中東情勢と国際情勢をさらなる戦火に巻き込む危険を孕むシリアのアル=カーイダのアレッポ侵攻
シリア北西部のいわゆる「解放区」で活動を続ける反体制武装勢力諸派が11月27日早朝に「攻撃抑止」と銘打った一大侵攻作戦を開始してから、4日目を迎えた。
現地情勢をめぐっては、さまざまな情報と憶測が飛び交っており、いまだ実態を把握することは困難である。だが、徐々にその様相が明らかになりつつある。
「攻撃抑止」軍事作戦局とは?
作戦は「攻撃抑止」軍事作戦局を名乗る組織が11月27日にテレグラムに専用アカウントを開設し、午後2時7分に開始を正式に発表した(ロシアのタス通信によると、攻撃は11月27日の午前7時30分に開始された)。
イスラエルとレバノンのヒズブッラーの停戦合意が発効(11月7日午前4時)し、シリア国内外が安堵の空気に包まれなかで、意表を突くかたちで開始されたこの作戦により、「攻撃抑止」軍事作戦局は11月29日までに、シリア政府の支配下にあったアレッポ県西部とイドリブ県南東部に侵攻し、シリア最大の商業都市アレッポ市と首都ダマスカスを結ぶM5高速道路沿線、同高速道路と、シリア最大の港湾都市ラタキア市とアレッポ市を結ぶM4高速道路が結節するサラーキブ市(イドリブ県)を制圧した。また、11月29日にはアレッポ市への進攻を開始したと宣言、その直後にアレッポ市の西部にあるアレッポ大学の学生寮を砲撃し、4人の学生を死に追いやった。「攻撃抑止」軍事作戦局の発表によると、11月29日までに40の町村、シリア軍の基地や拠点などを制圧し、T-90などの戦車、歩兵戦闘車など多数を捕捉、シリア軍兵士200人以上を殺害、20人を捕捉しているという。
日本のメディアも時事通信を皮切りに、シリアでの4年8ヵ月ぶりとなる大規模戦闘について、「反体制派」、「反体制派勢力」、あるいは「反体制派の武装勢力」による攻勢が起きているなどといったあいまいな報道を行うようになっている。
だが、「攻撃抑止」軍事作戦局は、シリアにおける「反体制派」のステレオタイプである、自由と尊厳の成就をめざす「シリア革命」の戦士、あるいは「自由シリア軍」という美辞とは程遠い。
同局の司令官を務めるというハサン・アブドゥルガニー(准将)を名乗る人物は、「決戦」作戦司令室の報道官を兼務している。
「決戦」作戦司令室は、2019年6月に、シリア軍、ロシア軍、そして「イランの民兵」の攻勢に対峙するためシリア北西部で発足した武装連合体である。主な参加組織は、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織(国連安保理ISIL&アル=カーイダ制裁リストQDe.137)のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)、トルコの後援を受ける国民解放戦線(シリア国民軍)によって主導されている。国民解放戦線には、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動、シリア・ムスリム同胞団系とされるシャーム軍団、バラク・オバマ政権下の米国が「穏健な反体制派」とみなして支援してきたヌールッディーン・ザンキー運動、ナスル軍などからなっている。
トルコを拠点とする反体制派サイトのイナブ・バラディーは11月27日、「攻撃抑止」軍事作戦局に参加している組織は明らかではないと報じていたが、同局は「決戦」作戦司令室の別名義であると考えることができる。
しかし、「攻撃抑止」軍事作戦局がテレグラムのアカウントを通じて発信する情報から、それがシャーム解放機構によって指揮されていることが確認される。同局は11月28日午後8時42分、総司令部で指揮にあたるシャーム解放機構の指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーの写真を公開した。
また11月29日午後4時39分には、アレッポ市に進攻した戦闘員を激励するとともに、民間人に危害を加えないよう指示するジャウラーニーの映像が公開された。
