都「子ども受動喫煙」防止条例の内容を検証する
東京都議会で都民ファーストの会(以下、都ファ)と公明党、民進党が提出している「子どもを受動喫煙から守る条例案」が、10月3日の東京都議会の厚生委員会で可決され、今日5日の本会議で成立した。以下、内容を抜粋する。
都ファなどによれば、これは啓発を目的にした条例ということだが、実際に効果はあるのだろうか。
家庭内での禁煙例
家庭内での10代の子どもの受動喫煙は、同じ家庭内の大人の喫煙者の数に関係している(※1)。米国マサチューセッツ州の10代の男女1606人を対象にした電話調査によれば、家庭内にタバコを吸う大人が喫煙しないように気をつけている割合は53%、子どもに配慮してタバコを吸うエリアを決めていた割合が22%、家庭内ではタバコを吸わないようにしている割合が25%だった。結果として、家庭内での大人の喫煙制限は、子どもの受動喫煙のリスクを大きく減らすことがわかった、と言う。
米国カリフォルニア州の18歳以上の6985人を対象にした電話調査では、76%が家庭内でタバコを吸わず、66%が自家用車内の禁煙を実行していると回答している(※2)。また、タバコを吸う友人が多い非喫煙者と比べ、タバコを吸わない友人が多い非喫煙者のほうが約8倍、自宅内は禁煙とする割合が高かった。一方、自分が喫煙する場合、友人に喫煙者が多くなくても自宅を禁煙にしている喫煙者は半分以下だが、子どもがいる喫煙者が自宅を禁煙にする割合は、子どものいない喫煙者に比べて約6倍高かった、と言う。
家庭内や自家用車内での禁煙は、当然だが両親の決定が強く影響する。米国の463世帯を対象にした調査では、50%で家庭内禁止を実施し、58%で自家用車内を禁煙にしていた(※3)。また、この傾向は5歳以下の子どものいる家庭でより顕著だった。また、医師や医療機関からの受動喫煙についての注意勧告が両親の決定に影響していることもわかった、と言う。
家庭内での禁煙は、子どもが将来タバコを吸うかどうかと関係する(※4)。米国マサチューセッツ州の子ども(12歳から17歳)3831人を対象にした電話調査によれば、家庭内を禁煙にしていた世帯では、子どもが喫煙を始める割合が約半分だった、と言う。この影響は、親が喫煙者であっても、また親が喫煙に寛容であっても同じ結果が示唆されたようだ。
一方、家庭内という私的空間における禁煙措置はかなりいい加減、とする研究もある(※5)。米国の43613世帯を対象にした調査研究によれば、家庭内で禁煙しているとする回答の約12%が不確かと推定され、特にタバコを吸う大人が一緒に住む大家族世帯で、家庭内での禁煙が厳密に行われている可能性は低い、と言う。研究者は、喫煙者と子どものいる世帯からの家庭内での禁煙状況について自己申告に頼るべきではない、と主張している。
都ファらの条例案には罰則規定はないし、通報制度も行政が家庭に介入することもない。あくまで受動喫煙の害を広めるための啓発が目的ということだが、米国の事例をみても日本では喫煙者のいる家庭のまだ約半数以上が自宅内で喫煙している可能性が高い。
受動喫煙の害に対する知識
受動喫煙が非喫煙者の健康に害を及ぼすという認識は、家庭内での喫煙行動にどう影響しているのだろうか。スペイン・バルセロナで731人を対象にした調査(※6)によれば、57.4%の家庭が屋内禁煙を決めており、世帯の誰もタバコを吸わない家庭は2.68倍、未成年者がいる世帯では1.4倍、その割合が高かった。また、受動喫煙が非喫煙者の健康に害を及ぼすことを知っていた人は知らない人より1.77倍、家庭内での禁煙を実施していた、と言う。
オランダの新生児を持つ母親にアンケート調査をした研究では、自分が喫煙するか非喫煙者かによって、母親の自分の子どもに対する受動喫煙の態度が大きく異なることがわかっている(※7)。この研究では、オランダのベビークリニック(生後1ヶ月から14ヶ月)に通う1551人の母親(喫煙・非喫煙)を対象にアンケートを実施した。
その結果、自分の子どもに対する受動喫煙を避けようとする割合は、喫煙者で55%、非喫煙者で69%だった。この態度は、対象者の教育レベルやセルフエフィカシー(自己効力感)との関係が示唆され、研究者は親や保護者に対するタバコの害の教育や受動喫煙に対する態度強化が必要、としている。
条例制定によって受動喫煙の害に対する知識が広まれば、それによって被害を受ける子どもたちの数も減っていくはずだ。受動喫煙による死亡率は、全世界の死亡率の約1%という調査がある(※8)。このうち28%が子どもであり、障害調整生存年数(※9)による寿命短縮のうち61%を子どもが占めているようだ。
受動喫煙の健康被害について細かく述べない。筆者の過去の記事を読んでいただければうれしいが、以下にいくつか最近の研究を紹介する。
同居している親などの喫煙により受動喫煙にさらされた子どもは、大人になってからアテローム性動脈硬化症(※10)になるリスクが上がる(※11)。フィンランドの2511人を対象にした最近の調査でも大人になって動脈硬化の指標であるhsCRP値(※12)が高い割合が、両親またはどちらかが喫煙者であった場合に高くなり、特に母親が喫煙者だった子どもは2.4倍も多かった、と言う。
受動喫煙にさらされた子どもでは認知能力が劣る傾向にある、という研究がある(※13)。米国の国民健康栄養調査と学力テストの結果をもとに、6歳から16歳までの米国の子どもの血液中コチニン値(コチニンはニコチンの代謝物で喫煙や受動喫煙のバイオメーカーになる)と比較した。すると、コチニン濃度と読書能力、算数、認知能力など、いくつかの点で逆相関、つまり受動喫煙にさらされていない子どもほど点数が高かった、と言う。
タバコ規制は家庭内禁煙を助長する
公共の場所でのタバコ規制が家庭内での喫煙を助長するのではないか、という危惧も聴かれる。これについてヨーロッパで厳しいタバコ規制のある英国(スコットランド以外)、ドイツ、フランス、オランダ、アイルランドを対象にした調査(※14)では、規制後にタバコを止める喫煙者の割合は各国で増え(17%〜38%)、その理由は家庭に子どもがいたりアルコールが飲めるバーなどで禁煙になったりしたことだった。つまり、公共の場所でのタバコ規制により、喫煙者はタバコを家庭に持ち込むことを選択するよりタバコを止めることを選択する傾向にあることがわかる。
米国18州の25歳以上の喫煙者1315人を対象にした電話調査は、家庭内での禁煙とタバコ規制の政治的提案との関係を調べている(※15)。このタバコ規制は1998年の米国カリフォルニア州の議会選挙で出されたタバコ税を上げる提案(※16、以下、TCP)だ。
