2024年問題を「宅配の問題」とする国やメディアによってますます見えない化する「企業間輸送」の現場
「2024年問題」――。
この言葉が最近よくニュースで聞かれるようになった。
しかし、昨今の報道では同問題の本質にほとんど触れられず、さらには視聴者や読者にミスリードさせる報道までもが相次いでおり、同問題を長年取材してきた身としては、こうした報道によって視聴者や読者が物流の現状を誤解するおそれがあるのではと、強い懸念と危機感を抱いている。
2024年問題とは
「2024年問題」は、2024年4月からトラックドライバーに対する「働き方改革」の施行、つまり「労働時間の削減」によって起きる様々な問題を指す。
他ほとんどの産業では、2019年にすでに施行されている「働き方改革」だが、長距離輸送や荷主都合による長時間待機などで、必然的に長時間労働になるトラックドライバーには、その施行が5年間猶予されてきた。
それが、2024年4月からいよいよ施行されるというわけだ。
トラックドライバーの労働時間が減れば、当然運べる荷物も減る。
ただでさえ慢性的な人手不足の業界。そのため、国や有識者などは、「2024年問題」の主たる問題点を「トラックがこれまでの量の荷物を運べなくなること」として、ここ数年様々な「荷物対策」を講じてきた。
一方、こうした影響に対する理解を荷主や消費者に広めようと、運送業界は国や有識者やメディア、世間に現場の現状を訴え続けてきたが、この4年間、その声に実直に向き合い報じるメディアはごくわずかだった。
しかしこのほど、調査会社「野村総合研究所」が発表した資料で、「2024年問題を加味すると、2030年には全国の約35%の荷物が運べなくなる」とのデータが示されると、これまで同問題を報じてこなかった各メディアがこの文言を引っ提げ、ようやく、かつ、こぞって「荷物の35%が届かなくなるかもしれない」などと報じるようになった。
が、それら多くの報道では2024年問題の「本当の問題」が報じられず、逆に事実でないことや現実と乖離したことが報じられており、このままだと間違った情報が世間に浸透し続ける可能性が高いと、大きな危機感を抱き本稿執筆に至った。
2024年問題は「宅配」の問題ではない
筆者が何よりも懸念しているのが、ここ最近2024年問題を取り上げ始めた多くのメディアが、同問題を「宅配」の問題として報じているところにある。
実際、これまで多くの報道では下記のような「宅配」に関連付けたタイトルが付けられ、内容もやはり2024年問題を「ECサイト」や「再配達」などの問題として報じている。
「あなたの荷物の30%が運ばれなくなるかもしれない」
「物流の2024年問題~再配達が負担に」
「2024年問題~ただに慣れすぎた個人配送」
しかし、それらはほとんどが「ミスインフォメーション(誤った情報)」だ。
というのも、2024年問題における真の当事者は、「宅配」の配達員ではなく、多くが「企業間輸送」のトラックドライバーだからだ。
宅配は総輸送量の7%以下
世間はトラックドライバーと聞くと、玄関前で対峙する「宅配の配達員」を真っ先に想起しがちだ。
が、実は日本の物流業において「宅配」の割合はごくごくわずかでしかない。
直接的な宅配ドライバーの数を示すオープンデータは見つからないが、令和3年度分の「自動車輸送統計年報」を見ると、営業トラックの輸送総量は約26億トン。そのうち宅配を含む「取り合せ品」は1億8千万トンで、その割合はわずか7%だ。
しかもこの数字には引越荷物、郵便物・鉄道便荷物など、他の荷物量も含まれているため、実際の宅配に係る割合はより小さくなる。
ある識者も、「宅配は個数ベースでも2%ほどだろう」と話す。
全日本トラック協会の資料からも宅配業の割合が非常に小さいことが分かる。
トラック運送事業の規模と数を従業員別で見ると、運送業界のなかで宅配を担っている事業者の割合は、他一般貨物自動車運送事業と比較しただけでもたった0.5%未満だ。
それでも2024年問題によって宅配が深刻な影響を受けているならばまだいいのだが、昨今のメディア報道が最もまずいのは、2024年問題に宅配はほぼ関係していない、または関係していても比較的対策が容易なケースがほとんどであることだ。
無論、宅配の現場にも、現在多くのメディアが紹介している通り、EC(ネット通販)利用の増加や再配達など、深刻な問題は数多くある。また、正社員の宅配ドライバーたちに来年度から働き方改革が適用されることも間違いない。
が、何度も言うように、彼らは2024年問題にはほとんど関係ないか、それほど多大な影響を受けない。
というのも、その宅配ドライバーの多くは大手企業の社員。
もちろん、大手は大手で多くの対策と努力をしてきたはずであるが、資金や体力がある大企業は、労働時間の制限が生じても、それらを比較的守りやすいのだ。
