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紅花の縁でナレーションを務めた今井美樹。「おもひでぽろぽろ」のタエ子ちゃんをそばに感じながら

水上賢治映画ライター
「紅花の守人 いのちを染める」でナレーションを務めた今井美樹  撮影:田村充

 「紅花」ときいて、花の名前と認識していても、どういう花なのか思い浮かぶ人は意外と少ないのではないだろうか?

 佐藤広一監督のドキュメンタリー映画「紅花の守人 いのちを染める」は、そのなじみがあるようでいてその実はあまり知られていない「紅花」にスポットを当てる。

 本作で描かれているが、紅花は中近東からシルクロードを経て中国に渡り、日本に伝わっている。

 そうした歴史から現在地までを、まさに映画のタイトル通り、「紅花」の守人となって受け継いできた人々の話から紐解き、「紅花」の旅へと誘う。

 その紅花の旅の案内人となるナレーションを担当しているのは今井美樹。

 高畑勲監督のアニメーション映画「おもひでぽろぽろ」の「タエ子ちゃんがつないでくれた縁」と本作について語る彼女に訊く。(全二回)

「紅花の守人 いのちを染める」でナレーションを務めた今井美樹  撮影:田村充
「紅花の守人 いのちを染める」でナレーションを務めた今井美樹  撮影:田村充

『紅花』ということで、『ああ、タエ子ちゃんだ』と思いました

 本作は、紅花(べにばな)文化を守りながら受け継ぐ人々の姿を4年の歳月をかけて記録した。

 ご存知の方も多いと思うが、『おもひでぽろぽろ』の舞台は山形の紅花農家。そこへ東京からタエ子が手伝いにいく設定になっている。

 その縁で、今井がナレーションを務めることになった。

 このオファーを受けたときの率直な感想をこう明かす。

「はじめに『こういう依頼をいただいています』とマネージャーから伝えられたときは、『私が紅花の作品のナレーション?』と驚きました。

 逆にお聞きしたくなりました。『どうしてわたしに?』と。

 というのも、わたしは最近はテレビに出るなどの表立った活動をしていないというか。コンサート中心で。それもこの数年はロンドンとの行ったり来たりやコロナの影響などもあり、全国をめぐるようなツアーもしていない。いま第一線でバリバリやっているような存在ではない。

 だから、他にいままさに注目を浴びている役者さんや、ふさわしい仕事をされている声優さんやナレーターの方がいらっしゃるだろうにと思ったんです。

 でも、次の瞬間にピンときたといいますか。『紅花』ということで、『ああ、タエ子ちゃんだ』と思いました」

いまのわたしを必要と思ってくださるのならば務めさせていただこうと

 実際に今回のナレーションの話のベースとしては、『おもひでぽろぽろ』でのタエ子役があった。

「東京での舞台挨拶での際、佐藤(広一)監督が、『タエ子は今も山形で生きている』といった主旨のことをおっしゃってくださったのですが、わたしがタエ子ちゃんの声をつとめさせていただいたのは今から30年以上も前のこと。これだけの年月を経て、今もそう思ってくださっている人がいる。