さらに、11月30日午前0時6分には、シャーム解放機構の精鋭部隊であるアサーイブ・ハムラー(赤い鉢巻き)部隊の夜襲を宣伝する映像が公開された。
日本のメディアが「反体制派」、「反体制派勢力」、あるいは「反体制派の武装勢力」と呼ぶ「攻撃抑止」軍事作戦局は、アル=カーイダそのものだと言っても過言ではない。
無人航空機による攻撃
「攻撃抑止」軍事作戦局の最大の特徴は、爆発物を装填した攻撃型の自爆無人航空機を駆使して攻撃を行っている点である。同局は11月27日午後10時44分、シャーヒーン大隊と呼ばれる無人航空機部隊の映像を公開した。映像には、イスラーム国がかつて使用していたのと同じ、発射時を推進力とする自作の無人航空機、回転翼式の無人航空機、自作か外国から購入されたのか区別がつかない無人航空機などが映し出されていた。
シャーム解放機構と無人航空機をめぐっては、トルコの日刊紙『アイドゥンルク』が9月9日、地元情報筋の話として、ウクライナ政府がシリア駐留ロシア軍に対する極秘作戦を実行するため、シャーム解放機構との関係を築いていると伝えていた。同筋によると、ウクライナの使節団は6月18日にイドリブ県を訪れ、シャーム解放機構の幹部の1人であるハイサム・ウマリーらと会談し、同機構が拘束しているチェチェン人やジョージア人の戦闘員の釈放を求める見返りとして、無人航空機75機を供与すると持ちかけた、とされた。
真偽は定かではないが、シリア軍が今年初めごろから、FPV型の自爆無人航空機を投入し、シリア北西部を攻撃するようになっていたことに対抗するために、シャーム解放機構が無人航空機の入手や開発に力を入れていたことだけは確かである。
「攻撃抑止」軍事作戦局は、11月28日午前10時13分、シャーヒーン大隊がハーン・アサル村(アレッポ県)近くの警察学校に設置されている多連装ロケット砲の砲台1ヵ所に対して特殊作戦を実施、これを破壊したと発表した。また、午後11時47分には、カフルナーハー村(アレッポ県)にある軍の陣地や集結地を攻撃したと発表した。11月29日にも、午前1時50分に無人航空機の映像を、午後11時38分にも映像を公開した。
シャーム解放機構が主導する反体制派が、無人航空機を攻撃に使用したと正式に発表したのはこの映像がである。
シリア軍とロシア軍の戦果発表
ロシア当事者和解調整センターは11月28日、ロシア空軍がアレッポ県とイドリブ県でシャーム解放機構の戦闘員ら400人以上、29日には200人を殲滅したと発表している。シリアの国防省も11月29日、戦闘員数百人を殺傷し、車輛、装甲車数十輌と無人航空機17機を撃破するなど、テロ組織に甚大な損害を与えたと発表している。
この数字は誇張されているとものと考えられるが、英国を拠点とする反体制派系NGOのシリア人権監視団は、11月27日から29日にかけて277人が死亡したと発表している。内訳は、以下の通りである。
〇戦闘員259人
- シャーム解放機構135人
- 国民軍(国民解放戦線)諸派24人
- シリア軍側100人(うちシリア軍兵士79人(士官4人)、「イランの民兵」のシリア人メンバー6人、イラン・イスラーム革命防衛隊顧問1人、外国人15人)
〇民間人24人(うち子ども5人、女性3人、学生4人)
こうした犠牲者に関して、シャーム解放機構に近いホワイト・ヘルメットやそれに類するシリア国内外の組織や活動家は、シリア軍とロシア軍の爆撃と砲撃による死者についてのみ取り上げ、戦闘が双方向的なものであること、シャーム解放機構がその主要な当事者であることには一切触れようとしない。
また、「シリア革命」を支持・擁護する活動家らは、SNSを通じて「攻撃抑止」軍事作戦局が制圧したとされる町や村の写真を拡散し、独裁からの「解放」を歓迎している。
こうした状況を受けて、シリアの国防省は、11月29日にテロ組織はさまざまなプラットフォームを通じて、市民を恐怖に陥れることを目的とした虚偽の情報やニュース、誤解を招く動画を拡散しているとしたうえで、市民に対して、これらのニュースや誤情報を信用せず、国営メディアから情報を得るよう呼びかけた。また、国営のイフバーリーヤ・チャンネルも11月29日、アレッポ市中心部の映像を公開し、一部メディアやSNSで拡散されている情報のような混乱はなく、平穏であると伝えている。
