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参議院選挙制度改革と「合区」の意義

竹中治堅政策研究大学院大学教授

参議院議員選挙における「1票の格差」の是正

ようやく参議院議員選挙における投票権の価値の格差、いわゆる「1票の格差」を是正するため、参議院選挙制度改革が実現する運びとなった。

7月24日に参議院本会議で公職選挙法改正法案が可決された。今週にも法案は衆議院でも可決され、成立することが確実な情勢となっている。この改正により参議院の選挙制度が改革される。具体的には来年2016年の参議院議員選挙はこれまでと違った選挙区の仕組みを取り込んだ上、新しい定数配分で行われることになった。

選挙制度改革の結果、鳥取県選挙区(定数2)と島年県選挙区(定数2)、ならびに、徳島県選挙区(定数2)と高知県選挙区(定数2)がそれぞれ合区され、鳥取県及び島根県選挙区(定数2)、徳島県及び高知県選挙区(定数2)に改められる。参議院の選挙区は戦後参議院が創設されて以来、都道府県単位で設けられてきた。これが今回、初めて見直されることになった。また、宮城県、新潟県、長野県の各選挙区の定数が4から2に削減される。一方、北海道、東京都、愛知県、兵庫県、福岡県の各選挙区の定数は次のように増える。北海道(4→6)、東京都(10→12)、愛知県(6→8)、兵庫県(4→6)、福岡県(4→6)。

この結果、参議院議員選挙における「1票の格差」は、2013年参議院議員選挙時点の4.77倍(選挙時点での有権者数による計算)から2.97倍(2010年国勢調査人口による計算)に縮小されることになった(但し、2015年1月時点の人口動態によれば、3.02倍)。

今回の改革後も約3倍もの格差が残るのでこの定数配分は依然として日本国憲法第14条が定める平等原則に反している。この意味で抜本的改革には及ばない。

だが、評価すべき点もある。都道府県単位で選挙区が設けられている参議院の選挙制度のあり方の見直しは長年の課題であった。一部とは言え、都道府県単位の選挙区が見直されたことは画期的である。本稿では参議院が選挙制度改革を行った理由について説明した上で、今回の選挙制度改革の意義について解説したい。

2014年11月最高裁判決

参議院が選挙制度改革を行った直接のきっかけは2014年11月に下された2013年7月に行われた参議院議員選挙違憲訴訟に対する最高裁判決である。

この訴訟は既述のように4.77倍の格差があったこの選挙について違憲無効を求めて提起された。これに対し、最高裁は無効はしなかったものの「選挙区間の投票価値の不均衡」について「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった」と判断した(いわゆる「違憲状態」判決)。その上で、「都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど」と述べ、現在の参議院の選挙制度の抜本的改革を求めた。

これに応える形で今回の制度改革は行われたのである。

最高裁は昨年出した「違憲状態」判決に限らず、近年の参議院議員選挙に対して行われた違憲無効訴訟判決で、参議院議員選挙における「1票の格差」に対して、厳しい態度で臨んできた。この背景には参議院が強い権限を持っていることが近年、認識されるようになってきたことにある。

「強い」参議院

憲法上は衆議院が参議院に優越しており、参議院は衆議院のカーボンコピーと呼ばれたことも長らくあった。しかしながら、この優越性は弱いものでしかなく、実質的に衆議院と参議院は対等である。

たしかに、憲法上、首相指名選挙、予算の審議、条約の批准では衆議院の議決が参議院の議決に優先する。

ただ、法律上の優越は限られている。衆議院の議決と参議院の議決が異なった場合、衆議院が出席議員の三分の二以上の賛成多数で再可決すれば衆議院の議決通りに法案は成立する。だが、そもそも与党が衆議院で三分の二以上の議席を確保することは困難である。

また、仮に三分の二以上の議席を確保している場合でも再議決はかならずしも容易ではない。いわゆる60日ルールがあるからである。衆議院が法案を可決し、参議院に送付したにもかかわらず、参議院が審議を進めない場合、憲法54条4項の規定のため、衆議院は送付後61日目にならないと再議決が行えない。

法案を制定する上での参議院に対する衆議院の優越が限られているがために参議院はほぼ衆議院と実質的な権限を行使できる。1990年代以降の日本の政治過程はこのことを明らかにしている。

まず、参議院は1999年以来、政権の構成に影響を及ぼしている。99年に参議院で過半数議席を確保することを目的に自民・自由・公明連立内閣が発足した。現在も安倍内閣が自民・公明連立内閣であり、この政権の枠組みの延長線にある。また、2009年に民主党が国民新党と社民党と連立内閣を組んだのも参議院で過半数議席を確保することが目的であった。