 そのことが本当に光栄で。これは、もうタエ子ちゃんが結びつけてくれたご縁。

 わたしがいったいどれくらいお役に立てるかは正直分からない。

 けれども、『おもひでぽろぽろ』と『紅花』のつながりが大きな意味を持っているのだとしたら、それはやらない理由はない。

 これは、タエ子ちゃんがわたしを導いてくれた。今井美樹がほんとうに役に立てるかはわからないけど、そこは期待に応えられるように頑張りたい。

 どこまで期待に沿えるのか不安でしたけど、いまのわたしを必要と思ってくださるのならば務めさせていただこうと思いました」

「紅花の守人 いのちを染める」より
「紅花の守人 いのちを染める」より

正直なことを言うと、同じ年齢でしたけど、

タエ子ちゃんにすごく共感ができたわけではなかった

 実は、『おもひでぽろぽろ』が公開された当時(1991年)は、タエ子にあまり共鳴できないでいたという。

「あの頃、わたしも27歳でタエ子ちゃんも27歳という設定。正直なことを言うと、同じ年齢でしたけど、タエ子ちゃんにすごく共感ができたわけではなかった。

 わたしとタエ子ちゃんはそれぞれに違う人生を生きてきていた。

 わたしは田舎で生まれ育って東京に出てきた人間で。

 東京でいろいろなことを経験して自分の道を一生懸命探していた。

 一方、タエ子ちゃんは東京生まれの東京育ち。

 でも、いろいろなことがあって東京で暮らすことにちょっと疲れてきて、山形の紅花農家とご縁ができて休暇のときに手伝いも兼ねていくことになる。

 そうした中で、田舎での暮らしに憧れを抱き、彼女は自分自身を見つめ直すことにもなる。

 当時のわたしと彼女ではおそらく日常の捉え方やそのときの目標みたいなものまでまったく違っていた。それから、あのころ、わたしの近いところの友人にもタエ子ちゃんみたいな人はいなかったので、モデルになるような人もいなかった。あぁ、でも今思えば、それはお互いを打ち明けていなかっただけなのかもしれないですけどね。

 それから、あることで、タエ子は小学生のときの同級生のあべくんのことをずっと気に病んでいる。

 そのことを27歳のタエ子が車を飛び出て吐露するシーンがありますよね?

 あのシーンに関しては、緊張してうまくいかなかったことを妙に覚えています。

 それは余談なんですけど(笑)、なぜ彼女は小学校のときのことを、そこまでヘビーにひとつの悔いとして抱えているのかもわからなかった。

 当時のわたしには、いまひとつ心に入ってこなかったんです。

 だから、わたしは演じる立場でタエ子ちゃんと出会って、しばしの時間を一緒に共有したのですが、本当の意味で彼女に寄り添うことは、たぶんあの時はできてなかったと思います」

紅花摘みの作業をするタエ子ちゃんが自然と自分の中に甦ってきた

 だが、今回のナレーションを通して、不思議なことにタエ子が近くに感じられたという。

「当時は、私はタエ子ちゃんを少し遠巻きに見ていた。

 でも、タエ子ちゃんの存在が佐藤監督の心を揺さぶって、わたしの心をノックしてくださった。そして、再びわたしはタエ子ちゃんと向き合うことになったというか。

 ある程度つながった映像にわたしがナレーションを当てていったんですけど、紅花摘みの作業をするタエ子ちゃんが自然と自分の中に甦ってきた。

 そのとき、うまく言えないんですけど、タエ子ちゃんとつながりができた気がしたんです。

 映画の中で、タエ子ちゃんはいろいろなことで自分の過去になったことを振り返る。そこで自分は社会の役立っているのかとか、自分に存在価値はあるのか、などいろいろと思い悩む。

 それは当時のわたしにはあまりピンと来なかった。とにかく過去を振り返るよりも、前に進むことに一生懸命でしたから。

 ただ、いまの年齢になってくると、いろいろと振り返ることが多くなってきて。27歳でタエ子ちゃんが感じていたことが心に響いてくる。

 『ほんとうにわたしになにができるのか?』とか、『わたしは何かの役に立てるのか?』とか、いまのわたし自身が日々の中で考えることで。

 さきほど言った、あべくんとのことも、偽善的な態度をとってしまった彼女の気持ちがいまはよくわかる。

 そんなことがいまになっていろいろと思い起こされて、タエ子ちゃんに深いつながりを感じているんです。

 こうやってお話している間にも、どんどんタエ子ちゃんとつながりが深くなっている気がします。

 自分の中でのこじつけかもしれないですけど、今回の『紅花の守人 いのちを染める』には、いただいた一つの仕事とは違う、タエ子ちゃんを通しての不思議な縁を感じています」

(※第二回に続く)

『紅花の守人 いのちを染める』ポスタービジュアルより
『紅花の守人 いのちを染める』ポスタービジュアルより

「紅花の守人 いのちを染める」

ナレーション:今井美樹 

監督:佐藤広一

プロデューサー:髙橋卓也(「よみがえりのレシピ」「無音の叫び声」) 

唄:朝倉さや 音楽:小関佳宏

公式サイト:https://beni-moribito.com/

写真はすべて(C)映画「紅花の守人」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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