【円満退職よりも大切なこと】退職理由「昔からやりたいことがあった」は嘘なのか?
■「ONE TEAM(ワンチーム)」になるためのドラマ
「今まで一度も言ったことはありませんが、実は昔から理学療法士になることを夢見てきました。ですから、年内に退職させてください」
「え? どうしたんだ、突然……」
私は企業の現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントである。「絶対達成」をコンセプトにしているので、クライアント企業の社長から風土を破壊するぐらいの改革を期待されることが多い。
だからか、組織内で多くの「衝突」が発生する。ミドルマネジャーが反旗を翻したり、若手社員が強い不平を表明したり。
強い態度で押し切ろうとする経営陣もいるが、再生企業でない限り、我々コンサルタントは柔軟に対応する。どうしたら組織を改革できるか、どうしたら事業が前に進めるのか、一緒に考えようと呼びかける。
そのように押したり引いたりを繰り返すと、多くのケースで、各人の「現状維持バイアス」は時間とともに薄らいでいく。そして「これまでと同じようなことをやっていてもダメだ」という気持ちが醸成され、2019年の流行語大賞の筆頭――ラグビー日本代表が掲げた「ONE TEAM(ワンチーム)」に近付くことができるのだ。
■ 見破られる退職理由
ただ、その過程で、どうしても新しいやり方に慣れず、「辞めさせてください」と言ってくる人がいる。せっかく組織一丸となりかけていたのに、退職をほのめかす社員が出てくる。
そのときの常套句がコレ。
「実は、昔から私はアパレル関係の仕事に就きたかったのです。この会社に入るとき、ITの知識も必要だろうと思ったのですが、私ももうすぐ28歳。どうしても夢を諦めたくありません。転職するなら今しかない。そう思いました。大変お世話になりましたが、退職することを決めました」
冒頭のセリフと同じ。
「実は昔から●●をやりたかった。その気持ちが抑えられなくなったので、退職させてほしい」
と言いだすのだ。
当然、周りはビックリする。そんな話、はじめて耳にしたからだ。しかし、すぐに次のように、多くの人が受け止める。
「昔からやりたかっただなんて、絶対に嘘だ」
正直なところ、嘘かどうかなんて誰にもわからない。ただ、膨大な現場経験から、こういった申し出が、大企業だろうと中小企業だろうと、どんな業界でも頻繁に見受けられ、そのほとんどが、単なる思いつきであることを私は知っている。
本人は大マジメに言っているかもしれないが、このようなケースはパターン化しているのだ。そのパターンとは、以下の3つ。
● 今とは全然違う業種の仕事に就きたい、と言いだす
●「昔から考えていた」と言うが、ほとんどその事実を誰にも明かしていない
● 日頃から仕事で活躍できていない
以前から、
「30歳になったら、実家の印刷会社を継げと言われるかもしれません」
と言っていた部下が、「やはり実家の印刷会社を継ぎたいと思います」と申し出てくるなら上司も心の準備ができている。
ところが、「いずれ課長のようになりたい」とか「いつか新しい商品を開発して会社に貢献したい」などと言っていた部下が、冒頭のように、
「今まで一度も言ったことはありませんが、実は昔から理学療法士になることを夢見てきました。ですから、年内に退職させてください」
などと突然言ってくると、上司は心底驚く。そしてほとんどの上司がこう思うのだ。「そんなの、思い付きだ!」と。
だから、
「突然どうしたんだ。そんなこと、はじめて聞いたよ。じゃあ、なんでうちのような広告の会社に入ったんだ?」
と指摘されるのも無理はない。さらに、
「そんなこと言ってないで、目の前の仕事を一所懸命やりたまえ。最近、組織改革が進んでいるので、ついていけなくてイヤになっただけだろう」
と、一蹴される。だが、上司から頭ごなしにこう言われたら、黙っていられないはずだ。
「何を言ってるんですか! 昔から本当に理学療法士になりたかったんです。嘘じゃありません。私の友人に聞いてもらえばわかります。いずれにしても、もう決めたことですから、辞めさせてもらいます」
たとえ本心ではなく、思い付きであったとしても、形の上では「大切な思いを上司に打ち明けた」のだ。なのに、その思いを蹴散らされたら誰だってプライドが傷つく。「理学療法士になるかどうかはともかく、やっぱり、こんな人の下では働けない」と思い込む。
■ 説得できるか?
