シリアでシャルア(ジャウラーニー)司令官と武装勢力が組織解体と統合で合意:新生シリア軍創設は至難の業
シリア軍事作戦総司令部(「攻撃抑止」軍事作戦局)のアフマド・シャルア(アブー・ムハンマド・ジャウラーニー)司令官は12月24日、首都ダマスカスでバッシャール・アサド政権の打倒に参加した武装勢力の司令官らと会談した。
シリア情勢の進捗についての情報を発信するためにシリア軍事作戦総司令部開設した専門のプラットフォーム「自由シリア」によると、会談ではすべての武装組織を解体し、国防省のもとに統合することが合意された。
武装組織の解体と統合をめぐる決定
武装組織の解体と統合については、シャルア司令官が外国のメディアの取材などでたびたび言及してきた。この合意は、12月半ばにムハンマド・バシール暫定内閣が承認した決定、第16号、第17号、暫定憲法(草案)の第30条に従ったものである。これらの内容は以下の通りである。
会談に参加した武装組織の司令官
12月24日の会合には、シリア北西部で、シリア軍事作戦総司令部の前身で、「シリアのアル=カーイダ」として知られてきたシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)とともに「決戦」作戦司令室を主導してきた国民解放戦線(シリア国民軍)に所属するムウタスィム師団のムウタスィム・アッバース司令官、解放建設運動のアブー・ハーティム・シャクラー司令官、北部戦線のアブー・イッズ・サラーキブ司令官、イスラーム軍のイサーム・ブワイダーニー司令官が出席した。また、12月6日に結成され、シリア軍事作戦総司令部とともに首都ダマスカスを挟撃した南部作戦司令室に参加したダルアー県の武装組織の指導者のアブー・アリー・ムスタファー(地元指導者)、マフムード・ブルダーン・アブー・ムルシド(タファス市の指導者)アイイド・アクラア(ハイトム村の指導者、別名アブー・ハイヤーン・ヒート)、そしてシリア軍を離反して南部作戦司令室に合流した第5軍団第8旅団の士官の1人であるアリー・バーシュも出席した。
さらに、12月24日の会談先立って、12月17日には、自由人軍、イッザ軍、19日には国民解放戦線の司令官らがシャルア司令官と会談した。会談の内容は、シリア革命勝利への祝意が交わされたこと以外は発表されていないが、新生シリア軍創設についての意見が交わされたことは容易に見当がつく。
シャルア司令官の呼びかけへの消極的な動き
シリア軍事作戦総司令部のもとで創設されることになる新生シリア軍には、アサド政権を崩壊に追い込んだ「攻撃抑止」の戦いに参加した上記の武装組織が順当に参加することが予想される。
だが、南部作戦司令室内では、武装解除、解散、統合の是非をめぐって意見の相違が生じている。同司令室を主導する第5軍団第8旅団の司令官で、2018年までシリア南部でのシリア軍との戦いで名を馳せた、「カエル」の愛称で知られるアフマド・アウダは、12月11日にシャルア司令官と会談し、その際、シリア軍事作戦総司令部所属組織がダルアー県のナスィーブ国境通行所に展開することについては認めた。だが、レバノンのニュース・サイトのムドゥンによると、武装解除と統合については拒否の姿勢を示し、12月24日のシャルア司令官との会談への出席を見合わせたという。
クルド民族主義勢力
シリア軍事作戦総司令部の首都制圧を受けて、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア地域民主自治局の支配地では、アラブ系部族の民兵組織が、ダイル・ザウル県やラッカ県で相次いで同自治局の武装部隊であるシリア民主軍からの離反を表明している。これらの組織は、シリア軍事作戦総司令部への合流を宣言しているものの、同総司令部の権威がシリア全土に一様に及んでいない現状においては、自律的な活動を認めざるを得ない。
一方、シリア民主軍はシリア軍事作戦総司令部との対話に前向きな姿勢を見せてはいる。ただし、シリア民主軍は、かつてアサド政権との統合に向けた交渉を行った際も、クルド民族主義勢力の部隊としての特性、つまりは独自の組織や指揮系統を認めるよう求めており、それが交渉の決裂の一員となった。シリア民主軍がこうした基本姿勢で譲歩することは現時点では考えられず、統合的な軍組織の構築をめざすシリア軍事作戦総司令部と折り合うことはないだろう。
なお、トルコは、自らが「分離テロリスト」とみなすPYD、シリア民主軍、北・東シリア地域民主自治局との対決をシリア軍事作戦総司令部に求めているとも言われる。西欧諸国のなかは、シリア民主軍が新生シリア軍に合流すべきだとの姿勢をとる国もある。だが、シリア民主軍の最大の支援国である米国は、今のところ明確な姿勢を示してはいない。米国によるシリア民主軍への支援は、名目上はイスラーム国の復活阻止を目的としながらも、実際にはシリア北東部の油田地帯の権益を維持する狙いがある。シリア軍事作戦総司令部とシリア民主軍の対立、もしくは接近については、この権益との兼ね合いで評価が行われることになる。
TFSA
一方、トルコの占領下にあるシリア北部においては、TFSA(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られるシリア国民軍が存在する。シリア国民軍は、トルコで活動を続けるシリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)の傘下組織であるシリア暫定内閣の国防省が所轄している武装連合体である。
