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名古屋の超老舗居酒屋「大甚本店」。クラウドファンディングに支援が殺到した理由

大竹敏之名古屋ネタライター
大甚本店のクラウドファンディングのチラシ。ネットだけでなく地道なPRも欠かせない

創業100年以上の大人気居酒屋がコロナ禍で売上9割減に

名古屋の居酒屋「大甚(だいじん)本店」。明治40年創業で100年以上の歴史を誇る、名古屋…というより日本を代表する老舗居酒屋です。

最大の魅力は風情あふれる店内の空気。昭和29年に建て替えられたままの姿が守られ、大衆的でありながら風格も漂わせます。相席スタイルでたまたま隣り合わせた人と会話に花が咲く、そんなざっくばらんなムードに惹かれて常連になるファンも少なくありません。

昭和のムード漂う店内。従来通りの相席スタイルだが、アクリル板を設置するなどしてウイルス対策にも取り組んでいる
昭和のムード漂う店内。従来通りの相席スタイルだが、アクリル板を設置するなどしてウイルス対策にも取り組んでいる

料理は手づくりの総菜がメインで、小皿に盛られたものをお客が自由に選ぶセルフサービス式。他に良質の素材を使った刺身や焼き物も注文でき、ここでしか飲めない賀茂鶴の樽酒も左党を心地よく酔わせてくれます。

夕方4時開店で、平日でも待ちきれないお客が店の前で待ちわびる姿が。週末には何十人もがズラリと列をなすほどで、100席を超す店内は常に満員御礼で活気にあふれていました。

毎日30種以上が並ぶ手づくりの総菜は一皿270円~。写真は開店前のもの。営業時は衛生管理のためラップをかけてある
毎日30種以上が並ぶ手づくりの総菜は一皿270円~。写真は開店前のもの。営業時は衛生管理のためラップをかけてある

ところが、昨年からのコロナ禍で状況は一変。常時にぎわう“三密”こそが魅力だっただけに、客足が一気に遠のいてしまいました。

お客さんは普段の10分の1に激減。1日を通して15人だけ、という日もありました。最近は少し持ち直してきましたが、それでも平日は通常の5割くらいです」とは4代目の山田泰弘さん。第4波への不安が高まるなどコロナ禍が終息する兆しはいまだ見えないまま。飲食店、中でも居酒屋が平常モードに戻れる日はいつになるのか、展望は開けていません。

「クラウドファンディングって何?」からのスタート

そんな折、この大甚本店がクラウドファンディングに挑戦! 筆者がそれを知ったのは店のアカウントをフォローしているTwitterを通してでした。

「100年以上続く老舗居酒屋『大甚本店』。次の100年を皆様と一緒に作りたい」。このうたい文句は、店の魅力を知る者にとっては効果絶大。リターンの内容も充実していて、例えば3000円の支援コースの場合、お食事券500円×3枚+ビールチケット570円×3枚=3210円分(お店が存続する限り無期限)とちょっとお得なプリペイド感覚。筆者も早速1万円のコースを選択して支援の輪に加わりました。

大甚本店の『CAMPFIRE』クラウドファンディングページ。開始6日目の4月13日時点で400万円近い支援金が集まっている
大甚本店の『CAMPFIRE』クラウドファンディングページ。開始6日目の4月13日時点で400万円近い支援金が集まっている

スタートは4月8日。筆者が応募した3日目の時点で、既に300人近い支援者から350万円超の支援額が集まっていました。同店にはHPもなく、SNSも今年2月にようやくTwitterを始めたばかり。そんなオールドスタイルの老舗居酒屋が、ネットと親和性の高いクラウドファンディングに挑戦したのはなぜだったのか? その事情を尋ねてみることにしました。

「クラウドファンディングという言葉は聞いたことがあったけど、どんなものかは全然知らなかったんですよ」とは前出の4代目・泰弘さん。59歳の居酒屋経営者として、これはいたって普通の認識といえるでしょう。そんな“クラウドファンディングって何?”状態だった泰弘さんが今回のプロジェクトに挑戦することになったのは、取引先であるキリンビールの営業マンからの提案がきっかけだったといいます。

「コロナ禍以来、苦労されているので何かできないかと思っていました。ただしクラウドファンディングはどの店でもうまく行くわけではない。大甚本店さんなら熱心なファンがたくさんいらっしゃるので、支援が集まるのではないかと考えました」とはキリンビール東海支社の辻本希光さん。多くの飲食店と取引のある同社ですが、クラウドファンディングの提案は全社でもおそらく初の試みだったといいます。

今回の件だけでなく、ここ数年、泰弘さんは少しずつ営業スタイルの改革に取り組んできました。焼酎やハイボールの導入、FCによる姉妹店の出店、そしてコロナショック対策としての初のテイクアウト…。一緒に店に立つ3代目の父・弘さんが積み上げてきた魅力を守りながらも、時代の変化に合わせてお客のニーズを幅広くつかんでいく。そんな姿勢があったからこそ、クラウドファンディングにも迷うことなくチャレンジすることができたのです。

