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観光サプライチェーン…今こそ、観光において必要な視点

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
「Go Toトラベル」開始後の連休初日 渋滞する高速道路(写真:つのだよしお/アフロ)

 菅義偉官房長官は、8月24日の記者会見において、観光需要喚起策である「Go To トラベル」キャンペーンで、その開始から1ケ月で、「これまでに少なくとも延べ200万人が利用した」と、その成果を強調した。また、同キャンペーンは、新型コロナウイルス感染の再拡大の中で、感染防止に反するとして批判が高まっていたが、「登録されたホテル・旅館で判明した感染者は10人で、そのうちの(キャンペーン)利用者は1人だ」とも説明し、影響がないと指摘した。

 さらに、8月25日、国土交通省は、同キャンペーンについて、割引商品販売開始日の7月27日から8月20日(25日間)で、少なくも延べ人数で約420万人が利用した(1日あたり約17万人)と発表。

 この数字の相違は、官房長官の指摘した数字は、8月13日までに大手等に限定して利用者を調査したもので、後者は、大手中小の旅行会社を含めた事業者へのヒアリングで得た数字で、お盆休み時期も含む20日までの期間で換算されたものという対象者および対象時期の違いによるものだという。

 では、この数字をどう考えるかだ。なお、赤羽一嘉国土交通大臣は、「7、8月はそれなりに効果があった」としている。

 日本国内の観光客数をどう考えるかはなかなか難しいが、観光庁の「旅行・観光消費動向調査」によれば、2018年における日本人の国内旅行のうち「観光・リクレーション」の旅行者数は1億6,501万人回である。また近年急成長を遂げるインバウンド観光での訪日観光客は、コロナ禍の現在ほぼゼロになっているが、政府関係資料によれば2018年で約3,120万人。つまり、両方を加えると、2018年には約2億人程度の観光客がいたことになる。それを365日で割ると、1日当たり約55万人程度となる。

 ということは、非常にラフな計算ではあるが、同キャンペーンの当該時期に通常の旅行者数の約3割程度(=17万人÷55万人×100)があったということができる。

 今年の3、4月ごろから日本国内においても、新型コロナウイルスの感染が一気に拡大し、一時やや収束するかに見えたが、その後また拡大するなど、一進一退の状況を続けている。このような中、近年インバウンド観光などを中心に成長産業として注目を浴びつつあった観光産業は大打撃を受け、観光業などでも倒産や廃業が生まれており、ある意味で瀕死の状況になりつつあった。観光業のみならず、日本の経済は、濃淡はあるものの、全体としてかなり厳しい状況が生まれてきていた。その中でも、特に観光業は、中小企業が多く、体力がなく、全国の各地の地域で営まれていることもあり、その現状に対する対応が必要だったのである。

 そのような状況に対処するために、「Go To トラベル」キャンペーンは政策として打ち出されたものであった。

 同キャンペーンは、観光業の厳しい現状を考えれば、ある意味で有効な政策になりうるものであった。同キャンペーンは、その厳しい状況に対処するべく、当初の予定より前倒して実施されることになった。しかしながら、その前倒しは、日本国内で、新コロナウイルスが一時鎮静化しその後再び拡大化するタイミングで行われて、同キャンペーンに対する悪いイメージや同キャンぺーンへの強い期待およびそれであるがゆえに同キャンペーンのマイナスイメージによるダブルパンチが観光地や観光業を見舞った。

 しかも、そのような状況と絡んで、同キャンペーンで東京都が突然対象除外になったり、観光業から政治への金で同キャンペーンが実現したのではないかという疑惑報道がなされたり、地域によっては同時期に豪雨による甚大なる被害を受けるようなことも起き、それらのことが、さらに観光業の回復等に打撃を与えたのである。

 先にも申し上げたように、同キャンペーンは、コロナ禍で大きな被害を受け、瀕死の観光業等をサポートするという意味では、ある面で有効な政策であるともいえるだろうが、タイミング的には失敗した政策ということもできる。

 また、様々な調査によれば、多くの人々は、このコロナ禍における活動自粛などの中で、観光したいと考えているという実態が生まれてきているということができる。だが、その多くは、三密を避けたい、安全性・安心などへの期待や希望が多く、都市部ではなく、「マイクロツーリズム」などの言葉に象徴される近場で、自然豊かな、田舎などを指向しているのだ。しかも、その際には、費用が高めでも構わないので、安全・安心をより重視しているという調査傾向がでているのだ。

 もちろん、誰によっても費用は抑えられていることに越したことはないのだろうが、少なくとも優先順位が現時点では異なっているのだ。そうすると、「Go Toトラベル」キャンペーンの安く観光や旅行ができるという政策は、多くの人々の中で高まる観光への気持ちとそれに応える政策的な対応としては、ある意味筋違いなものということもできるのである。

 また、観光庁は、6月29日「日本版持続可能な観光ガイドライン」を発表している。その他の組織・機関や地域などからも同様のガイドラインなどが出しているが、それらは主に観光地や観光施設のみについて論じていることが多い。

 これでは、観光したい者にとって、観光地の現地は安全・安心かもしれないが、その現地に行くまでの道のりやそこから自宅等に戻る道のりおよびそこでの交通機関などの過程においての不安や心配はなくならないのである。そんな状況において、多くの人が、果たして観光を楽しんだり、旅行を積極的にしたりしたいと思うだろうか。

 以上の様々なことを勘案すると、次のようにいうことができるだろう。

 多くの人々は、観光したり、旅行をしたいと思っている。そして、都市部ではないが、近場あるいは比較的近場で安全・安心な観光地で楽しみたい。しかも、安全・安心な交通機関(例えば、カードライブ)などで行いたいと考えている。

 これを別言すると、自宅から観光地まで、そして観光地自体で、さらに観光地から自宅まで、観光のはじめから終わりまでの「観光サプライチェーン」において、安全・安心が確保された環境で、観光や旅行を楽しみたいということであろう。

筆者の知る限りでは、この「観光サプライチェーン」という発想で、観光に関する対応や情報発信をしている機関や地域は必ずしも多くないと考える。

 日本政府も、もし現在のようなウイズ・コロナの時期に、観光業をサポートする政策を行うのであれば、単に費用が安くするという発想よりも(注1)、「観光サプライチェーン」において安全・安心な環境を構築し、国民がその状況を把握、理解し、コロナ禍にも配慮しながら、安全・安心な状態で、観光により前向きになれるような政策を実施すべきであろう(注2)。

 是非、国の政策の再考、再設計をお願いしたいと思う(注3)。

(注1)関連の調査などの結果によると、安全・安心であれば、高くても観光したい、旅行したという者の数は多いことが予想出来るのである。

(注2)現時点では、すぐインバウンド観光が本格的に始まるのは困難であろう。他方、インバウンド観光の3割ぐらいを占める中国人は、様々な調査結果にもでているように、国際観光が再開された際に訪問したい国第一位は、「日本」などである。彼らは、たとえ費用がかかっても、安全・安心な地域を観光したと考えている。また米中の関係悪化や欧米での感染拡大を受けて、日本観光への期待は更に高まっているようだ。

 日本の観光地は、アフターコロナの状況を睨み、またそのようなインバウンド観光の潜在的需要も勘案して、日本政府や地域政府とも連携し、「観光サプライチェーン」的発想に立ち、安全・安心な地域環境を提供できるような対応および準備が必要だといえよう。

(注3)本記事は、「JSPS科研費JP18K11874」の助成金などによる研究を基に作成されている。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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