シャーム解放機構と「決戦」作戦司令室を主導してきた国民解放戦線は、形式上はこのシリア国民軍に所属していることになっている。だが、シリア国民軍自体は「攻撃抑止」の戦いには直接参加しておらず、「自由の暁」と銘打った別の作戦を実施し、シリア北部(アレッポ県タッル・リフアト市一帯、マンビジュ市一帯)のPYD支配地を掌握することに成功した。
新生シリア軍がシリアにおける唯一の軍隊となるには、このシリア国民軍の参加も不可欠だ。だが、これについても不確実性が大きい。
英国で活動するシリア人権監視団によると、シリア国民軍に所属するメンバー(国内避難民(IDPs))のなかには、シリア軍事作戦総司令部の首都ダマスカス掌握により、アサド政権の支配を脱した地域に帰還したいと考える者が少なからずいるという。しかし、トルコ当局は、彼らがシリア軍事作戦総司令部の支配地に帰還し、、同司令部に協力することを認めていないという。
また、シリア国民軍の主力をなすスルターン・スライマーン・シャー師団(通称アムシャート師団、ムハンマド・ジャースィム・アブー・アムシャ司令官)、ハムザート師団(サイフ・ブーラート(アブー・バクル)司令官)、スルターン・ムラード師団(ファヒーム・イーサー司令官)が、シリア軍事作戦総司令部に合流しようとする動きもない。
シリア軍事作戦総司令部によるアサド政権の打倒において、トルコが少なからぬ役割を果たしてきたことは、トルコが他国に先駆けて首都ダマスカスの大使館を再開し、ハカン・フィダン外務大臣をシリアに派遣したことから容易にうかがい知ることができる。だが、そのトルコ、そしてその庇護のもとで長らく活動を続けてきたシリア国民軍の活動地域、すなわちトルコの占領地は温存され、そのことがシリアの国民や領土の一体性だけでなく、新生シリア軍の一元性も損なわれるだろう。
米国の「民兵」、旧政権の「残党」
これ以外にも、米国(有志連合)が駐留するヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域ではシリア自由軍を名乗る武装組織が活動を続けている。しかし、米国の「民兵」とでも言うべきシリア自由軍も、シャルア司令官の呼びかけに応じて、武装解除するとは到底思えない。
加えて、アサド政権を支持してきた国防隊などの民兵にも、新生シリア軍への参加の道が与えられる必要がある。現在、シリア各地では、軍、警察、治安部隊の関係者の社会復帰に向けた和解手続きが行われている。だが、上述した閣議決定第17号において、アサド政権下でシリア軍や民兵を主導してきたアラウィー派宗徒が排除されている点は、国民軍の創設や軍による暴力の独占という観点から疑問を投げかける。
新生シリア軍がシリアにおける唯一の軍隊となり、(警察や治安機関とともに)国内において暴力を独占することには、アサド政権を打倒したすべての武装組織だけでなく、シリア民主軍に所属する諸派、シリア国民軍に所属する諸派、これらの組織から離反した諸派、さらにはシリア自由軍がアフマド司令官の指揮下に入らなければならない。だが、それぞれの組織、そしてそれらの背後にいる国々の思惑が、その実現をその実現を極めて困難なものとしている。
分断の継続と民主化を阻害する存在
しかも、至難の業と言える新生シリア軍の創設が仮に実現したとしても、それがかつてのシリア・アラブ軍のように国防を担う組織となり得るかどうかは不確かである。シリアの国防、あるいは軍事安全保障においては、ゴラン高原を57年以上占領し続け、さらに隣接する緩衝地帯(兵力引き離し地域)への部隊駐留や実効支配を画策するイスラエルに対峙することが求められる。
シリア・アラブ軍がイスラエルの軍事的圧力の抑止に成功してきたか否かについては意見が分かれるところである。しかし、それでも、ロシアの支援を受けてきた同軍が東アラブ地域有数の航空戦力を有しており、それがイスラエルの行動に対して一定の抑止力として機能してきたことは否定できない。
これに対して、新生シリア軍は、アサド政権崩壊に乗じてイスラエル軍がシリア領内各所への爆撃を続け、シリア軍の装備をほぼ壊滅状態に追い込んだことにより、その装備においてシリア・アラブ軍と同等の抑止力をイスラエルに対して発揮することはできない。
シリア・アラブ軍については、ハーフィズ・アサド政権のもとで、対外戦争のための軍隊から国民を弾圧するための軍隊へと変貌したとの批判が、多くのシリア人有識者によってなされてきた。その事実を「隠蔽」するため、アサド政権は、シリアがイスラエルに対峙する「前線国家」であること、そしてそこでのシリア・アラブ軍の役割を強調してきた。
カタールのアル=ジャズィーラ・チャンネル https://youtu.be/G1moy-YXCXU は12月11日、シャルア司令官が支持者らとの懇談のなかで、「人々は戦争に疲れているため、国は新たな戦争に突入する準備ができていない」と述べる映像を公開した。シャルア司令官によるモラトリアムに乗じるかのように、イスラエルのシリア領内への侵攻を今も続けている。その一方で、アサド政権の打倒に参加した武装組織のなかに、これに対抗しようとする動きはまったく見られない。
対外的脅威への対処をまったく考慮しない新生シリア軍には、シリア民主軍やシリア国民軍といった国内の対立勢力に対抗する役割、そして支配地域内の反対分子を粛清する役割があるのみである。その意味では、新生シリア軍はシリアの領土分断の継続と民主化の妨げになりかねない存在だと言える。