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古川本舗 より自由に、柔軟に――活動再開から一年、稀代のクリエイターがコロナ禍で手に入れた新しい自分

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/DONAI paris

古川本舗が11月24日、新曲「Ordinaries feat.古川亮」を配信リリースした。昨年、5年間の沈黙を破り個人事務所/レーベル「DONAI paris」を立ち上げ、活動を再開。2021年2月3日に6年ぶりとなるシングル「知らない feat.若林希望」を発表し、さらに3月10日には佐藤千亜妃をボーカルに迎えた新曲「yol」を配信リリース。その唯一無二の世界観は、ずっと応援し続け、復活を待ち望んでいたファンに加え、活動休止前の古川本舗を知らない新しいファンを熱狂させている。

これまで、曲ごとにフィーチャリングボーカルを変えるスタイルで、その世界観を表現してきたが最新作「Ordinaries feat.古川亮」は自らが歌い、何気ない、いつもの日常を描くことで、そこにある大切なものを見つけて欲しい、という願いを込めた。コロナ禍での生活が続く中で、改めてその歌詞とメロディ、サウンドが心に響く作品になっている。この作品について、そして音楽への向き合い方や歌詞の世界観など、多岐に渡って古川本舗にインタビューした。

「“今”に合わせる必要はない。自分が作るものにどれだけ誠実に向き合えるかが一番大切」

「この一年は自分にとってリハビリに近い感覚でした」と語ってくれた古川本舗は、活動休止前の感覚と、今という時間の中に流れる感覚との擦り合わせを始めることで、自身の感覚を取り戻そうとしたが、それは悪くはないことだったが、よくもなかったと教えてくれた。

「いかに自由にできるかということが、活動を再開してからのプライオリティでした。そこは変わらないのですが、でも自分自身が活動再開したということにこだわっている考え方のせいで、見えている世界が、どんどん狭くなっていく感じもあって。向かっていく方向性や指針を決めながらやっていかないと、いつまでも同窓会のような感覚が抜けないと思いました。5年も止まっていると、例えば配信に関してやMUSIC VIDEO(MV)の在り方のようなものも含めて、音楽を届ける環境が変わっていて、それにどうやったら馴染めるのか、それまでやってきたことを現代版にアップデイトしようと試行錯誤しましたが、あまり意味がないなって思って。それは僕という作っている人間は変わらないからです。だから“今”に合わせるようなことを中途半端にやるよりは、どっしり腰を据えてやった方がいいと思いました。僕自身が常に同じことはやりたくないと思っているのだから、新しいものがでてこないわけがないんです。いい曲、いいMVを作って、いかに自分だけの世界観を作り上げるか、自分の創作・制作するものに対してどこまで誠実に向き合えるかということを、いかに頑強に担保するか。そこの感覚を信じてやるというステイタスにシフトしないとだめだということが、一年のリハビリを終えて出てきた答えです」。

コロナ禍での生活を振り返り「決して悪いことばかりではなかった」と正直に話してくれ、その中でより純度が高い音楽を求めて、制作に取り組んだ。今回は前2作と違い、古川亮自身でその世界観を伝えることにした理由を聞かせてもらった。

「自分が作った楽曲を自分が聴きたい声で制作するというのが、古川本舗としての大きなコンセプトなので、そこにブレが生じると古川本舗じゃなくてもいいということになってしまいます。曲によって自分が歌った方がいいと思うこともありますが、純粋に自分の声が好きじゃないんです。以前は、ボーカリストが見つからない時は自分で歌っていたという感じでした。いい曲ができても、歌い手が見つからないから出すこと自体をやめることもありました。でももうそれはやめようと。自分の声が好きではないと言いましたが、かといって自分の歌の評価を卑下する必要もないと思うので、そこは切り替えました」。

「こうじゃなきゃダメという考え方はもういい」

「切り替え」——活動再開してから古川本舗の中では考え方や思想も含めて、あらゆることが切り替わったという。よりしなやかに、より自由になった。

「昔は曲を作る時に最初にコンセプトを決めて、そこから逸脱することをすごく嫌っていて、でもそれだと自由じゃなくなるというか、こうじゃなきゃダメという考え方はもういいんじゃないかな、と思います。楽観主義ということでは全くなくて、年齢的に、時間って有限なんだということを強く感じてきていることも大きいです。こうしなければいけないという、悪い意味でのスケジューリングに従って生きていくのは面白くないし、一方で、自分にとって課題になることや、もう少しなんとかしたら面白い世界が見えてくるのに、と思えることについては、今の自分の意思と違うことをやるというのもいいと思っていて。そのうちのひとつが、自分で歌うことやライヴをやることです(笑)。いつまでもできることではないと思うので、今のうちに楽しみ方を見いだしておきたいと思いました。きっと大人になったのだと思います(笑)」