連鎖の兆し
「攻撃抑止」軍事作戦局の一大攻勢を受けて、シリア軍とロシア軍は、11月27日から「反体制派」、つまりはシャーム解放機構が軍事・治安権限を握るシリア北西部各所への爆撃と砲撃を開始した。シリア人権監視団によると、11月29日までに、両軍の爆撃は86回に及んでいる。内訳は、11月27日が33回、28日が27回、29日が23回である。ロシア軍はまた、11月28日と29日に、トルコの占領下(「フーフラテスの盾」地域)にあるマーリア市(アレッポ県)にあるシリア国民軍の拠点に対して2回の爆撃を行っている。ロシア軍がトルコ占領地を爆撃するのは異例である。
このほか、シリア軍や「イランの民兵」、あるいはロシアの支援を受けるパレスチナ人民兵組織のクドス旅団などが、ダイル・ザウル県などから増援部隊を派遣し、事態収拾をめざしている。
こうしたなか、シリア東部で潜伏を続けるイスラーム国は、11月29日、ダイル・ザウル県からアレッポ県方面に移動を始めた、アサド大統領の実弟のマーヒル・アサド准将が司令官を務めるシリア軍の精鋭部隊第4機甲師団の車列を襲撃し、車輛2輌を破壊した。シリア軍はこれを受けて、ビシュリー山(ダイル・ザウル県)一帯を爆撃した。イスラーム国を標的とする爆撃は、同組織が米国(有志連合)の占領下にあるヒムス県タンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)に隣接する地域を主な潜伏地としていたこともあり、長らくロシア軍が担っていた。直近では、ロシア軍は11月27日にビシュリー山一帯とラサーファ市(ラッカ県)の砂漠地帯にあるイスラーム国の拠点を爆撃している。それに比して、シリア軍がイスラーム国を爆撃するのも最近ではほとんど見られなかった。
なお、シリア国内で停戦監視にあたるロシア当事者和解調整センターの発表によると、米軍(有志連合)は11月27日には有人・無人の航空機によってシリア政府支配地上空を15回、29日は14回にわたって侵犯している。
11月29日にはまた、所属不明の戦闘機がユーフラテス川西岸のブーカマール市(ダイル・ザウル県)のマイーズィーラ村一帯の砂漠地帯に設置されている「イランの民兵」の拠点複数ヵ所を爆撃した。また、この爆撃に先立って、タンフ国境通行所の基地に向けて発射されたと見られる「イランの民兵」の無人航空機1機を同地に駐留する米軍が撃墜している。
このほか、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、公式ウェブサイトが11月28日午後9時30分頃に正体不明の勢力によるハッキングの試みとサイバー攻撃を受けたと発表した。同サイトは11月30日現在も閲覧できない状況が続いている。
「戦闘抑止」の戦いに伴うアレッポ県西部とイドリブ県南東部の混乱は、独裁に対する市民の反抗という「アラブの春」のステレオタイプをもって理解し得ないことは言うまでもない。だが、それだけでなく、事態は、イスラーム国、米軍、そして「イランの民兵」といったシリア内戦の主要な当事者をも巻き込むかたちで悪化する可能性と隣り合わせである。とりわけ、米軍や「イランの民兵」は、2023年10月7日に始まったパレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦に端を発するイスラエル軍との戦闘の当事者でもある。
イスラエル軍との戦闘は、11月27日に米国の仲介によりイスラエル、レバノンの両政府が停戦に合意したことで、終息の兆しが見えつつある。だが、「戦闘抑止」の戦い、そしてシャーム解放機構の動きは、この戦闘停止にくさびを打ち込もうとするものであり、シリアだけでなく、パレスチナ、イスラエル、レバノンなどといった中東地域、さらには国際社会全体をさらなる戦火に巻き込む危険を孕んでさえいる。