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文大統領には皮肉にも「助け船」となる「慰安婦原告敗訴」判決 韓国政府が補償へ

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
元慰安婦・李容洙さんと面会する鄭義溶外交部長官(韓国外交部提供)

 韓国人元慰安婦ら計20人が日本政府を相手取り、総額約30億ウォン(約2億9100万円)の損害賠償を求めた訴訟でソウル中央地裁は21日、原告の請求を却下する判決を言い渡した。ソウル中央地裁は元慰安婦12人が提訴した1月の同様の判決では原告の訴えを認め、日本政府に金銭補償の支払いを命じていた。ソウル中央地裁は一転、180度異なる判決を下したことなる。

(参考資料:韓国の「不法判決」で日韓関係は修復不能となるか?)

 同じ内容の訴訟にもかかわらず、真逆の判決となったのは前回は認めなかった「被告が国の場合、国家の行為や財産は他国の裁判所で裁かれない」とする国際慣習法上の「主権免除」の原則を認めたことに尽きる。

 僅か3か月で判決が翻った、それも勝訴から一転敗訴となったことで当然、原告の元慰安婦や支援団体からの反発が予想されるが、問題は韓国政府の受け止め方と今後の対応にある。

 文在寅政権はこれまで慰安婦問題では一貫して日本に賠償を命じた裁判所の判決には従わざるを得ないと言ってきた。「韓国政府が何とかすべき」との日本政府の主張に対しても三権分立である以上、行政は司法には介入できないのでどうにもならないと言い続けてきた。

 韓国政府の「裁判結果を尊重せざるを得ない」とのスタンスは日本企業に対して元徴用工への支払いを命じた2018年の最高裁の判決の時も、去る1月のソウル中央地裁の日本敗訴の判決でも一貫していた。

 文大統領自身も2019年1月の年頭記者会見で日本企業に賠償を命じた大法院の判決について「韓国は三権分立の国で判決は尊重せざるを得ない。日本は判決に不満があったとしても『仕方がない』との認識をもつべきだ」と、日本に韓国の判決を受け入れるよう迫っていた。

 文政権が今もこうした立場に立っているならば、日本の主権免除を認め、日本政府に賠償支払いの義務を負わさなかった今回の判決も当然、尊重しなければならないし、おそらく従うことになるだろう。

 文大統領は1月の原告勝訴判決の時は「正直言って、少し困惑している」と胸の内を明かしていた。また、元徴用工裁判で差し押さえられた日本企業の資産現金化については「強制的な現金化は両国の関係において望ましいとは思わない」と否定的な考えを明らかにしていた。

 弁護士出身の文大統領にとっては1月の判決は想定外だったようだ。裁判所が国際慣習法上の「主権免除」の原則を認めると予想していたからだ。でなければ、「正直言って、少し困惑している」とのコメントはしなかっただろう。

 仮にそうだとするならば、今回は文大統領が望んでいたとおりの判決が下されたことになる。まして、同じソウル中央地裁で、それも1月の判決も査定したうえでの今回の判決だけに文大統領にとっては内々に検討している韓国政府が原告らに補償を支払う大義名分ができたのではないだろうか。

 文大統領は政権の座に就くまでは朴槿恵前政権が2015年に日本政府との間で交わした「日韓慰安婦合意」を「真実と正義の原則に反しており、内容も手続きもすべて誤りである」と批判していたが、今では両国による「公式的な合意」であることを認め、また、日本企業の資産現金化についても「強制的な現金化は両国の関係において望ましいとは思わない」との考えを述べていた。

 しかし、現実には判決に縛られ、韓国政府が慰安婦への補償を負担するにも身動きが取れなかった。その意味では、今回の判決で法の呪縛から解かれたと言っても良い。

 文大統領は最終的には韓国政府が賠償金を立て替え、元慰安婦や元徴用工らの賠償権利(債権)を購入することで日本企業の資産現金化を防ぎ、その後については日本側と協議することを検討していた。

(参考資料:文在寅大統領の「対日メッセージ」を韓国メディアはどう伝えたのか?)

 これまで韓国の裁判所の判決は不当と相手にしなかった日本としても、今回のソウル中央地裁の判決は歓迎だろう。韓国政府がこの判決に従い、慰安婦問題の補償問題を国内で処理するなど歩み寄る姿勢を示せば、折衝、折り合いも可能との受け止め方が菅政権内にはある。

 日本との政治決着を目指す文大統領にとってのネックは「被害者が納得することが先決である」として、被害者重視を前面に打ち出したことにある。

 「被害者が納得しなければ、政治決着は難しい」と言ってきただけに今回敗訴した被害者の象徴的存在である李容洙さん(93歳)らを説得できるかどうかにかかっているが、李さんが慰安婦問題の国際司法裁判所(ICJ)への付託を唱えていることから容易ではない。また、支持層の進歩派らの理解を得るのも至難である。対応を誤れば、支持層の離反を招く恐れもある。

  鄭義溶外交部長官や鄭英愛女性家族部長官が李さんとの面会に応じても、文大統領は李さんの面談要望には今もって応じてない。付託を取り下げるよう説得する自信がないからだろう。

(参考資料:「慰安婦・徴用工問題」をICJに提訴すべきか?! ハムレットの心境の文大統領)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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