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郷田真隆九段(50)早指し貫き叡王戦予選1勝 羽生善治九段(50)受けを誤り「羽生マジック」逸す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月5日19時。東京・シャトーアメーバにおいて第7期叡王戦・段位別予選九段戦▲羽生善治九段(50歳)-△郷田真隆九段(50歳)戦がおこなわれました。

 19時に始まった対局は20時53分に終局。結果は124手で郷田九段の勝ちとなりました。

 郷田九段はあと2勝で予選通過。対して羽生九段は本棋戦、早くも姿を消すことになりました。

 両者の通算対戦成績は、羽生56勝、郷田29勝となりました。

幻の「羽生マジック」

 振り駒の結果、羽生九段が先手。平日の夜19時から、持ち時間1時間の早指しの対局を観戦できるのも、叡王戦の特色です。

 戦型は角換わり。羽生九段は早繰り銀で攻めに出ました。対して郷田九段は腰掛銀から銀矢倉に組み換えて受けます。前例ある進行ながら郷田九段の指し手は早く、研究十分であるとうかがわせます。

 55手目。羽生九段は自陣中央に筋違い角を据えます。郷田陣の左右をにらむ好位置。対して郷田九段はすぐに6筋の歩を突きます。

郷田「(歩を)突くぐらいまでは考えてたんですけど」

 羽生九段は端1筋の歩を突き捨てて攻めました。その攻めが一段落したところで、郷田九段はもらった歩を使って反撃を開始します。

羽生「そうか・・・。けっこうまとめづらい形なんですね」

 郷田九段の歩は8六に伸び、8八玉を圧迫する拠点となります。郷田九段は△8七銀と打ち込み、王手をかけました。

 羽生九段は4分考えます。そして71手目。7九玉と引いて逃げました。常識的にはこの一手と思われます。対して郷田九段は8筋に桂を跳ね出し攻めをつなげ、羽生玉をかなり危ない形に追い込みました。時間とともに、形勢も郷田九段がリードを奪ったようです。

 感想戦。羽生九段は玉を引く代わりに、9七玉と上がる順を示しました。

羽生「でも本譜はさすがにここに出たら死にますよね?」

郷田「ああー。まさかとは思ったけど・・・」

 いかにも危ない形ですが、検討してみると、このかわしかたが意外に有力でした。

郷田「ありましたか。いやあ、あんまり考えてなかった」

羽生「さすがに・・・」

郷田「いやあ、もしかしたらとは思ったんですけど。ひえー、そこに上がる形は・・・。いや、全然考えてなかった(笑)」

羽生「まあそうですよね(笑)」

郷田「なるほど・・・。そうなのか・・・。へえ・・・。そういう手があるんですね」

羽生「そうか・・・。へえ・・・」

郷田「見たことない格好してますが。なるほど、そうか・・・。へえ・・・(笑)。ああ、そうですか。考えつかないですね。ちょっと考えられてたんで、もしかしたらとは思ったんですが」

羽生「うーん、そうか。いやいやいや、そうか」

 コンピュータ将棋ソフトは、その玉上がりを最善と判定しています。羽生九段がもしその手を指して勝っていれば「羽生マジック」と評されることになったかもしれません。

 83手目。羽生九段は底歩を打って粘り強くしのごうとしました。持ち時間1時間のうち、残りは羽生九段12分。対して郷田九段は38分も残しています。

 郷田九段は要所で少しずつ時間を使いながら終始決断よく次々と的確なパンチを浴びせ続けます。形勢は郷田九段優勢から勝勢で、終盤に入りました。

 110手目。郷田九段はきびしい王手飛車をかけます。決め手ともいえる厳しい攻め。ここで羽生九段は持ち時間1時間を使い切り、あとは一分将棋となりました。

 羽生九段は中段に玉を逃げ出し、なおも粘り続けます。対して郷田九段は冷静に対応。羽生玉を上下はさみうちの形にして寄せきりました。

 郷田九段は持ち時間を15分ほど残して、強敵羽生九段に勝利を収めました。

 三十年近く、ずっと第一線で戦い続けてきた両雄。感想戦も和やかに進みました。

 感想戦の終わり頃。羽生九段は9七の地点を2回指で叩きました。

羽生「玉、上がるしかなかったですね。いやあ、そうか。なるほど、そうなんですね」

 やはりそこが本局の大きなポイントだったようです。

郷田「こういう将棋なんですね、なるほど」

羽生「全然先がまったくどうなるか、よくわからなかったですけど」

 両者がそう言葉をかわし、一呼吸をおいて、感想戦も終わりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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