利用した品種改良も、古今東西、かなり行なわれてきた(いまも行なわれている)。

ただし、突然変異は「自然に任せるしかない」ので、「良いところ」を持った子どもができる可能性も期待できるが、逆に「悪いところ」を持った子どもが産まれる危険性もある。「良いところ」を持った子どもを得るためには、ものすごく大量の育種を行なわなければならない。

突然変異で産まれた子どもを交配したり、交配中に予想していなかった突然変異が生じたりという「突然変異と交配の組み合わせ」もあるのだが、いずれにしても、長い年月と多くの費用、膨大なエネルギーを投入することになる。品種改良はそう簡単なことではないのだ。

■人工的な突然変異を起こして遺伝子を操作する品種改良法

農業でいう「品種改良」というのは、生物学的にいうと「遺伝子に変化が生ずる」ということである。生物の体(細胞)は遺伝子の命令によって「どんな体(細胞)になるか」が決まる。遺伝子に変化が生ずると、異なる細胞が産まれ、違う性質を持った生物が誕生する。これが、生物学的に見た品種改良だ。

ところで、細胞を支配する遺伝子情報の全体をゲノムという。交配も突然変異も、ゲノムに変化を起こさせて新しい細胞(生物)を作る手段である。歴史的・経験的に長い間行なわれてきた、この「ゲノムに変化を起こす」という技術に、近年、まったく新しい技術が導入された。

それは「人工的な突然変異」を起こし、そこに「他の生物の遺伝子を組み込む」という技術だ。それが遺伝子組み換えだ。科学的経験に裏打ちされた、きわめて高度な技術を用いて、「良い性質をもたらす(遺伝子上の)場所」に、「良い性質をもたらす遺伝子」を(偶然にではなく)組み込む。

それによって、ある農作物(たとえばダイズ)に、今までは持ってなかった能力(たとえば「特定の農薬では枯れない」という能力)をもたらすことができる。きわめて画期的な技術であり、すでに実用化されてある。

■ゲノム編集は他の生物の遺伝子を加えない

ここへきて注目されているゲノム編集も、人工的に突然変異を起こし、ゲノムに変化をもたらす技術であることは遺伝子組み換えと変わりがない。ただし遺伝子組み換えとは異なり、他の生物の遺伝子は組み込まない。操作したい遺伝子を見定めて、その遺伝子に「変更を加える」技術だ。他の遺伝子を外から組み込むわけではないので、これまでの遺伝子組み換えとは分けて考えられており、名称もゲノム編集となった。

ゲノム編集も偶然に頼るわけではなく、豊かな経験と膨大な知識を駆使して、「特定の場所にある遺伝子をターゲット」にして、その遺伝子に「特定の変更をもたらす」というきわめて高度な技術だ。これを実現するために、「その操作を行なうために必要な道具(の役割をする遺伝子)」を、いったん外から持ち込むのだが、目的の遺伝子の変更がすんだらその道具(の役割をさせた遺伝子)は削除する。そのため、遺伝子組み換えとは異なり、新しい遺伝子が加わったり、今まであった遺伝子がなくなったりはしない。つまりは、ゲノムの「編集」をしただけなのだ。

■混乱があるにもかかわらず拙速にコトを運ぶべきではない

しかし「人工的に突然変異を起こし、ゲノムを操作する」という点では、遺伝子組み換えゲノム編集も同じだ。にもかかわらず遺伝子組み換えゲノム編集というまったくニュアンスの異なる言葉を使うのでは、消費者(専門家以外の人)は混乱する。

このような混乱を解消する前に、この夏にもゲノム編集食品が解禁され、市場に出回るという政策も進んでいるらしい。新聞によっては、政府はすでに「ゲノム編集食品の表示義務について検討を始めている」という報道もある。

遺伝子組み換え食品でさえ、安全性などに関して、まだ消費者の理解を十分に得られているとはいえない状況だ。まったく新しく耳にするゲノム編集の理解が進まないうちに、拙速にコトを運ぶと、市場に新たな混乱が生ずるのではないだろうか。

・この原稿は、2019年3月20日に東京で開催された「食生活ジャーナリストの会第8回勉強会(講師:筑波大学・生命環境系つくば機能植物イノベーション研究センター教授・江面浩氏&農林水産省消費・安全局農産安全管理課・課長補佐・古尾綾子氏)」の内容を基に執筆した。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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