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ドルで見るとはっきりする「アベノミクスで日本経済はますます衰退している」という現実

山田順作家、ジャーナリスト

■この7月から見ると株価は3ドル下落した

初めからこんな当たり前のことを書きたくないが、この世界で「お金」というのは、ドル(米ドル)のことである。私たちは「お金」というと、具体的には1000円札、1万円札など(日銀券:円)を思い浮かべるが、それはある意味で間違いだ。

なぜなら、日本円では世界のモノやサービスは買えないからだ。つまり、相手がそれを「お金」と思ってくれないものは「お金」でない。この点、基軸通貨のドルならほぼ世界中でモノやサービスを買える。つまり、ドルこそが「お金」だ。

というわけで、前回のおさらいの株価から書くと、この9月25日に日経平均は1万6374円と今年最高値を記録した。そのため、「株価が上がった」とメディアは報道した。しかし、ドルで見ると、下がっている。たとえば、2カ月前の7月25日の株価は1万5457円だったので、たしかに円では約900円上がっている。しかし、ドルでは下がっているのだ。

なぜなら、7月25日の円は1ドル約101円だったので、ドル換算すると株価は約153ドルになるが、9月25日の円は1ドル約109円だったので、ドルに換算すると株価は約150ドルとなるからだ。つまり、株価は約3ドル下がったのである。

安倍首相と政府は、株価を見て政治をしていると言われている。株価が上がれば、支持率も下がらず、アベノミクスは成功していると考えているという。しかし、ドルで見れば下がっているのだから、アベノミクスは失敗である。

日本は富を失っているのだ。

■NYダウに比べて著しく劣る日経平均

では、ここでさらに時間軸を広げて、アベノミクスが始まったとされる2012年12月からの株価を見てみよう。以下、株価(日経平均)、当時の為替、ドルベースによる株価を並記してみる。

2012年12月1万0395円 1ドル83.57円(12月平均)約124ドル

2013年12月1万6291円 1ドル99.78円(12月平均)約163ドル

2014年09月1万6173円 1ドル109.48円(9月末日)約147ドル

確かに株価は円では約6000円も上がった。しかし、ドルベースにすると、わずか23ドルしかし上がっていない。では、この間、NYのダウ平均株価はどうだったのだろうか? 以下がNY株価だが、なんと3938ドルも上がっている。NY株価に比べると、日本株のパフォーマンスは著しく劣っている。

2012年12月NYダウ平均1万3104ドル

2013年12月NYダウ平均1万6576ドル

2014年09月NYダウ平均1万7042ドル

ではさらに時間軸を広げ、バブルのピークの1989年からの株価の推移を5年刻みで見てみよう。以下、株価(日経平均)、当時の為替、ドルベースによる株価を並記してみる。

1989年12月日経平均3万8915円1ドル137.96 円(通年平均)約282ドル

1990年12月日経平均2万3848円1ドル144.79 円(通年平均)約164ドル

1995年12月日経平均1万9868円1ドル 94.05 円(通年平均)約211ドル

2000年12月日経平均1万3785円1ドル107.76円(通年平均) 約127ドル

2005年12月日経平均1万6111円1ドル110.21円(通年平均) 約146ドル

2010年12月日経平均1万0288円1ドル 87.77 円(通年平均)約117ドル

2014年9月 日経平均1万6173円1ドル109.48円(9月末日) 約147ドル

バブルのピークのとき3万8915円あった株価はいまや半分以下になったが、これはドルベースで見てもほぼ同じだ。ただし、2000年以降は株価が150ドルを大きく超えたことはない。

それでは、NYのダウ平均株価はどうだっただろうか? 以下がその推移だが、この約25年でなんと約7倍になっている。いかに日本の株価が低迷してきたかがわかる。

1989年12月NYダウ平均  2753ドル

1990年12月NYダウ平均  2633ドル

1995年12月NYダウ平均  5117ドル

2000年12月NYダウ平均1万0787ドル

2005年12月NYダウ平均1万0717ドル

2010年12月NYダウ平均1万1577ドル

2914年09月NYダウ平均1万7042ドル

■日本の株価はドルベースでは150ドルが上限

ここで、さらに詳しく、この10年間の日本の株価のドルベースでの推移を見ると、面白いことに気がつく。

それは、ドルベースの日本の株価は多少の上下はあるが、前記したように、150ドルを越えて維持され続けたことがないことだ。120ドル、130ドルに下落することがあっても、160ドル、170ドルになったことはない。つまり、日本の株価は150ドルが上限と考えられるのだ。

