ウクライナ戦争はプーチンとウクライナの戦いではなく、プーチンとネオコンとの戦いではないか
フーテン老人世直し録(643)
卯月某日
冷戦後、唯一の超大国となった米国を自滅させたのは「テロとの戦い」である。2001年の「9・11同時多発テロ」への報復を口実に、米国はアフガニスタンとイラクに戦争を仕掛け、中東地域を「民主化」しようとしたが、それが米国を史上最長の泥沼の戦争に引きずり込んだ。
アフガニスタンとイラクに作った米国の傀儡政権は国民の支持を得られず、イラクではイスラム内部の宗派対立を激化させ、より過激な集団「イスラム国」を生み出し、またアフガニスタンでは20年の戦闘の末タリバン政権の復活を許した。昨年夏のなりふり構わぬ米軍撤退は国際社会を失望させ、米国の威信は失墜した。
米国は中東地域での影響力を失い、代わってロシアと中国が影響力を強めたが、米国を自滅させた「テロとの戦い」を主導したのは、ブッシュ(子)政権内に勢力を持っていたネオコン(新保守主義)である。
ネオコンは自由と民主主義を人類普遍の価値と捉え、理想のためには武力介入を辞さない思想を持ち、「米国型民主主義の輸出」を自分たちの使命と考える。そのネオコンが今、バイデン政権内の要職を握り、ウクライナ戦争を主導してロシアのプーチン大統領を打倒しようとしている。
日本の新聞やテレビはウクライナ戦争の現状を説明するのに、ロシア軍がウクライナのどこまで侵攻したかを赤色で示す地図を使用する。テレビではすべての報道番組が毎日その地図を使い、それをテレビで目にしない日はない。この地図を作成しているのは米国のシンクタンク「戦争研究所」である。
「戦争研究所」の所長はキンバリー・ケーガンというネオコンだ。そして「戦争研究所」が「ロシア軍は当初の作戦に失敗した」とか「失敗したため東部に力を集中する」とかの分析を行い、それを日本の専門家が自分の考えのようにテレビで解説している。つまり日本人は毎日、新聞・テレビを通してネオコン主導のウクライナ戦争をネオコンの解説によって理解させられている。
フーテンは冷戦が終わる直前からワシントンに事務所を置いて、米国議会の議論を日本に紹介する仕事をしてきたが、米国の議論でどうしても違和感を抱いてしまうのがネオコンの考え方だった。
1991年12月にソ連が崩壊すると、92年2月にブッシュ(父)政権内にいたチェイニー国防長官とウォルフォウィッツ国防次官という2人のネオコンが、「国防計画指針(DPG)」という米国の世界一極支配戦略を作成した。
DPGの内容は、「米国だけが優越した軍事力を独占し、米国だけが国際秩序を形成できるようにする。ロシアの核兵器を急速に減少させ、ロシアが東欧における覇権的地位を回復するのを阻止する。欧州の安全保障の基盤を米国主導のNATOとし、欧州諸国が独自の安全保障システムを構築することを許さない。日本が太平洋地域で大きな役割を担うことを許さない」というもので、敵性国家としてロシア、中国、ドイツ、日本の名を挙げた。
同じ92年には日系人の政治学者フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』を出版しネオコンの論客として注目された。内容は「自由民主主義が最終的な勝利を収めることで、人類発展の歴史は終わる」というもので、米国が冷戦に勝利したことで人類は歴史の最終形態に近づいたと説いた。
すると米国の政治学者サミュエル・ハンティントンは、教え子のフランシス・フクヤマに呼応する形で『文明の衝突』を書き、冷戦後の世界では文明と文明が衝突する。西欧文明と衝突する可能性が高いのはイスラム文明と中華文明だと説いた。
ハンティントンはネオコンではないが、この『歴史の終わり』と『文明の衝突』の2つが、同時多発テロを奇貨として「イスラム文明」の中東に米国が「民主主義を輸出」しようとするネオコンの考えに繋がったとフーテンは見ている。
「テロとの戦い」を始める前にブッシュ(子)は、「真珠湾奇襲攻撃という野蛮な行為をした日本は、戦争に負けると民主化され、米国の忠実な同盟者となった。だから中東のテロ国家に勝って中東を民主化する」と発言した。
「テロとの戦い」の前にもネオコンに影響されたクリントン大統領の行動がある。1993年に大統領に就任したクリントンは、アフリカのソマリヤ内戦で多数の死者が出ているのを人道的に許せないとして、「世界の警察官」としての米軍を軍事介入させた。
米国が攻撃を受けていないのに軍事介入するのを、キッシンジャー元国務長官らは反対したが、クリントンは続いてコソボ内戦にも介入する。ユーゴスラビアのミロシェビッチ大統領がアルバニア人をジェノサイド(民族浄化)していると主張して、精密誘導兵器による空爆を行った。クリントン政権のオルブライト国務長官はネオコンだった。
ネオコンは共和党にもいるが民主党にもいる。民主党にいるネオコンはリベラルホーク(リベラルなタカ派)と呼ばれ、その代表格はヒラリー・クリントンである。一方でウクライナのNATO加盟を強力に推進するヴィクトリア・ヌーランドも強力なネオコンだ。
彼女は現在バイデン政権の国務次官だが、夫はネオコン幹部のロバート・ケーガン、その弟の妻が先ほど紹介した「戦争研究所」の所長キンバリー・ケーガンとなる。バイデン政権のブリンケン国務長官もオースティン国防長官もネオコンである。
米国はこの戦争に地上部隊を派遣しないだけで、それ以外の分野では全力を挙げてウクライナ軍を支援している。ロシアのプーチン大統領を潰したいがためだ。だからこの戦争はロシアがウクライナに軍事侵攻したように見えるが、実はプーチンと米国のネオコンとの2008年以来の戦争である。
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