非売品の酒器セットや名前入り木札で常連の心をくすぐる

泰弘さんが重視したのは、資金を集めることを目的にするのではなく、「大甚本店という店をこれからも一緒に楽しんでもらえるよう参加者を募ること」でした。そのためにリターンは支援額を上回る食事券やビール券、過去に一切販売したことがない店の銘入りの酒器、さらには店内に貼り出す名前入りの木札など、お得感はもちろん、店への思い入れが深い人ほど心くすぐられる稀少な特典を用意しました。

「参加してくれる人にとってなるべくお得な内容にしたかった。それでも赤字にはならないよう(キリンビールの)辻本さんがしっかり原価計算してくれました」(泰弘さん)と店と支援者がウイン・ウインになる設計になっています。

大反響の徳利・猪口・小皿の3点セット。残念ながら早々に予定数に達して現在は打ち止め
大反響の徳利・猪口・小皿の3点セット。残念ながら早々に予定数に達して現在は打ち止め

特に反響が大きかったのは銘入りの器3点セット、そして名前入り木札。100セットを用意した酒器付きのリターンはあっという間に定員に達して打ち止め。木札付きリターンも見込みを大きく上回る160を超す応募があり、「せいぜい100くらいと思っていたので、木札を貼る場所をどう確保しようか、と悩んでいるところです」(泰弘さん)とうれしい悲鳴が上がるほどになっています。

支援総額の当初の目標は100万円。4月8日にプロジェクトをスタートすると、わずか5~6時間で目標達成し、4月13日時点で集まった金額は400万円近く。現在はセカンドチャレンジとして、目標金額は500万円に引き上げられています。

一方で、年配の常連も多い老舗居酒屋ならではの悩みも。「うちのお客さんの中にはスマホを持たない人やネットを見ない人も少なくない。肝心の店に来てくれている人に、お得なリターンがあるプロジェクトを知ってもらえていないので、ポスターやチラシでさらに告知していきたい」と泰弘さん。

飲食店のクラウドファンディングの成否の鍵とは?

当事者が想像していた以上に多くの支援を集めている今回のクラウドファンディング。しかし、どんな店でも容易に賛同を得られるわけではありません。大甚本店のプロジェクトが反響を呼んだのはなぜだったのか? このプロジェクトをサポートしたリディッシュ(東京)のマーケティングディレクター・坂口高貴さんに尋ねました。

「当社は飲食業界向けの経営支援を行い、飲食店のクラウドファンディングのサポートサービスでは国内随一の実績を誇ります。クラウドファンディングはまずターゲットの設定が重要。普段は新規のお客さんをつかむPR目的のケースが多いのですが、大甚本店では既存のお客さんに向けて行うべきだと考えました。そこで、あくまで前向きに一緒に店を盛り立てる仲間を募る、というメッセージを発信することにしました」

老舗の“のれん”の信頼感は、実はクラウドファンディングと相性がいいのかも・・・?
老舗の“のれん”の信頼感は、実はクラウドファンディングと相性がいいのかも・・・?

リターンのお得度も飲食店のクラウドファンディングでは欠かせず、大甚本店のケースもそのセオリーにのっとったものだといいます。「基本的にクラウドファンディングで儲けよう、とは思わないこと。寄付以上のリターンを用意するのは必須です。お得なリターンを来店のきっかけにしてもらい、2度目、3度目の来店につなげるのが一番の目的。クラウドファンディングはあくまでプロモーションだと割り切るのです」

大甚本店のクラウドファンディングの反響の大きさ、そして今後の展望について、坂口さんはこう語ります。

「わずか数日で目標額を大きく上回る支援が集まったことは、大甚さんがこれまでお客さんを大切にされてきたからこそだなと感じました。『店舗の魅力』『ファンの数』を兼ね備えた店でなければ、これだけの支援は集まりません。しかし、東京の老舗居酒屋で2000万円を集めたケースもあり、決して驚くような結果ではありません。残り期間の中盤、終盤に向けて新しいリターンのメニューを追加していけば、支援総額がまだまだ伸びる可能性は十分にあります」

クラウドファンディングはまだ新しい資金調達の方法だけに、活用するのも新規のビジネスや若い起業家が目立ちます。しかし、“応援する”という多くの支援者の思い入れがあってこそ成立する仕組みだけに、“常連の多い老舗”はむしろこの基金モデルにマッチしているのかもしれません

大甚本店のクラウドファンディングの募集期間は5月31日まで。支援者の広がり、そして多くの人に愛されてきた老舗居酒屋とお客との新しい関係づくりに注目したいと思います。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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