とすると、たとえば、一部に株価が年末に1万8000円台まで上昇するとの見方があるので、ここまで行くと仮定すれば、このときのドルベースの株価は150ドルで動かないとすれば、円は1ドル120円になることになる。

為替相場と日本の株価はじつに単純な連動性で動いているのだ。

ただし、この連動性が将来も続くかどうかはわからない。

現在の円安が、アメリカ経済の回復によるドル高と考えられているうちはいいが、日本経済の衰退(つまりアベノミクスの失敗)によるものとしたら、このような連動ではすまなくなるからだ。

株価も下がり、円安も進むという負の連鎖になり、ドルベースの日経平均は140ドル、130ドルとどんどん下落する可能性がある。

■GDPはなんと1兆ドルも減ってしまった

さて、今度はドルベースで、日本のGDPを見てみたい。GDPというと、たいていは成長率(年率何パーセント)で語られるが、それは前年に比べて伸びたかどうかという話に過ぎない。本来は、総額の推移で見るべきである。

そこで前回記事でも書いたが、以下、この3年間の日本の名目GDPの推移(2014年はIMFによる推計)を示すと、次のようになっている。

2012年473兆7771億円

2013年478兆3682億円

2014年492兆3952億円

少しずつだが、確実にGDPは増えている。ただし、これは円での総額だ。そこで、これをドルベースにすると、どうなるだろうか?

2012年5兆9378億ドル

2013年4兆9015億ドル 

2014年4兆8463億ドル

なんと、アベノミクスが始まる前、円が1ドル70円代の「円高」だったときは、約5兆9000億ドルあった日本のGDPは、いまや約4兆8500億ドルと、1兆ドルも吹き飛んでいる。日本の富は、ドルベースでは大幅に失われてしまったのである。

つまり、アベノミクスは日本の経済成長になんの好影響を与えず、日本経済そのものはドルベースでは衰退を続けている。

■1.5〜2倍の成長は当たり前なのに日本だけ低迷

こうした日本経済の長期衰退は、30年前にさかのぼって、日本のGDPの推移を見るとよりはっきりする。以下、1980年から5年おきのドルベースの名目GDPを列記してみる。

《日本の名目GDP》

1980年 1兆0870億ドル

1985年 1兆3845億ドル

1990年 3兆1037億ドル

1995年 5兆3339億ドル

2000年 4兆7312億ドル

2005年 4兆5719億ドル

2010年 5兆4954億ドル

2014年 4兆8463億ドル

日本経済は、1980年代は確実に成長していた。そして1995年に1ドル90円台の円高が続いたときGDPは約5兆ドルとなり、そこをピークにほとんど増えていないばかりか減っているのだ。

では、アメリカはどうだろうか? 1995年と2010年を比べると、次のようになる。

《アメリカのGDP》

1995年 7兆4146億ドル

2010年14兆5266億ドル

見ればわかるように約2倍になっている。では、ほかの国はどうだろうか? 以下、主要国のドルベースの名目GDPを列記してみよう。

《中国のGDP》

1995年 7570億ドル

2010年5兆9514億ドル

《ドイツのGDP》

1995年 2兆5226億ドル

2010年 3兆2738億ドル

《イギリスのGDP》

1995年 1兆1572億ドル

2010年 2兆2617億ドル

《イタリアのGDP》

1995年 1兆1261億ドル

2010年 2兆0556億ドル

《ブラジルのGDP》

1995年   7690億ドル

2010年 2兆1430億ドル

中国のGDPの伸びは驚異的で、なんと15年で約8倍になり、2010年に日本を抜いて世界第2位になっている。ブラジルも驚異的である。ただし、これら新興国を例外として、先進国ですら少なくとも1.5〜2倍の成長を遂げている。あのイタリアですら約2倍になっているのだから、いかに日本が成長していないかがわかる。

しかも、これはドルベースだけの話ではなく、円ベースで見ても、いまの日本のGDPは1995年と同水準であり、約20年間成長していない。

■少子高齢化が進みもっとも早く「老いた」日本

ではなぜ、日本はここまで成長しなくなってしまったのだろうか?

