ドキュメンタリー映画上映など没後も鈴木邦男さんへの高い関心。『文藝春秋』、最後の新刊も
関心を呼んでいるドキュメンタリー映画
1月11日に他界した鈴木邦男さんについては、4月2日に行われた「鈴木邦男を偲び語る会」について以前ヤフーニュースで報告した。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230405-00344254
松元ヒロさんの話に笑い、オウム元教祖三女の話に涙…「鈴木邦男さんを偲び語る会」で語られた内容
その会と同じ4月にポレポレ東中野で上映されたドキュメンタリー映画「愛国者に気をつけろ! 鈴木邦男」は連日満席という盛況だった。新右翼からリベラルへの転換といったことも含めて、鈴木さんの生き方に関心が持たれているらしい。
6月10日から1週間は下高井戸シネマでも上映
それを受けて6月10日からは下高井戸シネマでもその映画が夕方の回限定だが1週間上映される。またこの後、他の地域でも上映予定が出始めているという。
ちょうど6月9日に鈴木さんの新刊『言論の覚悟 最終章』も創出版から発売された。月刊『創』(つくる)の連載をまとめたものだが、2020年4月に緊急入院で絶筆となるまでの鈴木さんの活動を自身がつづったものだ。その中でも、自分自身の映画についてもかなり言及している。2020年のポレポレ東中野での初公開の時期に書かれた部分を引用しよう。文中に書かれた「生誕祭」はこの年は結局、コロナ禍で中止になったが、これも2023年8月6日(日)、阿佐ヶ谷ロフトで久々に復活する予定だ。今回はご本人はもちろん欠席だが、鈴木さんについて多くの言論人が語る機会になるはずなので、多くの人に参加してほしい。
では以下、上映中の映画についての鈴木さん自身のコメントだ。
《僕のドキュメンタリー映画「愛国者に気をつけろ! 鈴木邦男」の上映について書いておく。
公開は2020年2月1日から14日までだが、気にしても仕方がない、もう映画は直せない。そう思う反面、なにせ気が小さい僕だから、「なんだこの映画は、金返せ!」なんて人が現れてないか心配だ。あれ、これは監督の中村真夕さんに失礼か。僕は素材になっているだけだ。撮ったのは中村監督だ。》
《と書いたものの、実は、体調が極めて不良です。今、これを書いてる(正確に言うと書いてもらおうと話をしている)時点では、まだ入院中。2019年の11月に、腸閉塞で入院してから、三つ目の病院だ。一つ目の病院(中野警察病院)で検査。次の河北総合病院(阿佐ヶ谷)で手術。そして今の荻窪城西病院。なんだか中央線を下ってるな。すると次あたりは吉祥寺か。
この病院で、リハビリを懸命に続けているところ。幸い経過は良好で、映画の上映前には退院の許可が出るらしい。とはいっても、体の自由が利かないから、当面はヘルパーさんやクニオ・ガールズ(映画を見た人はおわかりでしょう)、ボーイズ(オールドボーイズだが)のお世話になる。みなさん、よろしくお願いします(編集部注:鈴木さんは1月24日に退院)。》
映画のタイトルが決まったいきさつは…
《映画については、僕は最初のバージョンを見た。うーん、ずいぶん勇ましいシーンも収められてるんだな、と思った。ちょっとだけ前のことなのに、自分でも、よくやってると思った。「ザ・コーヴ」の上映をめぐって、右翼と映画館前でやり合った時の資料映像(というらしい)だ。改めてあんな自分の姿を見せられると、まだまだ病気に負けている暇はない。この映画にも入っていたが、生誕百年祭は今年もぜひやりたい。
僕が見た時点では、映画のタイトルは決まってなかった。観た後で、数人で話し合った。中村監督は「テロと民主主義」みたいなタイトルを予定してたみたいだが、テロのシーンなんて、山口二矢や徐裕行さんのニュース映像が出てくるだけで、僕のシーンなんか一切ない。そりゃそうだ、やったことないんだから。で、却下。「鈴木邦男に気をつけろ!」という案も出て、これは悪くないと思ったが、「わかったようでわからない」と強硬な反対意見が出た。確かに、なんで気をつけなきゃいけないのか、わからないかな。でもそのために映画を見るんじゃないのかな、ブツブツ。ホームページと同じ「鈴木邦男をぶっとばせ!」案も出たが、これも今のと同じようなもんだし、第一、僕がなんとなく気に入らなかった。
