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「サメ」と人類は約4億4000万年前に分かれた

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 18世紀、フランスの数学者で博物学者のジョルジュ=ルイ・ビュフォン(Georges-Louis Buffon)は、我々人類からサル、哺乳類、爬虫類、魚類へと退化したと考えた。今そんなことを言う人は少ないが、最初に進化という概念(逆向きだが)を生み出したのがビュフォンだ。

分子生物学と化石と

 ダーウィンやウォーレスが唱えた進化論からいえば、現生生物の全ての共通祖先がいることになる。ダーウィンは系統樹(tree of time life)の基本的な図を示したが、地球上に現れた最初の共通祖先をLUCA(last universal common ancestor、ルカ、全生物最終共通祖先)という。

 進化の研究では、遺伝子学の進歩によりアミノ酸配列や塩基配列などDNA情報の違いを分析する分子生物学が台頭した。例えば、DNAの系統解析により、魚類のマグロとカツオ、サバが恐竜大絶滅で有名な約6500万年前の白亜紀の直後に現在のサバ科を含む15科に分かれたことがわかっている(※1)。

 一方、こうした分子生物学が発達する以前の進化研究は、足跡を含む化石を手掛かりにするものが主流だった。過去にいた生物のすべての化石が残っているわけではないし、残っていたとしても完全な姿を伝えてくれるものは滅多にない。

 ただ、分子生物学だけでは「物証」がなく弱いというのも事実だ。シーラカンスのような「生きた化石」の遺伝子や生態、解剖学的アプローチなどで分析することも可能だが、化石が発見され、研究されることで従来の仮説が補強立証されることも少なくない。DNAと化石により相互補完しつつ進歩してきたのが生物進化の研究といえるだろう。

 最初の生命LUCAから我々人類にいたる系統樹には、多くのミッシングリンクが存在する。分子生物学からはぼんやりと類推できるが、その間をつなぐ化石がないので確たる証拠が得られない。例えば、もともとは陸上生物だったクジラ類が水中で暮らし始める過程の化石は発見されていないし、我々人類が類人猿から直立二足歩行する進化の過程でも化石による証拠はまだほとんどない(※2)。

サメの祖先の化石とは

 先日、こうした化石の証拠により、サメと我々人類との共通祖先がわかった。米国のシカゴ大学などの研究者は、すでに発見されていた約3億8500万年前(デボン紀:約4億1600万年前〜3億5800万年前)の化石(Gladbachus adentatus、※3)を改めて調べてみたところ、デボン紀の前のシルル紀(約4億4370万年前〜4億1600万年前)にサメの祖先と人類の祖先が分岐していたことがわかったという(※4)。

 我々は脊椎動物だが、脊椎動物の祖先をたどっていくと昆虫や軟体動物との分岐にいたる。つまり、脊椎を持つ生物と外骨格の生物や骨を持たない生物とが分かれるわけだ(おそらく約5億4200万年前の先カンブリア紀)。ナメクジウオやホヤの共通祖先(※5)である脊椎動物は、その後いくつかの種類に分かれた。

 アゴのない無顎類(円口類)とアゴを持つ顎口類だ。そのアゴを持つ生物が、さらにサメの祖先である軟骨魚類と今のサバなどの祖先である硬骨魚類に分かれた。硬骨魚類がシーラカンスや肺魚の祖先である条鰭類に分かれ、陸へ上がって我々の祖先になっていく。

 だが、我々人類の祖先とサメの祖先が、いつ分かれたのかはわかっていなかった。なぜなら、軟骨魚類であるサメは化石に残りにくいからだ。今回、研究者が調べた全長約80センチの化石(Gladbachus adentatus)は、これまで発見されているサメの祖先と類推される化石の中で最も古く、サメの化石のわりに骨格が残っていたため、すでに詳細に分析されている(※6)。

 だが、改めてCTスキャンして調べてみたところ、特に頭部の骨はひきつぶされた形だが約21センチの長さで残っており、広い口と鰓があることがわかったという。また、頭部には外皮が残っていて、それはほとんど木の樹皮のように荒い棘の生えた鱗でおおわれている。

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CTスキャンされた化石(Gladbachus adentatus)頭部。aは背側、bは腹側、cは下顎の歯、dは口の上側、eは歯質、fは頭蓋底。歯が層状になり、灰青色になった鰓の部分が複雑になっていることがわかる。Via:Michael I. Coates, et al., "An early chondrichthyan and the evolutionary assembly of a shark body plan." Proceedings of the Royal Society B, 2018

 これらの分析により研究者は、今回の化石は生命の系統樹から枝分かれしたサメの祖先の先端に位置すると主張している。なぜなら、サメの系統は複数あるが、これだけ口から喉にかけて複雑にスリットが入り組む鰓の存在がわかった化石はなかったからだ。

 従来の研究では複雑に入り組んだ鰓は原始的と考えられてきたが、今回のサメの化石を分析したところ、餌を濾すために特化するようになっていて、それが現在のウバザメなどにいたる構造だということがわかったという。ウバザメやジンベエザメは、水中のプランクトンなどを濾して食べることが知られている。さらに、この化石は現在のサメの歯が、奥から順に生え替わっていくのと同じような基本的な構造も持ち合わせているようだ。

 これらの分析と系統樹などからの類推(※7)により、今回の論文の研究者は、この化石(Gladbachus adentatus)の祖先が、約4億年前のシルル紀に出現してペルム紀(約2億9900万年前〜2億5100万年前)までに絶滅したと考えられている棘魚類と軟骨魚類の顎口類が分かれたシルル紀前期(約4億4000万年前)までさかのぼることができると考えている。すなわち、この分岐点がサメと我々人類との共通祖先ということになるわけだ。

※1:Eiryo Kawakami, et al., "Leading role of TBP in the Establishment of Complexity in Eukaryotic Transcription Initiation Systems." Cell Reports, Vol.21, 3941-3956, 2017

※1:Masaki Miya, et al., "Evolutionary Origin of the Scombridae (Tunas and Mackerels): Members of a Paleogene Adaptive Radiation with 14 Other Pelagic Fish Families." PLOS ONE, Vol.8, Issue9, 2013

※2:SahelanthropusからOrrorin tugenensisまでの間:米国スミソニアン博物館のHP「What does it mean to be human?」より。

※3:Carole J. Burrow, et al., "Scale structure of putative chondrichthyan Gladbachus adentatus Heidtke & Kratschmer, 2001 from the Middle Devonian Rheinisches Schiefergebirge, Germany." Historical Biology, Vol.25, Issue3, 2013

※4:Michael I. Coates, et al., "An early chondrichthyan and the evolutionary assembly of a shark body plan." Proceedings of the Royal Society B, Vol.285, Issue1870, 2018

※5:Nicholas H. Putnam, et al., "The amphioxus genome and the evolution of the chordate karyotype." nature, Vol.453, 1064-1071, 2008

※6:Martin D. Brazeau, et al., "The characters of Palaeozoic jawed vertebrates." Zoological Journal, Vol.170, Issue4, 779-821, 2014

※7:Valentina Karatajute-Talimaa, et al., "Early acanthodians from the Lower Silurian of Asia." Earth and Environmental Science Transactions of The Royal Society of Edinburah, Vol.93, Issue3, 277-299, 2002

※2018/01/08:8:37:※1:Eiryo Kawakami, et al., "Leading role of TBP in the Establishment of Complexity in Eukaryotic Transcription Initiation Systems." Cell Reports, Vol.21, 3941-3956, 2017を加えた。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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