私はその最大の要因を、少子高齢化が世界最速で進んだからだと思っている。 

ひと言で言えば、日本は世界の先進国のなかで、もっとも早く「老いた」のである。アメリカは移民国家だから人口減は起らず、高齢化もそこまで進んでいない。欧州先進国も、移民を受け入れることで、少子高齢化のダメージを補ってきた。しかし、日本だけは鎖国政策を取り続けて、今日まできてしまった。

もう一つ、大きな要因は、冷戦構造が失われ、世界がグローバル・ワンマーケットになったため、日本の産業の優位性が失われたことだ。西側世界の優等生だった日本に、ライバルが次々に出現したことは大きい。

また、金融ビッグバンで資本移動が自由化されたため、マネーは儲かる国へどんどん流出していき、日本は魅力的なマーケットではなくなったのである。

さらにもう一つ、日本は経済成長できなくなった穴埋めを、財政出動することで支えてきた。そのため借金財政に陥り、その借金がドンドン膨らんで民間経済を圧迫するようになってしまった。

日本のGDPを支えてきたのは、じつは借金であり、もしそれがなければ日本経済はもっと落ち込んでいたと言えるのだ。アベノミクスはこの借金をさらに拡大しているのだから、今後の日本を考えると、慄然とする。

■1人当たりの名目GDPランキング24位に転落

現在の日本は、アベノミクスなどという大風呂敷を広げられるような国ではない。そんなことをするくらいなら、これ以上、国民1人1人の生活レベルが落ちないように、低成長でもやっていけるシステムを構築すべきなのに、政治家や官僚はそれをやろうとしない。いまだに経済成長を夢見て、昔のやり方で経済運営を行っている。

次は、ドルベースで見た2013年の1人当たりの名目GDPランキングだが、日本はすでに24位までランクを落としている。

1、ルクセンブルグ 110,423.84

2、ノルウェー 100,318.32

3、カタール 100,260.49

4、スイス 81,323.96

5、オーストラリア 64,863.17

6、デンマーク 59,190.75

7、スウェーデン 57,909.29

8、シンガポール 54,775.53

9、アメリカ 53,101.01

10、カナダ 51,989.51

18、ドイツ 44,999.50

20、フランス 42,999.97

23、イギリス 39,567.41

24、日本 38,491.35

27、イタリア 34,714.70

33、韓国 24,328.98

84、中国  6,747.23

93、タイ 5,674.39

現在の世界で国民がもっとも豊かな国は、トップ3のルクセンブルグ、ノルウェー、カタールで、この3国はすでに10万ドルを超えている。日本は3万8491ドルで、トップ3の2分の1以下。アメリカですら5万ドルは超えている。

■経済成長率ではアメリカだけが突出している

それでは、今後、日本経済はどうなるのか?そして円はどうなるのか?を短期的に考えてみたい。向こう1年ぐらいのタームで考えると、このまま景気後退に向かうのは間違いない。

すでに、アベノミクスには材料がない。「第3の矢」(改革)は口先だけで、ほとんどやっていないのだから、景気回復は無理だ。TPP妥結も法人税減税も先送りしていつ決まるのかもわからない。特区もまだ始動していない。

だから、安倍首相は、最近は「女性が輝く社会」「地方創生」などと言うしかなくなった。

となると、円安はさらに進むだろう。その理由は、一にも二にもアメリカ経済の復活だ。先進国経済のなかで、いまやアメリカは一人勝ちになりつつある。

9月15日に発表された経済協力開発機構(OECD)のレポートを見ると、このことははっきりする。

OECDでは、2015年の先進国のGDP成長率を次のようにしている。

アメリカ3.2%、日本1.4%、ドイツ2.0%、イギリス2.3%、フランス1.5%(ユーロ圏全体1.3%)

アメリカがすべての先進国を上回っている。日本もユーロ圏も1%台と低く、アメリカの半分以下である。しかも、今年度(2014年度)の年間予測は、アメリカ以外はみな下方修正され、ユーロ圏は0.7%、日本は0.9%となっている。

これではドル高(=円安)になるのは当然である。

さらに、もうすぐ「量的緩和」(QE)は終了し、来年になれば、FRBは「フェデラルファンズ・レート」(アメリカの政策金利)を引き上げる。

市場はFRBの動きを見ながら動く。たいてい半年先の市場動向を予測して、現在が決まる。つまり、ドルの金利上昇を見越して、今後もドルが買われていくだろう。

私が子供の頃、ドルは1ドル360円だった。そして、ドルは豊かなアメリカの象徴だった。私は横浜生まれなので、当時のアメリカ兵たちの豊かさをよく知っている。

あの頃のような「ドル最強時代」が再びやってくる可能性がある。そして、私たちはどんどん貧しくなる。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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