井上尚弥は何が凄かったのか バトラーの心をへし折ったパンチとは
ボクシング世界バンタム級4団体統一戦で、3団体統一王者の井上尚弥(29=大橋)が、WBO王者のポール・バトラー(34=イギリス)と戦った。
試合の展開
会場となった有明アリーナは満員となり、リングアナウンサーが井上の名前をコールすると大きな歓声と拍手が起こった。
ゴングが鳴り試合が始まると、井上は積極的にジャブをつき、バトラーは左右に動きながら様子を見る。井上がパンチを放つたび、その迫力に会場がどよめいた。
続くラウンドでは、井上が距離を詰め、手数を増やしていく。バトラーもカウンター狙いでパンチを放つが、寸前にパンチを避けられ、井上のカウンターをくらってしまう。
中盤になると足を使って逃げるバトラーに対して、井上が追っていく展開となった。井上がロープに追い詰め、バトラーの体が吹き飛ぶほどのパンチを浴びせると、会場から歓声が起こった。
6ラウンドでは、攻めてこないバトラーに対して、しびれを切らした井上がガードを下げ、サウスポースタイルで挑発するが、それでも乗ってこない。
後半になると、井上のボディが効いてきたのかバトラーの動きが鈍ってくる。
勝負は11ラウンドまでもつれ込み、このまま判定決着かと思われた時、井上がバトラーをロープまで追い込み、ボディそして左フックをバトラーの顔面に打ち込んだ。
後退したバトラーに対し、井上は一気にプレスをかけラッシュを浴びせる。
たまらずレフリーが間に入り試合を止めると、バトラーはうつ伏せに倒れ込んだ。ダウン後の10カウントコールがされるが立ち上がれず、試合終了。
井上のTKO勝利で、日本選手として、そしてバンタム級としても初となる4団体統一を達成した。
勝敗ポイント
試合全体を見ても井上有利で進んでいたが、バトラーのガードの固さには終始手を焼いていたようだ。井上ほどの実力者でも、攻めてこない相手を倒すのは難しい。
井上も「バトラーの戦い方は予想通りではあったんですが、予想以上にタフでした」と話していた。
ボクシングのKOは多くの場合、カウンターパンチから生まれる。相手の攻撃からできた隙を狙うが、ディフェンス重視で戦われるとそれができない。
今回KOに繋がったパンチは、攻防中にできたほんのわずかな隙から生まれたものだった。
井上がボディを放った直後、バトラーもカウンターで左フックを狙った。しかし、すかさず井上が左フックを打ち込んだため、顔に直撃してしまったのだ。
コンマ数秒の出来事だったが、長いラウンドを戦った選手が終盤でこれほどのパフォーマンスを見せたことに驚いた。
また、バトラーは会見で「実際にパンチ力は良いんだろうなと思っていた。だが、思っていたより強かった。パンチもスピードも正確。11回のボディはかなり効いた」と話していた。
KOを急ぐと顔面にパンチを集めがちだが、冷静にボディに打ち分けそれがフィニッシュブローとなった。顔面だけなら耐えられるが、ボディを打たれると呼吸ができなくなり立てなくなる。そのパンチが耐えてきたバトラーの心を折った。
スピードに関して言えば、KOに繋がった左フックがまさにそうだ。パンチのモーションに入るのはバトラーの方が早かったが、先に届いたのは井上のパンチだった。
パンチ力も、一撃まともに食らっただけで致命傷となるほどだ。ガードの上からとは言え11ラウンドも浴び続けていれば、ダメージはかなり蓄積されていただろう。
攻めの姿勢を見せ続けた井上は、10ラウンド後の1分のインターバルに途中で立ち上がり、気合を入れ直すなど常に冷静でいた。
最後までファンの期待を裏切らず、KO勝利で締めくくったのはさすがの一言に尽きる。
試合後に井上は「この試合は長引くだろうと予想していました。より多くのラウンドを見せることができ、長くボクシングができて満足しています」と語っている。
バトラーがリスクを取ってもっと攻めて来ていれば、早期決着もあっただろう。それほどまでに両者の実力差は歴然だった。
今後の展望
試合後には「スーパーバンタム級への転向を考えています。バンタム級で思い残すことはありません」と話している。
計量をギリギリでパスするなど、バンタム級での減量にはかなり苦しめられていたようだ。
バンタム級(53.52kg以下)とスーパーバンタム級(55.34kg以下)では約1.8kgの開きがある。わずかな差ではあるが、減量がきつい選手にとってこの数字が体に与える影響は大きい。階級を上げることで、減量苦も少し緩和されるだろう。
体はすでにスーパーバンタム級に適している。試合が決まればいつでも戦えるだろう。
現在、スーパーバンタム級には以下の王者達が君臨している。
両者について井上は、「アフマダリエフの試合は見たことがありません。フルトンも少し映像を見たくらいで特に印象はありません。会長が決めた試合をやるだけです」と話している。
アフダマリエフは、次戦で同級1位のマーロン・タパレスと対戦する予定だ。フルトンは、減量苦から階級を上げる可能性を示唆している。
WBOは、王者が階級を上げると1位にランクされ指名挑戦権が得られる。そのため王座が空位になれば、井上の次戦がタイトル戦になる可能性はあるだろう。
日本ボクシング界の歴史に新たな金字塔を打ち立てた井上。階級を上げた先の新たな挑戦に期待したい。