また、野党が過半数議席を確保し、国会が「ねじれ」になった場合に、参議院は内閣の政策立案は大きく停滞させ、その命運すらも左右することもあった。例えば、2007年に発足した福田康夫内閣の下の政策立案は「ねじれ」国会の下、参議院のために大きく停滞した。また、2011年8月に菅直人首相は最終的に特例公債法案を参議院で成立させるのと引き換えに退陣することになった。さらに、野田佳彦首相は参議院で野田内閣の最重要法案である社会保障と税の一体改革関連法案を成立させるために野党からの早期解散要求を受け入れざるを得なくなり、2012年11月に衆議院を解散した。

このように大きな権限を行使する参議院議員を選出する参議院議員選挙における1票の価値が憲法14条の定める平等原則のもと、平等でなくてはならないことはごく自然なことである。最高裁の判断はこうした要請に基づいていると考えられる。

都道府県単位の選挙区制を見直す必要性

もっとも最高裁は以前から参議院選挙制度の抜本的改革を求めていた。2009年9月に出された2007年参議院議員選挙に対する違憲訴訟判決でもこの選挙で存在した4.86倍の格差を「大きな不平等」と断じ、都道府県単位で選挙区を設置することを見直す必要性を指摘している。また、2012年10月の2010年参議院議員選挙に対する違憲訴訟判決では、この選挙で5倍もの格差が存在したことを「違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態」と判断した。その上で、やはり都道府県単位で選挙区を設置すること見直すことなどを通じて、選挙制度を抜本的に見直すことを求めていた。

なぜ参議院の選挙区における「1票の格差」を解消するために都道府県単位に選挙区を設けることを見直す必要があるのか。

これには3つの要因がある。1つは参議院が議員を選出するために選挙区選挙と比例代表制選挙の二つの制度を採用していること。2つは選挙区に146議席を比例代表制に96議席を配分していること。3つは憲法の下で3年毎に総定数の半数を改選することが求められていること。

都道府県毎に選挙区を設ける限り、3年毎の半数改選を前提とすると各県に最低2議席を割り振らなくてはならない。これだけで146議席分のうち94議席が埋まってしまう。残りの52議席の配分により、人口規模の大きい都道府県と人口規模の小さい県の間の「1票の格差」を是正し、投票権の価値を平等にしようとしても限界が出てしまうのである。

「1票の格差」を是正し、そのために参議院の選挙制度を抜本的に見直すべきであるという最高裁の要請に対し、国会、そして参議院の選挙制度改革の取組みは緩慢であった。

2009年の最高裁判決の前後から参議院では選挙制度改革をめぐって検討が行われた。しかし、2010年7月参議院議員選挙まで結論を出すことはできなかった。その後、参議院はようやく格差是正のための改革を行うことで合意し、2012年11月に公職選挙法改正法案を成立させた。しかしながら、この改革は抜本的なものではなかった。都道府県単位の選挙区を維持した上で福島県および岐阜県の各選挙区の定数を2削減し2とする一方で、神奈川県および大阪府の各選挙区の定数を2増やし、8とするに留まった。その上で、法案の附則で2016年参議院議員選挙までに「選挙制度の抜本的見直しについて引き続き検討を行い、結論を得るものとする」ことを謳った。

動きが緩慢だった背景には、特に自民党の参議院議員の間に根強い反対論があった。しかしながら、自民党はぎりぎりの段階で合区を含む野党四党(維新、次世代、元気、改革)の改革案を支持することに転じた。その理由は他の政党の多くが合区を認めたこと、さらに、民主・公明両党が20県を合区することにより格差を2倍以内に縮小する案をまとめ、その他の野党も民主・公明案を支持することを恐れたことがあると報じられている(『日本経済新聞』2015年7月4日、7月8日)。

抜本的改革に向けての一里塚

それでは、今回の選挙制度改革をどう評価すればいいのか。改革によっても2.97倍、あるいは3.02倍もの格差が残る。従って、抜本的改革と評価することは難しい。

ただ、注目すべきなのは都道府県単位の選挙区制がついに見直され、4つの選挙区の合区が実現したことである。

参議院議員選挙における「1票の格差」は長年課題となってきた。そしてこれまで格差縮小のための最大の壁となったのが都道府県単位の選挙区制であった。過去3回行われた改革では都道府県単位の選挙区制を見直すことができなかった。いずれの改革でも現在の都道府県単位の選挙区制を維持しながら、一部の道県から都府県に定数を移し替えたため、格差を大幅に縮小させることができなかったのである。

実は参議院自身も以前から都道府県単位の選挙区制を見直す必要性を認識していた。すなわち、参議院は2005年2月に参議院改革協議会専門委員会を設置し、定数較差問題を検討している。この委員会は同年10月に報告書を発表し、格差を4倍以内とするためには都道府県単位の選挙区制を改める必要性のあることを認めているのである。

今後、さらに参議院議員選挙における「1票の格差」を是正するためには、都道府県単位で置かれている選挙区の一部をさらに見直す必要がある。現在の参議院の議員定数を前提とする限り、究極的に1票の価値と平等にするためにはブロック別大選挙区の導入も検討されるべきである。この意味で今回の改革は今後の抜本的改革に向けた大きな一里塚である。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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