それに、企業のイメージを保つために「優良企業」であることが求められる大手は、決められた労働時間内で運べない荷物は下請に出す。
つまり、ルールの範囲内でしか仕事(荷物)を抱えないため、2024年問題はある意味クリアできて当然なのだ。
一方、大手が運べない荷物を運ぶ下請は、(そのやり方には多大な問題点はあるものの)昨今「個人事業主」であるフリーの配達ドライバーを増やすことで、2024年問題対策をしている。
個人事業主は会社員ではないため、無論この「働き方改革」の適用対象外。原則、労働時間に制限なく働くことができる(できてしまう)。
さらにそもそも宅配業の多くは、あくまで地域を回る「配送」であるため、後述する他のトラックドライバーたちより労働時間が長くないことがほとんどだ。
つまり、2024年からの働き方改革という面では、宅配は現在メディアが報じているほど割合で大きく影響しないのである。
企業間輸送が止まると国が死ぬ
では、2024年問題は誰に影響するのかというと、「宅配以外」にあたる残り9割以上のトラックが担う「企業間輸送」だ。つまりBtoB輸送である。
企業間輸送とは、言葉通り「企業間」で荷物を運ぶことだ。
こう言うたびに、「なんだ自分(エンドユーザーの消費者)には関係ないじゃないか」という声が漏れ聞こえてくるのだが、それは大きな誤りだ。
率直に言うと、企業間輸送が止まれば、宅配以上に深刻な影響が生活に出てくることになる。
企業間輸送の例を挙げると、
①生産工場から物流センター(いったん荷物を集めるところ)
②物流センターからスーパーやコンビニ
③部品製造工場から建築現場
④飼料生産農家から畜産農家
など、普段我々の目には届かずとも、非常に重要な輸送を手掛けている。
都心にいながらにして各地の新鮮な食材が食べられる現在だが、ドライバーの長時間労働が制限されることで長距離輸送に影響が出るため、①や②などの輸送においては、今後産地直送の新鮮な食材は都心で食べられなくなる恐れもある。
また、より世間から見えないところで言うと、③や④だろう。
製品や商品をつくる過程で生じる輸送も、もちろんトラックが担っているわけで、ここに影響が出ると、荷主は商品そのものがつくれなくなることになるのだ。
言わずもがな、宅配で運ばれてきた商品も、生産・製造される段階で「企業間輸送」を経る。
つまり2024年問題は、「自分の家に荷物が届かなくなる問題」なのではなく、「注文した商品がそもそも作れなくなる問題」なのである。
メディアが報じるべきこと
このように、宅配の現場で起きている問題と、企業間輸送で起きている問題は全く違う。
分かりやすく言うと、ラーメンの話を、蕎麦を使って語るくらい違う(これで分かりやすくなったかは知らないが)。
「メディアの問題」だからといって、テレビ局で働くADの労働環境のことを、出版社で働く校閲担当の例を引っ張ってきて話す人がいるだろうか。
それと同じ誤りを昨今のメディアはしていると捉えた方がいい。
つまり2024年問題においてメディアは、「宅配」や「ECサイト」、「再配達」ではなく、このままだと「産地直送」の刺身がスーパーから消え得ること、プリンをつくる工場に注文通りの量・納期で原材料が入らなくなること、畜産農家に今まで頼んでいた牛のエサが届かなくなること、修理を依頼したパソコンの納期が遅れることなどを報じなければならないのだ。
24年問題を「宅配」で語ると起きる懸念
メディアがこうしたミスインフォメーションを報じる原因は、先述した「普段玄関先で対峙する物流関係者が宅配ゆえに誤解しやすいから」だけではない。
先日、国土交通省が今月を「再配達削減PR月間」と発表したこともメディアに誤解を生んだ原因になっていると思われる。
取り組もう、再配達削減!!~本年4月は「再配達削減PR月間」!受取は1回で!~(国土交通省ウェブサイトより)
https://www.mlit.go.jp/report/press/tokatsu01_hh_000667.html
これまで述べてきたような状況のなか、なぜ同省が宅配だけを取り上げて2024年問題を語っているか、現場の労働環境を憂う身としては理解に苦しむ。
というのも、2024年問題の解決には、荷主や消費者からの理解が必要不可欠だからだ。
無論その理解を促すためには、荷主や消費者に正しい情報を提供せねばならない。なのになぜ政府は「宅配だけ」を例に挙げ、2024年問題とはほぼ全く別の問題で生じている「再配達」に対して削減PR月間なるものを始めるのか(宅配の問題として対策自体は必要ではあるが)。
一方、こうして2024年問題が宅配で報じられているニュースを見た企業間輸送のドライバーたちからは、
「なんでいつも報道されるのは宅配だけなんだ」
「メディアは現場を理解していない」