その結果、TCPについて聴いたことがあると回答した喫煙者が家庭内禁煙をしている割合はそうでない喫煙者より約2.3倍高かった。また、TCP提案と同時にメディアでアナウンスされた受動喫煙について聞いたことがあると回答した喫煙者では、そうでない喫煙者に比べて家庭内禁煙をする割合が約3倍高かったことがわかった、と言う。つまり、タバコの値上げや公共の場所などでのタバコ規制について知識があれば、家庭内でも禁煙しよう、という動機が高まる、というわけだ。
以上、家庭における受動喫煙について、海外の事例などを参考に挙げてみた。受動喫煙の健康への悪影響を知っている家庭のほうが家庭内での禁煙をすすめ、約半数が自宅や自家用車内でタバコを吸わないようにしているらしい。ただ、まだ多くの子どもたちが受動喫煙にさらされている。また、家庭の外、つまり公共の場所でのタバコ規制を平行して進めていくことで、より効果が出るようだ。
今回の子どもを対象とした受動喫煙規制とは別に、東京都は独自のタバコ規制案を年度内に都議会へ提出するようだ。まず、啓発を進め、理解を得ながら、東京都が国に率先してより厳しい受動喫煙防止条例を策定することになるだろう。
※1:LoisBiener, et al., "Household Smoking Restrictions and Adolescents' Exposure to Environmental Tobacco Smoke." Preventive Medicine, Vol.26, Issue.3, 1997
※2:Gregory J.Norman, et al., "Smoking Bans in the Home and Car: Do Those Who Really Need Them Have Them?" Preventive Medicine, Vol.29, Issue.6, 1999
※3:Helen J. Binns, et al., "Influences on parents’ decisions for home and automobile smoking bans in households with smokers." Patient Education and Counseling, Vol.74, Issue2, 2009
※4:Carey Conley Thomson, et al., "Household smoking bans and adolescents' perceived prevalence of smoking and social acceptability of smoking." Preventive Medicine, Vol.41, Issue2, 2005
※5:Elizabeth A. Mumford, et al., "Home smoking restrictions: Problems in classification." American Journal of Preventive Medicine, Vol.27, Issue2, 2004
※6:Cristina Lidon-Moyano, et al., "Secondhand smoke risk perception and smoke-free rules in homes: a cross-sectional study in Barcelona (Spain) ." BMJ Journals, Vol.7, Issue1, 2016
※7:Mathilde R.Crone, et al., "Factors That Influence Passive Smoking in Infancy: A Study among Mothers of Newborn Babies in The Netherlands." Preventive Medicine, Vol.32, Issue.3, 2001
※8:Mattias Oberg, et al., "Worldwide burden of disease from exposure to second-hand smoke: a retrospective analysis of data from 192 countries." The LANCET, Vol.377, Issue9760, 2011
※9:障害調整生存年数:DALY、Disability-Adjusted Life-Years。疾病や障害に対する負担を総合的に勘案し、障害の程度や障害を有する期間を加味することによって調整した生存年数のこと。
※10:アテローム性動脈硬化症:動脈の内側に粥状の隆起ができる状態になった動脈硬化症。脳梗塞や心筋梗塞、虚血性心疾患などを引き起こす。
※11:Di Wang, et al., "Exposure to Parental Smoking in Childhood is Associated with High C-Reactive Protein in Adulthood: The Cardiovascular Risk in Young Finns Study." Journal of Atherosclerosis and Thrombosis, 20, July, 2017
※12:hsCRP:高感度CRP。動脈硬化の評価の指標で炎症系C反応タンパク質を検査して得る値。
※13:Kimberly Yolton, et al., "Exposure to Environmental Tobacco Smoke and Cognitive Abilities among U.S. Children and Adolescents." Environmental Health Perspectives, Vol.113, No.1, 2005
※14:Ute Mons, et al., "Impact of national smoke-free legislation on home smoking bans: findings from the International Tobacco Control Policy Evaluation Project Europe Surveys." Tobacco Control, BMJ, Vol.22, Issue e1, 2011
※15:Gregory J. Norman, et al., "The Relationship between Home Smoking Bans and Exposure to State Tobacco Control Efforts and Smoking Behaviors." American Journal of Health Promotion, Vol.15, Issue.2, 2000
※16:Califorunia Proposition 10、TCP。早期幼児教育の資金とするために紙巻きタバコを50セント値上げすることを目的として提案され、実行された。