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「アウェーの経験」と「選手主導」。日本代表、新体制始動中間報告。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
キーマンの田中。左右へ揺さぶるパスや守備網の背後へのキックで攻撃を引っ張る。(写真:アフロスポーツ)

排気ガスのにおいがする道路の脇に、果物や野菜の露店が並ぶ。レンガ造りのレトロな建物の壁には、黒や緑のスプレーでの落書きがある。日本円にして400円程度で市内を回るタクシーの運転手に、英語を話せる人はほとんどいない。

東欧はジョージアの首都、トビリシ。ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ率いるラグビーの日本代表は、11月12日、ここでテストマッチ(国際間の真剣勝負)に挑んだ。現体制2戦目にあって、初白星を狙う。相手はジョージア代表だ。

赤、青、緑、白、黄色のベンチがまだらに並ぶミヘイルメスキスタジアムは、日本代表にとっては典型的なアウェーの雰囲気だった。スタンドはホームのジョージア代表がボールを持っただけで、まるで得点が決まったよう大騒ぎ。日本代表のトライシーンではため息すら漏れない。加えて日本代表の田村優がゴールキックを蹴る際は、必ずブーイングが飛ぶ。

試合では、互いにミスを重ねた。

前半終了間際のことだ。日本代表はキックをノーバウンドでタッチラインの外へ出し、蹴った地点である自陣10メートル線付近でのラインアウトで、今度はジョージア代表が球を真っ直ぐ投げ入れない「ノット・ストレート」の反則を犯す。

自軍ボールラインアウトを選択した日本代表だったが、プレッシャーを受けてボール確保に失敗する。こぼれ球を拾ったのは、ジョージア代表スクラムハーフのバシル・ロブジャニゼだ。そのまま駆け抜け、テレビ・マッチ・オフィシャルの判定でトライが記録される。

ここで8―12とビハインドを背負い、試合終盤にも追う立場となった日本代表だが、終盤からは用意された攻撃システムでスコアをマーク。ノーサイド直前にも防戦一方なりながら、28―22で勝ち切った。共同キャプテンのひとりである立川理道は、こう語った。

「ブーイングも含めて歓声があった。自分たちとしては、アウェーでの戦い方に関していい経験になったと思います」

立川のトビリシ来訪は、2012年から計3度目。しかし、選手招集に苦慮した今回の日本代表では、ツアーメンバーの32名中17名が初代表だ。敵地で平常心を保って接戦を勝ち取るという今度の80分は、若返りを強いられたチームにとって貴重な経験だったろう。

「チームの一員だと理解しながら」

本格始動から約1週間後の11月5日。本拠地の東京は秩父宮ラグビー場で、アルゼンチン代表に20―54と屈した。初戦を受けてのジョージア代表戦への準備について、立川とともに共同キャプテンを務める堀江翔太は「個人個人でミーティングはしていると思う。それぞれの課題をクリアして、次の試合に進む」。各ポジションの役割分担を明確にする現チームの戦術を、より涵養させたという。トビリシ市内での実戦練習中は、選手から「自分の仕事!」という声が飛んでいた。

10月中旬の候補合宿以後、ジョセフヘッドコーチが打ち出す姿勢は「選手主導」だ。立川や堀江ら12名は、昨秋のワールドカップイングランドで歴史的3勝を挙げた。世界を驚かせる結果を出す過程で、チーム運営に関わらんとする自我を強めていた。対話を重んじるジョセフヘッドコーチの性格と相まって、中心選手からは「コーチたちと一緒になって作ってゆく」といった趣旨の談話がよく聞こえてくる。

練習前には必ず20~30分程度のミーティングをおこなうが、スクラムハーフの田中史朗曰く「リーダーが話をして、周りがしっかりと質問する。僕らもわからないことはコーチに聞きますし、1人ひとりがチームの一員であると理解しながらやっているミーティングです」。指導陣の提示する方針に徒に依拠するより、その方針を自分の血肉にできるまで話し合いを重ねる。立川もこう続ける。

「いまは頭に入れることが多いので、ミーティングも長くやっているかな、と。確認を深くやっています。選手がプレゼンすることもあったり…。いまやろうとしていることを100パーセントやろうとしないと、次には繋がらない。ミスを恐れずに思い切ってチャレンジしていきたいと思います」

猛練習で選手を鍛え上げたエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチの頃といまとでは、戦術だけではなくチームマネジメント方法も異なる。ジョセフとはスーパーラグビー(国際リーグ)のハイランダーズでも監督と選手の間柄だった田中は、ジョーンズ時代も「もっとコミュニケーションを」と訴えていた。いまの組織体系には、ある種の心地良さを覚えてもいよう。

イングランド組で今回もスタンドオフとして選出された田村優は、世界ランク1位のニュージーランド代表の愛称を挙げ、「オールブラックスはぱっと集まってぱっとやっても強い」。グラウンド外でのもたつきに伴い準備期間が限られるなかでも、代表の格を保たんとしていた。

指揮官が思うような選手を招集できなかったことなど、いわば負けた際の「言い訳」が用意されたような状況下で、完全なるアウェーゲームを勝ち切った。その背景には、集まった選手の能動性が確かにあった。ツアー中、ジョセフはこう話していた。

「この短い時間でも結束力を高め、キャプテンもしっかりとリードしています。1人ひとりが自分の役割を学んでくれています」

ウェールズと敵地で…。

引き続き欧州遠征を続けるチームは、19日にカーディフ・ミレニアムスタジアムでウェールズ代表と対戦。欧州6強の一角のホームへ乗り込むのだ。日本代表が東欧でのせめぎ合いを制した12日、ウェールズ代表は日本代表を圧倒したアルゼンチン代表に24―20で勝利している。

成長の跡を覗かせる日本代表だが、次戦も苦戦は免れまい。

キック処理やカウンターアタックのクオリティは、ウェールズ代表とジョージア代表の間には相応の隔たりがあろう。そんななか日本代表はスマートな陣地獲得も心掛けるが、そのために必要なキックの精度にも改善の余地がある。

また過去2戦、反復練習と個々のフィジカリティが求められるセットプレーで苦しんでいる。特に空中戦のラインアウトでは、相手に捕球位置を読まれる傾向が強いか。基本動作の見直しや事前分析で、どこまで彼我の差を埋められるか。

強化体制のレビューは結果に関わらずなされるべきだが、そもそもテストマッチは勝てば官軍。ナンバーエイトのアマナキ・レレイ・マフィは、「勝ちたいじゃなくて、勝つ」。言葉に力を込めていた。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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