「コロナで変わってしまった“これまで”。でも“新しい普通”を作ってそれに慣れていって、また幸せなものを見つけていきたい」

「Ordinaries feat.古川亮」は5年前にできていた曲で、しかし今このタイミングでリリースできたことで、結果的に楽曲の世界観を深く伝えることができた。

「活動を再開するにあたって、事務所兼新レーベル『DONAI paris』を立ちあげて、コンセプトを“Lifetime SoundTrack」”にして、誰かの生活を“少しだけ”彩るクリエイティブ目指しています。それを体現する曲を、と書いた曲です。当時は特定の誰かに向かって曲を書いたりしていましたが、それよりも、個人に向けているその気持ちをどう掘り下げるか、というクリエイティブにシフトして曲を書き始めて、それが『Ordinaries~』という曲につながっています。『Ordinaries~』というタイトルには、普段の生活とか普通、普遍とか市井の人、というニュアンスを込めています。MVも、コロナ禍での生活の中でみんな疲弊している様子が伝わってくるし、そういう時に雄大で、抜けた景色を見てもらおうと思って、実は伊豆大島でロケをしました。でもその思いって、伝わる人には伝わるかもしれないけど、伝わりづらいかもしれないと思い、自分で脚本を書き直し、撮り直しました。この約2年はみんな大体嫌な2年だったと思います。自分もそうですが、かといっていいことが全くなかったかというと、そこまでの感じではなくて。自分の視点でいうと、例えばオンラインライヴも通常のライヴではないけど、オンラインライヴならではの見せ方を考えることができて、そこに面白さも見つけることができました。どういう状況でも生きる上で自分が心地よく過ごせる方法は見つけられるし、それを普段の生活の中で見つけられるかどうか。漠然と希望としての存在ではなく、具体性を持っているかどうか、より身近なことに喜びを感じられるかどうかだと思いました。ちょっとした幸せを毎日感じることが一生続けばハッピーということじゃないですか。“新しい普通”を作って、それに慣れていって、その中で幸せなものを見つけることができないはずがないと思います。そういうものを見つけられる、感じられることを歌った曲がいいなと思って、『Ordinaries~』という曲に落とし込めました。リリースタイミングも今でよかったと思います」。

「映像を軸にした音楽をもっと作っていきたい」

「Ordinaries feat.古川亮」のMVは「21g」(2014年)以来7年ぶりに自ら脚本・監督・編集を手がけた。元々「映像を軸にしたアートを作りたい」という思いが強い古川本舗だが、岩井俊二監督からのオファーで森 七菜「返事はいらない」(2020年)のMVをプロデュースしたことが、大きな刺激になっているという。

「映像を作る楽しみがどんどん大きくなっていて、もっと映像を軸にした音楽作品を作ってみたい。自分の中のアートって、視覚的な部分から入ってくることが多くて、まず音楽ありきで、視覚を補助的に使って作ったものをアートというのは自分の中では違っていて、第一義を視覚に持たせたい。だから映像を作るのが好きだし、僕が作るものに関しては、音楽って何かあるものに対して色を添えるという機能が本質だと思っていて。岩井(俊二)監督と一緒に仕事をさせていただいたことが大きな刺激になっています」。

「『Ordinaries~』の歌詞は、いつもより“捻り”を抑えたが、でもギミックを潜ませているので、そこに引っかかってくれると嬉しい」

以前から古川本舗の音楽について「幻想的」だと評する声が多い。しかしそれは本人としては本意ではないという。でも、幻想的な感じとリアルな肌触りと、その狭間でたゆたうように楽しめるのが古川本舗の音楽だと感じているが、「幻想的」という感覚は、その歌詞の存在が大きいのでは――という話になった。古川本舗の歌詞への考え方が、リスナーを独特の世界にいざなっているのではないだろうか。

「僕の音楽は幻想的と言われることが多くて、それがすごく嫌で(笑)。そんな風に思って作っていないのですが、歌詞の作り方が影響しているのかもしれません。基本的には伝えたいことがあって、そこに比喩を二重、三重に乗せたものを歌詞として表現しています。だから、聴き手は訳がわからなくなって、モヤッとするから、それを幻想的と捉えてくれるのかもしれません。僕の中ではこの比喩への変換が完全に理解できているので、なんで幻想的って言われるんだろうって思っていました。で、今回の『Ordinaries~』」は比喩を一段階に抑えてみよう、もう少し人里に降りてみようと思い(笑)、書いてみました。捻り過ぎず、わりとストレートな表現が多い作品になっていると思います」。

「文系の人間と思われているようですが、考え方は完全に理系 」

リスナーはその歌詞に自分の経験や体験を重ねて、不思議な感覚を楽しんでいた。それが先述した、たゆたうように楽しむということなのかもしれない。

「今までは最低でも2回捻っていたので、当然聴き手の思い出や経験とはバッチリハマることがなくて、そこに謎が生まれる=幻想的という感覚だったと思います。ファンの方には僕は文系の人間だと思われていて、でも考え方は完全に理系なんです。自分の感情にもシステムというものが機能していると思っているし、それを越えたところで出てくるものは“謎”として捉えて、それを楽しんでいるふしはあります。わからないものをわからないままにしておかないで、わからないものにわからないと思いながら突入していくのが好きなので、そこが理系なのかもしれません」。

「歌詞はどストレートに書くと迷路にならないから面白くない。でも誰がどのルートを通っても着地できるように書くことが面白い」

古川本舗の音楽に対する聴き手の捉え方や思いを、俯瞰で眺めることができている。そして“検証”も怠らないという。まさに理系の人、なのかもしれない。

「みなさんの感想や捉え方は、謎として受け止めています(笑)。でもその歌詞の捉え方や解釈が間違っているというのは全く思っていなくて、『あ、そう見えるんだ』って思って、リスナー側から見てみると『こっちから見るとそう見えるわ。なるほど』って納得しています(笑)。今回の『Ordinaries~』の歌詞にも、そう見えるようにギミックを入れているので、そこに引っかかってくれると嬉しいです。感性としてではなく、システムとして入れて、聴いた人の捉え方を分岐させるように仕向けています。この辺が理系なんでしょうね(笑)。どストレートに書くと迷路にならないから面白くないです。誰がどのルートを通ってもちゃんと着地できるように考えて書くことが面白いです」。

古川本舗 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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