我々コンサルタントにとっては、既定路線である。当事者たちと異なり、常に心構えはできている。社長や管理者たちと協力して、思いとどまってもらえるよう、時間をかけて話し合いを繰り返すだけだ。
しかし、それも限界がある。
「今の会社のやり方には、ついていけません」
と正直に言ってくれたら、説得もできるが、
「昔からゲーム開発に憧れていました。どうしても、その夢を諦められません」
と言う人を、説得するのは難しい。
本人は「夢を叶えるために決断した」と言っている。どんなに上司から優しく諭されても、撤回しづらい状況に自ら追い込んでしまっている。
■ 退職するなら、退職するでいい
とはいえ退職する人の立場から考えると、「退職する」と口にした以上、引き下がれないという気持ちもわかる。だから私はこう考えている。周りから説得されても気持ちが乗らないなら、退職するのもいいと。そして退職理由に何を選んでもかまわないと。
正直なところ、理由というのは、多くの場合「後付け」だ。なぜこの目標が達成したのか。なぜこの目標が達成しなかったのか。そういう問いと同じで、どんな理由であれ、あとで振り返って考え、差し支えのないようなものを無意識のうちに当てはめてしまうものだ。
だから、退職すると決めた以上、あとは波風立たない理由を考える。それが、社会人としての常識観なのかもしれない。
今の仕事がイヤだ。上司が気に入らない。コンサルタントのやり方が気に入らない――。
こう言ってしまうと、誰かを傷つけてしまいそうだ。だから、本心でなくても、「実は昔から●●●をしたかったんです」と言いたくなる。肯定的な未来に向かって頑張るので応援してください的な言い方をすれば、丸くおさまりそうな気がするのだ。
■ 大切なのは退職した後
大切なのは辞めた後だ。「実は昔から●●●をしたかったんです」と言った。だからといって、馬鹿正直に「●●●」の仕事をめざそう。そんな風に思わないこと。
どうせハードルの高い「●●●」を選択しているのだ。本気でやろうとすれば、自分を追い込むことになる。「理学療法士になりたいなんて言っちゃったけど、どうやったらなれるんだろう」「ゲーム開発って、30歳過ぎても目指せるんだろうか」と、別の悩みを抱えることになる。
素直になろう。同じ業界の会社に行ってもいい。別業界で同じような職種についてもかまわない。前の会社の上司に見つかった。だからといって「おまえ、理学療法士になるんじゃなかったのか!」と言われるか。いや、そんなこと言われることなど絶対にない。だから、安心してほしい。
大切なことは、新天地で活躍することだ。それだけだ。
前職でイマイチだった。だとしても、新しい職場で頑張ればいい。そうすれば、本来のポテンシャルを発揮できるようになるケースは、多い。
そのためのアドバイスとしては、必ず健康に気を付けること。そして毎日1時間でも本を読んで自己研鑽すること。1週間に1回は、バリバリ仕事をしている友人と会うこと。会社の雰囲気にとらわれず、自分のペースでできるのだから、やれないことはない。
避けなければならないこと。それは離職期間に、だらしない生活を送ることだ。リズムを確保しろ。ルーティンを守れ。心も体も健全な状態で、新たなチャレンジに励め。たった1ヵ月程度の離職期間であったとしても、その経験は貴重だ。強くお勧めする。
「昔から●●●がやりたかった」と嘘をついて退職した。そうしたら、後ろ髪を引かれる思いに苛まされるかもしれない。しかし新たな環境で心身ともに健全な状態で働いていたら、そう遠くない未来に能力が開花する。そして、ひたむきに頑張っていれば、前の職場の上司や同僚たちも応援してくれる。
円満退職でなくても、再就職後が円満であればいいのである。