古内東子 名盤『Hourglass』『恋』のレコーディングメンバーが集結。極上グルーヴに包まれた夜
名盤『Hourglass』と『恋』のレコーディングメンバーが集結し、一夜限りのセッション
古内東子が9月27日、恒例の東京・丸の内COTTON CLUBでライヴを行なった。今回のテーマは“Reunion”。名盤『Hourglass』(1996年)と『恋』(1997年)のレコーディングメンバー、プロデュースを手がけた小松秀行(B)と、佐野康夫(Dr)、草間信一(Key)、石成正人(G)、中西康晴(P)という様々なアーティストのレコーディング、ライヴで活躍する錚々たるミュージシャンが顔を揃えたこの日。古内東子というアーティストを語る上では欠かすことができない2作のアルバムからの曲を中心に、ほぼ再現、そして更新していく一夜限りのセッションだった。
古内の豊潤な歌と極上のグルーヴが重なり生まれる感動
オープニングナンバーはアルバム『恋』の一曲目の「悲しいうわさ」。5人が一音鳴らしただけで上質なソウルミュージックの薫りが立ち昇ってくる。古内の歌と音が交差して生まれるせつなさ。当時よりも深化し成熟した歌と演奏に、客席は全員この日のライヴが格別なものになると確信したはずだ。草間のまさにメロディを“彩る”ようなキーボードソロに耳を奪われた。その草間のキーボードと石成のギターのカッティングが爽やかさを作りあげる「大丈夫」は、ドラムの短いフレーズからのサビ始まりで、頭から涙腺を刺激する名曲。口ずさむ人、聴き入る人、一人ひとりが大切な人、大切だったあの人を想いながら、歌の世界にどっぷり浸っているのが伝わってくる。誰もが心の奥にしまった忘れられない思い出、記憶の扉を開けてみたくなる瞬間がある。古内の歌はまるでその“鍵”のようだ。ミュージシャン一人ひとりのプレイに目が行き、間奏もアウトロも全てが聴きどころだ。
「ルール」は佐野と小松のグルーヴマスターが作る、ヘヴィなグルーヴが体中に響き渡る。そして古内の豊潤なボーカルが心にスッと入ってきて、心を“ざわざわ”させる。以前古内にインタビューした時に「思いが溢れてしまうとそれが歌になる」と語ってくれたが、この曲の<人を愛するのに 頭を使うのはやめよう 何も考えず真っ直ぐぶつかってみよう>という歌詞や、一曲目に歌った「悲しいうわさ」の<愛し合うことには 皮肉なもので ルールも順序も関係ない>という歌詞のように、人を思う「せつなさ」をストレートに表現し、多くの女性から共感を得てきた。その「せつなさ」をより増幅させるのがこの“音”だ。
「昔はエバーグリーンな作品を作ろうってよく言われたけど、今ひとつ理解できていなかった。でも今やっとわかった」
古内は“Reunion”というタイトルを付けた理由について「『Hourglass』と『恋』のレコーディングメンバーが再集結してくれましたが、ただ昔を懐かしむのは好きじゃなくて、でもリハに入って音を出した瞬間に、すぐにこのライヴをやる意味がわかった。とても幸せな気持ちになれたんです。昔はエバーグリーンな作品を作ろうってよく言われたけど、今一つ理解できていなかった。でも今やっとわかった」と語っていた。
「余計につらくなるよ」も、佐野のハイハットとスネアのグルーヴ感は変わらず圧倒的な気持ち良さで、歌に寄り添う石成のギターは物語を広げてくれる。「そして二人は恋をした」は、70‘sソウル風のリズムが心地よく、続く「ブレーキ」でも客席の体が揺れていた。
「このメンバーとレコーディングをして、ツアーを廻っていたのが私の青春の一部だったし、やってきたことが間違ってなかったと思える」