「コロナ禍の時も『エッセンシャルワーカー』などと持ち上げておきながら、国は現場に対して何かしてくれたわけでもなかったが、2024年問題でもまたこうして置き去りにするのか」
などといった憤りの声が多く上がっている。
なかには「見えない企業間輸送のこと言っても、メディアも消費者も理解しないから国は宅配だけ取り上げているのでは」との声もあるが、2024問題の「真の当事者」である企業間輸送のドライバーにスポットを当てず、ほとんど関係がない、僅かな割合の「宅配」に焦点をずらしてしまえば、これまで世間から意識されてこなかったがゆえにここまで問題が深刻化した企業間輸送の現場が、今以上に「見えない化」することになる。
繰り返しになるが、2024年問題は、ドライバーの労働時間を短くする前に、荷主や消費者の理解が必要不可欠だ。そのため、こうした事実と違う報道によって「見えない化」が続けば、間違いなく今後企業間輸送の現場に多大な影響が出ることになるのだ。
24年問題 低い国やメディアの問題意識
冒頭でも述べた通り、国や有識者が2024年問題に対して行っていることは、「荷物に対する対策」ばかりだ。
その姿勢は、働き方改革の本質を全くついていない。
いったい国はどこを向いて働き方改革をしているのか。まず守るべきは荷物ではなくドライバーではないのか。
その企業間で働くトラックドライバーの多くは、労働時間が減ることを歓迎していない。
現場で求められている2024年問題対策は、「長時間労働の是正」よりもまず「給料の保障」なのだ。
昔は「ブルーカラーの花形」と言われるほど稼げたトラック運転職が、労働時間は長いまま、今や全産業平均よりも低い給与水準になっている。
歩合制で働く彼ら。今回の「働き方改革」によって労働時間が減れば、より一層給料が減ることになる。
国や有識者は「労働時間の短縮」ばかりに躍起になり、この運賃・賃金の保障に対して動かない。
このままでは、現場の給料は今後ますます下がることになる。
こうしたことにより、来年度に離職を宣言するドライバーも出てきている。
そうなれば来年度はますます荷物が運べなくなるのだ。
そうならぬためにも荷主や消費者の理解や協力が必要になるのに、国やメディアが世間にミスリードさせる情報を出していいのだろうか。
なかには、2024年問題とはどういうものなのかを解説する際、「(2024年問題とは)トラックドライバーの時間外労働時間が制限されることによって、運賃上昇などの"懸念"が広がること」と報じるメディアもあった。
運賃が上昇することは、"懸念"なのだろうか。
運賃の引き上げは、彼らの賃金水準の保障のためにも、実現していかねばならない最重要事項だ。
昨今、各メーカーにおける「値上げラッシュ」が起きているが、その際に発表される値上げ理由には、毎度「物流コストの上昇」が挙げられる。
しかし、企業間輸送に従事するトラックドライバーの給料は、上がるどころかむしろ下がっているという声が大きい。
それを「『宅配』の運賃値上げ」を報じることで、あたかも「トラックドライバー全体の給料はすでに上がっている」と誤解されることにも繋がりかねない。
また、先月末にはこんな報道があった。
【2024年問題】「物流が停滞しかねない」岸田総理 6月上旬めどの対策とりまとめ指示(テレビ朝日)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000293643.html
冒頭でも述べた通り、トラックドライバーの働き方改革の施行まで、これまで猶予は5年あり、それまで現場は悲痛な声を上げてきた。
政府はこの4年の間、何をしてきたのだろうか。
「残り1年というタイミングで初めての関係閣僚会議を開き、6月までの2か月で対策を取りまとめる」とのことだが、4年間これといった対策を見出せてこなかった現場を知らない閣僚たちが2か月で取りまとめる案に、現場のドライバーや運送企業は一体何が期待できるというのだろうか。
それどころか、この数年の間、「給料保障のないままの休息期間(インターバル)の時間見直し」や、ドライバーにより負担のかかる「深夜割引の改悪」など、現場の声がほとんど反映されないルールばかりができてきている。
最後にもう一度述べるが、2024年問題において報じるべきは、宅配の現場ではない。
国や識者やメディアは、2024年問題を「荷物が運べなくなる問題」と位置付けているが、現場を取材していると、真の問題点は「世の中の物流に対する無関心・無理解によって現場が崩壊すること」だとつくづく感じる。
※ブルーカラーの皆様へ
現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。
個人・企業問いません。世間に届けたい現場の声などありましたら、TwitterのDMまたはcontact@aikihashimoto.comまでご連絡ください。