「心理的安全性」ゼロ企業? 三菱電機の不正検査問題であらためて考えさせられる組織のあり方
■35年以上にわたる不正の末
「この企業に心理的安全性はあるのか?」
多くの人はこう受け止めたはずだ。
三菱電機の柵山正樹会長が辞任した。鉄道車両用機器などの検査不正に関する中間報告が公表された10月1日に、である。「経営層と現場に断絶」「自浄機能の働かない内向きな組織風土」が浮き彫りになり、7月に辞任した杉山前社長に続き、会長も引責辞任に追い込まれた。
最長35年間ものあいだ、不正が続いた。「これまでの検査の不実施などを顧客に説明しなければならなくなると考えていた」という報告書の文言が印象的である。現場で働く人たちの良心はどうだったのか。
「心理的安全性」について改めて考えさせられる事案だ。
■心理的安全性と欲求5段階説
「心理的安全性」とは、組織の中で自分の考えや抱えている問題を安心して発言できる状態を指す。ハーバード大学のエドモンドソン教授が提唱した概念だ。近年多くの書籍で取り上げられていることもあり、日本でも急速に広まっている。
有名な「マズローの欲求5段階説」で考えてみよう。人間の欲求は下から「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5段階。
「安全の欲求」は、会社から受け入れられている欲求「社会的欲求」、他者から認められたい欲求「承認欲求」よりも下位に位置する欲求である。安心・安全に働くことができる欲求を指すわけだから、当然この欲求が満たされない組織で働くのは苦痛である。
事業はお客様の利益のために存在することは誰もが知っている。市場を研究し、お客様のニーズを集め、そのニーズに応えるために技術力を磨く。それが事業発展に繋がる基本的な考え方だ。
にもかかわらず、三菱電機では、この基本を徹底できなかったのではないか。
「規格や仕様を満たす製品を開発・製造できなかった自社の技術力の不十分さ、それを改善する組織的活動の不足」
という報告書の文言でも明らかだろう。
お客様の利益どころか、不正を隠蔽しながら働く。人間の下位欲求でさえ満たされないわけで、「心理的安全性」はゼロに近かったのではないかと推察する。
■すべて「リセット」する覚悟を
三菱電機に関わるニュースには、どれも「閉鎖的な組織風土があった」と記されている。これは過去のパワハラや過労死のニュースでも記されていたフレーズである。不祥事を繰り返し、その都度同じような指摘をされ、反省の弁を述べてきた三菱電機。しかし改善されてきたとは想像しにくい。
いったん染みついた組織の空気を変えることは簡単ではない。経営層と現場に相応の距離感があったのであればなおさらだ。経営トップが辞任しても組織が変わることはない。
拙著『「空気」で人を動かす』にも記した。集団同調性バイアスにかかっている限り、個人の意識で空気を変えることは難しい。とくに長年その空気に触れてきた人の思考パターンは、並大抵のインパクトのある出来事があっても変わらない。
だから本来、モラルハザード(倫理観の欠如)に陥る前に、正しい手順で組織改革を断行していかなければならないのである。
徐々に変えていくのでは効力がない。異なる部門でも次々に不祥事が発覚する企業なのだから、すべてリセットするぐらいの覚悟が必要だ。現場の長を総入れ替えするぐらいの大胆な改革が求められる。