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ひたすらトナカイの移動を150時間生放送。ノルウェーのスローTV視聴者数は?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
トナカイを追った番組スタッフにインタビュー Photo: NRK

ノルウェー国営放送局NRKは、人気のスローテレビで「トナカイの移動」編を4月24日より約1週間も生放送。

NRK広報室のベルグモ氏によると、最低1分間番組を見た人数は190万人。国民520万人の国でおよそ5人に2人が見たことになる。番組は公式HPでも全世界から無料で視聴可能となっており、電子版に国外からアクセスした人は131か国から9万人に及ぶ。

番組スタッフがトナカイを追い続けた距離は合計110キロメートル。放送時間はトータル150時間。放牧する先住民族サーミン人3家族の協力のもと、およそ1300頭のトナカイに密着した。

冬から夏の牧草地までの移動を追ったが、山場となる予定のシーン「海峡の横断」=「トナカイの水泳」は、例年よりも寒い天気のために実現できず。貨物船での目的地までの移動も生放送されることはなかった(詳細はこちらの記事にて)。

トナカイの移動はトナカイ自身が決め、人間はコントロールできない。また気まぐれに変わる天気のために放送中はハプニングが続出した。トナカイが移動を開始せずに、初日の放送が3日も遅れたり、途中でトナカイを見失ったり、通信環境が悪くなったりと、スタッフは気まぐれな動物と自然に始終振り回される。

なにより、トナカイの移動スピードがスローすぎて、スタッフの労働時間が長時間に及び、スローテレビが一時放送を中断する事態にも見舞われた(詳細はこちらの記事にて)。

番組リーダーあるトーマス・ヘッルム氏に問い合わせたところ、「予定よりも早く番組の放送を終了しなければいけなかった事態はスローテレビとしては初めてでした。また、これほどまでに時間や周囲の状況を、テレビ局がコントロールできなかったことも過去にはありませんでしたね」と語る。「なによりも、トナカイ、自然、天気が優先事項だったので、途中で放送を中断しなければいけなかったことは、それでよかったかなと思っています。動物福祉がなによりも大事でしたし、それはテレビ局が望んでいたことです」。

放送が優先されていた場合、サーミン人家族にトナカイを無理やり移動・水泳させるストレスがかかっていたかもしれないため、テレビ局は視聴者を優先した無理な密着はしなかった。

中継地点は北極圏だったため、オーロラの観測も期待されたが、カメラに綺麗に映るほどの強い光はこの時期はでなかったそうだ。

過去の放送は全てNRKの公式HPで掲載中。

今回の放送はこれまでのスローテレビの中でも特に「不可能ではないか」といわれていた。

通信状態が悪い北極圏から24時間「生放送」し続け、カメラやテレビ局がついてくることはトナカイを動揺させる可能性があった。

自治体から撮影許可を特別にとり、サーミ人家族からの協力が得られたのは、土地勘や人脈、なにより地元の人々からの信頼を寄せられているノルウェーの国営放送局だからこそ実現できたのもの。他国のテレビ局がトナカイの移動を記録したいと思っても、簡単に同じことはできないだろう。

今回の放送では、美しい北極圏の風景のほかに、先住民族の音楽も始終放送され、あまり知られていなかったトナカイ放牧の様子、サーミ人の暮らしや文化なども紹介された。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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