「メンバーはあの時のフレーズをそのまま再現してくれている。みなさんと当時の記憶を紐づけたい」と、まさに再現&更新であるこのコンサートの醍醐味を教えてくれ、さらに「このメンバーとレコーディングをして、ツアーを廻っていたのが私の青春の一部だったし、やってきたことが間違ってなかったと思える」と、当時クオリティの高いクリエイティブを共に目指したこの日のメンバーとの日々が、今に繋がっていると実感していた様子だった。
“泣き”のバラードコーナーは「星空」から。胸が締め付けられるようなメロディと歌に、石成のアコースティックギターが柔らかな光を当てるようだ。客席の一人ひとりがそれぞれの“蒼い時”を思い出していたのか、一人ひとりの想いが空気となってより強く浮かび上がっていた気がした。中西のピアノの美しい音色が「月明かり」のイントロを奏で始め、歌が重なるとさらに色々な“想い”が会場に充満する。石成のギターのオブリガートが、歌詞の行間にある感情も掬いあげながら歌う古内の歌の余韻を、より鮮やかにしていく。
「淡い花色」(アルバム『魔法の手』)は、中西のピアノの粒立った音が響き渡り、古内の柔らかで、でも熱を帯びた歌が重なると、得も言われぬ感動を運んできてくれる。リズム隊の“静かな熱量”を感じる音の存在感も印象的だった。中西があのフレーズを弾き始めるだけで、客席が“ときめく”。「誰より好きなのに」だ。古内が<君には>と歌った瞬間、その世界にグッと引き込まれる。歌とバンドの演奏が聴く人それぞれの心に映像を映し出す。
古内の歌詞とメロディ、そして歌は「恋」という二人だけの限りなく狭い世界を、独特の言葉と心模様の切り取り方で拡張させ、共感を呼び、普遍的なものにしてきた。この日のライヴはそんなことを改めて教えてくれた。
「心にしまいましょう」(アルバム『魔法の手』)は、スーパーバンドのセッションから生まれる、破壊力抜群のグルーヴに心を持っていかれる。小松のアレンジ、プロデュースはどの作品も、古内の歌詞の解像度を高め伝えてくれていることがわかる。そんなサウンドを構築し歌を真っすぐ立てながら、歌詞にも強い光を当てていることが伝わってくる。本編ラストは「あの日のふたり」だ。小松のベースの迫力とうねりが肚に響いてくる。
アンコールは佐野のドラムのピックアップソロから始まる「宝物」だ。16ビートの曲で古内の歌がしなやかなリズムを作り、しなるドラムとベースがドライヴして上質なポップスをさらに格別なものする。最後は「いつかきっと」。中西の美麗なピアノの音が響き、音が重なっていき圧巻のグルーヴが生まれる。ボーカルが心地よく響き客席もノリノリだ。間奏の中西の精緻で、かつ自由度も感じさせてくれる音が躍動するピアノソロはまさに“耳福”だった。『Hourglass』のオープニングナンバーであるこの曲を聴いた瞬間、ものすごいアルバムだと誰もが予感するはずだ。美しいメロディと心に響く歌詞、そしてそれを届ける歌と素晴らしいバンドアンサンブル。音楽の楽しさと奥深さを改めて感じさせてくれた貴重なライヴだった。
最後の挨拶で古内とバンドメンバーがステージ上で並んだ時、中西が当時の古内のアーティスト写真を掲げていたのが印象的だった。古内のキャリアの中でも大切な作品達を作り上げたミュージシャンと、約30年後に再びステージでセッションできる幸せを、客席も含めてこの日この場所にいた全ての人が噛みしめた夜だった。
古内は11月29日(金)に、2022年の30周年記念ホールライヴ以来約2年ぶりのフルバンドライヴ『TOKO FURUUCHI FRIDAY NIGHT OUT』を、東京キネマ倶楽部で行う。石成正人(G)をバンマスに迎え、Tomo KANNO(Dr)、小松秀行(B)、松本圭司(P)というおなじみのメンバー加え、竹上良成(Sax)、小林太(Tp)、矢幅歩(Cho)、Mooki オバタ(Cho)というホーンとコーラスを加えた手練れのミュージシャンが揃い、メロウでビターでそしてスウィートな名曲の数々を、この日限りのアレンジでセッションする。ゴージャスな冬の夜になりそうだ。