石川啄木みたいに“果てしなき議論の後の冷めたるココアのひと匙を啜”ることはなかったが、みんな疲れてきたので、僕は「ヘタレ右翼 鈴木邦男」でいいじゃない、と言ったのだが、一笑に付された。
で、結局、今のタイトルになった。『〈愛国心〉に気をつけろ!』という本があるのに、あえてこれなのかと思ったが、「鈴木さんのイメージにピッタリだ」という意見が大勢を占めた。》
『文藝春秋』6月号「朝日襲撃『赤報隊』の正体」で紹介
鈴木さんについてのこの間の論評ということでは、月刊『文藝春秋』6月号の「朝日襲撃『赤報隊』の正体」もある。記事の最初の方でこう書かれている。
《今年一月一一日、「重要捜査対象者9人」の中の一人が都内の病院でひっそりと亡くなった。
旧右翼と一線を画し、「反米反共」など民族運動を訴えた新右翼団体「一水会」の創設者として、元朝日ジャーナル編集長の筑紫哲也に対談企画「若者たちの神々」で取り上げられたこともある文筆家の鈴木邦男である。》
その後、鈴木さんが公安に赤報隊事件関連でずっと追われていたことや、著書『夕刻のコペルニクス』で赤報隊に会ったと書いていることなどに言及していくのだが、この話自体はこれまでも言われてきたものだ。同記事ではもうひとり公安がマークしていた野村秋介さんについて取材した情報を詳しく紹介し、2人の民族派と赤報隊事件との関わりについて考察したものだ。
赤報隊との接触は、あったとしても鈴木さん自身は詳細は語らないとしていたし、鈴木さんをめぐる最大の謎でもある。ただこの月刊『文藝春秋』の記事は、この2人、特に野村さんについてはややモンスターのように描きすぎているという印象を持った。野村さんは確かに右翼陣営の代表的存在だったし、それを意識した発言も多かったが、一方ではバランス感覚も備えた人だから、ある一面をあまりに強調すると実態と離れてしまう怖れがある。
鈴木さんもそうで、『夕刻のコペルニクス』の記述も、この話に限らず、鈴木さん流の「話の盛り方」が目立ち、周辺でネタにされた人たちが当時ブーイングを口にしていたのを何度も聞いた。晩年はむしろ「好々爺」のような面ばかり強調されすぎていた気もするが、テロをも肯定する危険な右翼というイメージ同様、一面を捉えて肥大化するのは実態から離れてしまうような気がする。
謎のまま終わった赤報隊との関わり
月刊『創』(つくる)4月号の追悼特集や、4月2日の「偲び語る会」でも、鈴木さんを多面的に捉える必要性を説いてきた人間からすると、月刊『文藝春秋』の描き方も少し、何だかなあという感じがしないでもない。これはあくまでも記事を読んだ印象で、赤報隊をめぐる事実関係については今後も機会があるごとに検証する必要はあろう。その意味で、鈴木さんがもう少しそれについて言及する機会が、本人が亡くなったことで失われてしまったことが残念でならない。
なお映画の公式ホームページは下記だ。下高井戸シネマ以外の上映情報も今後決まり次第公開されていくはずだ。
http://kuniosuzuki.com/#theater
また下高井戸シネマのHPは下記だ。
http://www.shimotakaidocinema.com/
会場で映画のパンフレットはもちろん、『言論の覚悟 最終章』も販売する。映画のパンフレットでも私は鈴木さんについて語っているが、このパンフには一水会の木村三浩代表も登場しており、なかなか読み応えある内容だ。
鈴木さんについてはもっと多くの議論がなされてよいと思う。
他界した後、鈴木さんについて書いたヤフーニュースの記事も掲げておこう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230328-00343099
右翼からリベラルに変わった? 故・鈴木邦男さんについて考えることは日本の言論界を考えることでもある